『笑ってんじゃねーよ、任務だろ。』
「ーーあれが、今回のターゲットと接触してる男だ」
耳のインカム越しに聞こえる本部の声を、片手で抑えながら聞き流す。 僕の視線はーー えとさんに向いていた。
……正確には、その横にいる、えとさんの“任務上の恋人役”の男の指先。 テーブルの下。あいつの手が、えとの太ももにそっと重ねるのが、見えた。
しかも、えとさんがそれを……払わない。 えとさんが“まるで恋人のような笑み”を浮かれてるのが、はっきり見えた。
ーー何やってんだよ、ほんと。 任務だって、分かってる。
僕だって、任務で女スパイと腕を組むことくらいあるし、 えとさんにだって、文句を言う権利なんてない。
けど。
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無意識に呟いた声が、自分の耳にすら低く聞こえた。
任務終了後。 ホテルの非常階段。
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壁にもたれて腕を組みながら、皮肉っぽく声をかけると、 えとさんは少し驚いた顔をしてこっちを見た。
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僕の声が棘(とげ)を含んでたのか、えとさんは眉をひそめた。
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めっちゃ笑ってたじゃん
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えとさんの動きがぴたっと止まった。
僕はコートのポケットに手を入れながら、少し笑って、言ってやる。
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……しーん。
えとさんはしばらく固まって、それから顔をぷいっとそらした。
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僕のほうを見ずに、ぽつりと。
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静から夜の非常階段に、ふたりの間の“任務じゃない感情”が そっとしみ出すように漂ったーー。
ーこれは、任務の一環であり、偶然であり、そして……たぶんちょっとだけ、 僕のわがままだ。
翌週。 街角の監視カメラが届かない影のビル裏に、僕は立っていた。 時間は夜九時。今日は敵対組織の動きがあるという情報が入り、 それぞれの組織が別にルートで潜入を試みていた。
……えとさんの姿も、その中にあることは予想していた。 だって僕はもう、あの人の行動パターンがだいたい分かる。
だけど今回は、任務よりもーーいや、任務の中で、僕はひとつだけ、やりたいことがあった。
先週のレストランでの“別の男”との任務。 えとさんが笑ってた。それが、くやしかった。
別に恋人でもないし、敵同士だし、任務だし……わかってる。 けど、悔しかった。だから今日は、
僕の番だ。
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路地裏で何かを調べていたえとさんの背後から声をかけると、 ぴくりと肩が動く。
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ただそれだけですよ?
微笑みながら近づくと、えとさんはじり、と下がる。 けど、壁に背を預けた瞬間ーー
僕はそのすぐ前に立って、両手を壁についた。
壁ドン。
夜風と、えとさんの小さく詰まった息が重なる
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ふるふる震えるえとさんのまつ毛。 けど、目は逸らさないところがかわいい。 僕はその頬に髪がかかっているのを、さらりと指で払った。
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言い終わる前に、えとさんは黙った。
僕の指が、彼女の顎の下に触れたから。 あと数センチで触れる距離。
けど、触れない。 僕はそれ以上のことはしない。 ただ、ゆっくりと息を落として、その表情を眺める。
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「ちょっとくらい、触れてみたくなる夜もあるでしょう?」
次回 第9話 「まさかの家連れ帰り!?」 お楽しみに✨