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市村孝臣
バス会社に運転手として勤務して4年経つが、市村は相変わらず眠そうに目を擦った。
憧れのバスの運転手になれたものの、理想よりも過酷な現状に辟易し、
最近は転職も視野に入れ始めていた。
午前6時、市村が運転するバスに8人の男女が乗り込んだ。
8人は楽しそうに駄弁りながら乗り込むと、騒がしそうに椅子に座った。
まだ早朝なので乗客は他におらず、8人は我が物顔で会話を弾ませている。
市村孝臣
市村孝臣
市村は独自に思考を巡らせたが、すぐ面倒臭くなってバスを発進させた。
信号で停車するたびに、意識していなかった8人の会話が自然と耳に入ってくる。
他愛もない雑談のようだが、雰囲気はとても和やかで和気藹々としている。
停留場の一つが大学付近なので多くの大学生も市村のバスを利用するのだが、
ほとんどは無言でスマホを弄ったり本を読んでいたりと静かだった。
市村孝臣
そう思った途端、ブザーがなった。
8人のうちの1人が降車ボタンを押したのだ。
市村は次の停留所を確認して「おや?」と眉を潜めた。
市村孝臣
そこは古びた旅館が目前にある辺鄙な道路だった。
市村はここを通るたび、旅館から気味の悪いオーラが漂う気がしていた。
「ちゃんと営業しているのだろうか?」と思ったこともある。
と言うのも、この停留所で乗り降りする客を見たことがないからだ。
言ってしまえばバス停など無くても構わない場所と言っても過言ではないのだ。
そんな場所でこの8人は降りようとしているのだ。
様子からして全員降車するらしいが、こんな所になんの用があるのだろう?
訊くわけにもいかず市村は料金を支払う8人の降車を礼を添え見届けた。
そのときになって、初めて2人の男が大きなスーツケース二つを、
それぞれ一つずつ持っているのに気付いた。
市村孝臣
バスに独りだけになってから、市村はそう自分に言い聞かせてバスを発進させた。
午後に入り、市村は休憩に入った。
休憩時間、朝の8人が降りた場所がどんな所か気になり、市村はスマホで調べてみた。
意外とすんなり情報が出てきた。
市村孝臣
市村孝臣
例の旅館は既に営業しておらず、廃墟としてあの不気味なオーラを漂わせていた。
市村孝臣
市村孝臣
スーツケースを持つ2人の男はどちらも中肉中背だが、
明らかにスーツケースを持つことに力を入れていなかった。
市村孝臣
市村孝臣
市村は少しずつ独自に推理し、ある結論に辿り着いた。
市村孝臣
市村孝臣
管理者が存在する廃墟は当然として、基本的に廃墟にある物を持ち帰ることは、
法律上、窃盗或いは占有物離脱横領罪に該当することは市村も知っていた。
それでも、探索者の中には廃墟で発見される珍品を失敬しては、
強烈なマニアに売って儲けを懐に収める輩も存在していた。
市村孝臣
市村孝臣
まるで決め付けるように市村は思い苦笑すると、そのまま仕事へと戻った。
午後3時過ぎ。
往復で例の廃旅館前の停留所に着いた市村は目を見開いた。
市村孝臣
見覚えのある今朝の8人組が停留所でバスを待ち構えている。
扉が開くと8人は相変わらずガヤガヤと騒いでいたが、
他にも乗客が乗っていると知ると遠慮がちに声を潜めて駄弁り出した。
2人の男の手にはあのスーツケースだ。
今度は明らかに、重そうに顔をしかめながら両手で持っている。
ふと、彼らが乗り込んでから、市村はあることに気付いたが、
仕事中だった為、すぐに扉を閉めバスを発進させた。
市村孝臣
バスはそのまま定刻通りに運行し、8人組も今朝乗車した場所で降車した。
彼らが廃墟から盗んだ物品をスーツケースに入れていると信じ込む市村は、
警察に話してやりたい気持ちもあったが、無論証拠など無かった。
もし違って泥棒呼ばわりされたことを根に持って訴えられるのも嫌なので、
市村は男女8人組を忘れることにした。
それから数日が経過したある日。
新聞紙を広げテレビのニュースを聞きながら市村は休日を自宅で過ごしていた。
ふと、ニュースから流れたある事件に市村は耳を傾けた。
というのも、その事件現場がバスの停留所付近の住所だったからだ。
殺人事件の報道だが、殺された人物の写真が画面に映された途端、
市村は「あっ」と声を上げた。
市村孝臣
市村孝臣
市村は記憶力には自信がある方だった。
だから以前の朝、バスに乗り込んだときの8人の顔は全員覚えていたし、
廃旅館から乗ったときに人数が8人から7人になっており、
そのうちの1人が今画面に映ってる男だというのもすぐに分かった。
市村孝臣
市村孝臣
市村がバスで気付いたのはそのことだった。
8人から1人減り、その男が殺されて見付かったという。
ゾッとしたのが被害者の体が切断され、上半身と下半身が別れて見付かったのと、
死体遺棄と殺人の犯人として7人の顔写真が出てきたことだった。
ただ、妙なことに遺体が発見された場所が廃旅館でもその付近でもなく、
彼らが初めてバスに乗った停留所近くだということだった。
市村孝臣
市村孝臣
市村孝臣
と、そこまで考えて市村はハッとした。
市村孝臣
市村孝臣
市村としてはスーツケースを持っていたのは廃墟に散らかる物品を持ち帰り、
マニアに売る目的だったのだろうと推論したが、
手違いか仲違いかで仲間を殺してしまい遺体の処理に困ったとしたら…?
市村孝臣
あの日、バスに乗り込んだメンバーが持つスーツケースに入っていたのが、
人の上半身と下半身だったとしたら…。
この事件以後、市村はバス会社に辞表を提出した。
2019.08.11 作