月ノ瀬アキ
少し体が重たかった
僕は起き上がって伸びをする
黄葉カエデ
アキくん
カエデはいつもの穏やかな 顔で笑った
月ノ瀬アキ
何故かその笑顔が
僕は怖かった
その笑顔のまま
彼女が固まって いってしまいそうで
月ノ瀬アキ
月ノ瀬アキ
いいけど…
月ノ瀬アキ
月ノ瀬アキ
行こうよ!
月ノ瀬アキ
かったよね
月ノ瀬アキ
何か喋らないと 気が気じゃなかった
沈黙が恐ろしい
月ノ瀬アキ
持ってくる…
ギュッと後ろに引っ張られた
振り返ると
カエデが僕の袖を掴んでいた
月ノ瀬アキ
あまり力がなく
すぐにその手は袖から離れる
黄葉カエデ
僕は振り返ったまま 彼女を見つめる
黄葉カエデ
場所なんてない
黄葉カエデ
黄葉カエデ
月ノ瀬アキ
黄葉カエデ
黄葉カエデ
黄葉カエデ
黄葉カエデ
カエデは
力無く笑った
黄葉カエデ
残るのは……
黄葉カエデ
僕は声が出なかった
何も言えなかった
彼女は
何年も過ごしたこの 病室を選んだ
最後に
僕を望んだ
そのことが 嬉しく思えた
黄葉カエデ
ここにいて?
僕はカエデのベッドに近づき
彼女の隣に座った
黄葉カエデ
陽の光が窓から差す
昼の暖かい時間
カエデは
僕の手を握って
ずっと静かに
ただ
僕の肩に寄りかかっていた
黄葉カエデ
黄葉カエデ
月ノ瀬アキ
黄葉カエデ
黄葉カエデ
月ノ瀬アキ
どんなことでも 正直に答えよう
そう思っていたが、悩んだ
これから死ぬ人に
思い残させるような
そんなことを言って 良いのだろうか
月ノ瀬アキ
言ってしまった
心の奥底にしまっていた言葉
やはりマズイだろうか
だが伝えておきたかった
この気持ちだけは 隠せられなかった
後悔したくなかったから
黄葉カエデ
鼓動が速くなる
胸が痛い
心臓が痛い
これまでにないくらい
カエデにも聞こえているんじゃ ないだろうか
黄葉カエデ
月ノ瀬アキ
カエデは安堵の表情だった
黄葉カエデ
黄葉カエデ
気持ち聞けて…
黄葉カエデ
月ノ瀬アキ
この気持ちは僕だけなのか
カエデが生きているうちに
彼女に聞いておきたかった
黄葉カエデ
また鼓動が速まる
黄葉カエデ
月ノ瀬アキ
月ノ瀬アキ
黄葉カエデ
カエデはいたずらっぽく笑った
月ノ瀬アキ
月ノ瀬アキ
いいじゃんか…
黄葉カエデ
黄葉カエデ
カエデが笑う
その笑顔を見ると
答えは聞けなくてもいいか
そう思えた
二人して笑いあった
僕達は
気持ちの確認をしなくても
繋がっている
そんな気がしたから
翌日
カエデはベッドで目を瞑ったまま
長い眠りについた
二度と起きない彼女の手を 僕は握りしめた
なぜだか
涙はそれほど出なかった
泣くことよりも
苦しすぎたから
冷たい手
もう
握り返してはくれない
遠いところから急いで来た
カエデのお母さんも
カエデの側で泣いていた
月ノ瀬アキ
この一言で充分だった
一番君に
伝えたかった言葉
毎日の他愛のない会話も
本当に食べたいものを言い合い ながら一緒に食べる食事も
暗い夜には決まって明るく 話しかけてくれたことも
全部 全部
大切な思い出だから
君という存在が
僕に生きる勇気を与えてくれた
ありがとう
ふと見ると
カエデの眠るすぐ側に
一枚の紙が折り曲げて そっと置いてあった
僕はそれを手に取り 開いてみる
震える手で
必死に書いたのだろうか
涙が滲んだあともあった
カエデの文字で 短く
こう、書いてあった
『アキくんに出会えてよかった
ありがとう
強く生きてね
大好き』
一緒に生きていけなかった という悔しさの気持ちも
含めて書いてあるような そんな気がした
僕にもわかるよ
痛いほどわかるから
幸せな未来しか 想像していなかった
幸せな結末だけを 思い描いていた
でも
今、彼女は
目の前で眠っている
涙がさらに
溢れた
数分後
先生と看護師の赤峰さん が病室に来て
移植手術の準備ができたことを 僕に伝えた
僕は
静かに頷いた
夢を見た
一面が木葉で埋もれた道
赤や黄色に染まった木々が 立ち並ぶ
いつか見た光景
道の先は光に照らされていて よく見えない
そうだ
見ていないじゃないか
まだ知らない
あの先の世界を
待ち望んでいたんだ
足の歩幅が大きくなっていく
黄葉カエデ
目の前に
彼女が手を広げて立っていた
何か言いたげな表情
それよか
必死な顔にも見えた
黄葉カエデ
どうして
そんなことを言うんだ
君まで僕を止めるのか
僕はただ
向こうの世界を 見たいだけなのに
黄葉カエデ
ヤクソク…?
なんのことだ?
黄葉カエデ
ないでよ……
何を言っている
僕は君をまっすぐ……
黄葉カエデ
あ
黄葉カエデ
黄葉カエデ
やめ…て
黄葉カエデ
彼女の瞳から大粒の涙が
溢れ、頬をつたう
黄葉カエデ
黄葉カエデ
彼女は顔を手で覆い 肩を震わす
何も言えない
何をやってるんだ 僕は
黄葉カエデ
現実から
彼女との約束から
逃げようとして
なに自信なくしてるんだ
僕は
臆病者だ
月ノ瀬アキ
月ノ瀬アキ
しないから……
月ノ瀬アキ
月ノ瀬アキ
破らないから
彼女はそれを聞いて
より一層泣いた
そういえば
彼女がこんなにも
ボロボロと涙を流している 姿を見るのは
これが初めてだな
耐えてきたんだろうな
すごく強い子だな
僕はそんな彼女に
憧れていたんだ
黄葉カエデ
彼女は光の方に歩いていく
僕は頷いた
もう
追いかけたりしない
だって
彼女は僕の中にいるから
僕の中で
生き続けてるから