赤side
ジャージャーとキッチンの蛇口から水が勢いよく出てきて、泡だらけの食器の汚れを流していく。
隣でスポンジを持って食器を擦っていたアニキが、突如蛇口をキュッと捻って水を止めた。
ポタポタと水滴が 自分の手の甲につく。
悠佑
悠佑
心配そうな表情で俺の顔を覗き込んできたアニキに、 俺はハッと意識を取り戻して苦笑しながら誤魔化すように言う。
りうら
悠佑
疑わしげにそう言ったアニキは、手元の食器洗いに視線を戻す。
自分の顔や背中を冷や汗がツーと伝っていく感覚がして、危ないと思いながらも再び蛇口から水を出し始めた。
__桃崎りうら、改めて黒木りうら。
現在中学二年生の俺には今、隠し通さなければいけない隠し事がある。
ことの発端は今日の中学の帰りの会。
『先生の話』という項目の際に、とある一枚のプリントが配布された。
担任
プリントには『授業参観のお知らせ』と見出しがあって、その下に日時や注意事項がつらつらと並べられていた。
「えー、やなんだけど」「お前ん家の親来るの?」とクラスメイトが説明中にも関わらず、各々自由に会話をしている。
その中でも一人俺はただその紙を、ジッと見つめていた。
ほとけ
りうら
小さく声が聞こえたと思って顔を上げると、耳元で大きな声で俺の名前を叫びながら呼ぶほとけっちがいた。
そしてほとけっちの背後には初兎ちゃんが、 不思議そうな顔で俺を見ている。
ほとけ
ほとけ
りうら
__ヤバい、どうしよう。
三人で帰り道を歩いている時も、頭の中は『授業参観』のプリントのことでいっぱいだった。
二人の話も聞こえてこないし、道もよく見えていないから、何度か転びそうになって隣にいた初兎ちゃんに助けてもらった。
しかしその回数が増えていくたびに、二人の表情が段々と心配から疑いに変化していって、いよいよ尋ねられる。
初兎
ほとけ
りうら
誤魔化すようにそう言うと、二人は首を傾げて互いに見つめ合い、何かを察したかのように頷いた。
そして二人して俺に問いかける。
初兎
りうら
ほとけ
優しく微笑んだ二人になんだか嘘をつくのも嫌になって、 しかもよくよく考えたらこの悩みは二人には打ち明けないとどうにも出来ないものだと気づいた。
仕方なく俺はため息混じりに、家の近くにある公園を指差して言った。
りうら
初兎
りうら
その言葉に一瞬迷ったような表情をした二人だったが、少しして「いいよ」と同意をした。
人目のつかなそうな奥のベンチに三人で腰掛け、俺を真ん中とした挟み撃ち状態で悩みを打ち明け始める。
りうら
ほとけ
ほとけっちが人差し指を顎に当てて、プリントの内容を思い出しながらそう言う。
俺は小さく頷いた。 そして本題に入る。
りうら
二人
両端の二人がほぼ同時に驚きの声を漏らす。
そして慌てるように手をブンブンと振り回し、首を横に振った。
ほとけ
りうら
りうら
俺の言葉に二人は何も言えない、と表すように下を俯き静かに俺の話を聞き始める。
りうら
りうら
りうら
俺にはそう言い切れる自信があった。
俺とないくんのお母さんは昔から病弱で、俺を産んでからも病院で入院し続ける生活を送っていた。
父は家計を支えるために毎日晩まで仕事をして__俺たちにとって授業参観は、ほぼ普通の授業と変わらないものだった。
きっとないくんは、俺へ『お兄さんらしいことをしてあげたい』そう思ってくれていることだろう。
だからこそ自分は経験したことないが、少しでもと伝えれば必ず学校を休んで来てしまうと思ったのだ。
俺がそう説明すると二人はしばらく沈黙し、やがて小さな声でポソポソと話し始めた。
ほとけ
りうら
俺が尋ねると二人はコクリと頷く。
初兎
ほとけ
初兎
そう言いながら、 初兎ちゃんはギュッと自分の制服のブレザーを握りしめる。
ほとけっちの表情もとても悲しそうで、あの時のことを思い出したのか、目にはうっすらと涙が溜まっていた。
りうら
子供達の楽しそうな遊ぶ声が聞こえてくるにも関わらず、 重くなった空気を振り切るようにほとけっちが首を振った。
ほとけ
ほとけっちが覚悟を決めたような瞳で、夕焼けの空を見上げる。
初兎
初兎ちゃんも俺の瞳をしっかりと捉えて、大きく一度頷いた。
りうら
ベンチから立ち上がった俺たち三人は、公園の入り口へと歩き出す。
りうら
初兎
初兎
ほとけ
三人で指切りをして、オレンジ色の空に手のひらをかざす。
りうら
二人
__というわけで今に至る。
俺のわがままのために協力してくれた二人のためにも、 なんとかないくん達にバレないように隠し通さないと・・・・・・!
悠佑
りうら
初兎ちゃんとほとけっちはまるであの相談を忘れているかのように、 現在某車を走らせるゲームで元気に遊んでいる。
だが帰ってからと言うもの、俺はないくんといふくんの高校生組の姿はあまり見ていなかった。
おかしいな、俺たちが帰った少し後に帰ってきたのは見たんだけど・・・・・・。
二人は一体、どこに行ったのだろう。
桃side
__俺は知っていた。
いや、知っていたと言うよりは知ってしまったと言った方が正確なのかもしれない。
そうあれはまろとの帰り道で、まろが『シャーペンの芯無いんだった』とコンビニに買い物へ行ったのを外で待っていた時・・・・・・。
ないこ
ボーッとコンビニの壁に寄りかかって周りを見渡していると、ふと帰り道の中学生組が公園のベンチに座っているのを見つけた。
ないこ
声をかけようと思って三人に向かって体を向けると、ふと三人の話し声が小さくだが聞こえてくる。
初兎
ほとけ
なんの話をしているのだろう、不思議に思いながら耳の神経を彼らの話に全集中させる。
__その時聞こえてきた話の内容に、俺はとても驚愕した。
りうら
二人
ないこ
驚いて思わず三人へ視線を動かすと、それとほぼ同時にコンビニからまろが出てきた。
首を傾げたまろが「どしたん」と俺を見ているのに気づいた俺は、とにかく聞いた内容を早くまろに伝えたくて早口で言う。
ないこ
いふ
ないこ
まろに全てを話すと、まろは「えっ」と悲しそうに眉を下げて言った。
いふ
ないこ
遂にと言うことは、なにか理由を知っているのだろうか。 この状態になることを予測できていた、と言うことになる。
ないこ
いふ
スマホを取り出した俺の腕を、まろは掴んで止める。
俺は真剣な表情で見下ろすまろに疑問を抱きつつ、彼の言葉をただジッと待ち続けた。
いふ
ないこ
いふ
まろははやる気持ちをどうにか抑えるように、肩で大きく呼吸をしながら早口でそう捲し立てる。
いふ
いふ
いふ
いふ
__「わかった」。
確かにあの時はそう返事をした。
でも家に帰って三人の顔を見たら結局思い出してしまって、 彼らから逃げるように部屋へ閉じ籠りベッドに寝転がった。
ないこ
本当は俺だってわかってる。
きっとりうらが最初に言い出したんだろう、授業参観があると言ったら俺が高校を休んで学校に来てしまうから。
そしてその状況はアニキとまろも同じだった。
さっきまろから全てを聞いたが、年下組は俺たち年上組が自分のせいで俺たちが学校を休んで来そうだという未来に、罪悪感があったのだろう。
しかし、そこまでわかってても行ってやりたくなる。
俺は授業参観なんて親に来てもらったことは一度もないから、どんな感覚なのかなんてわからない。
でもたった一つだけ覚えているのは__それは親が来たクラスメイトはみんな、なんだかんだ言っても親を見つけた瞬間笑顔になっていたこと。
俺はあの笑顔をりうらにもやって欲しい。
誰も来てくれない時の悲しさは、辛さは、悔しさは・・・・・・。
悠佑
ふと、一階からのアニキの大きな叫び声が扉越しでも しっかりと伝わってきた。
__俺は、俺はどうしたいんだ。
りうらたちの意見を尊重すべきなのか、それともまろの言いつけを破ってでも彼の授業参観に行くべきなのか。
ないこ
ギュッと決意を固め、扉を開けて二階からリビングに届くように声を張ってアニキに言う。
ないこ
ないこ
返事も待たずに自分の部屋ではなく、アニキとりうらの部屋の扉のドアノブをガチャリと捻って中に入る。
ないこ
りうらのベッドの上に無造作に置かれたバッグの中を漁ると、ファイルの中から『授業参観のお知らせ』と書かれたプリントを見つけた。
・・・・・・俺だって あんなに悲しかったんだ。
りうらたちが平気なわけがない。
隠し通そうとはしていたけれど、きっと三人の本音は__!
いふ
コメント
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