私
お父様
幾重も重ねた着物
絢爛に揺れるかんざし
過度な程に着飾って 今日は男の前に立つ
この国の
跡取りとして
お父様
私
釣り上がった目に凛々しい眉
真っ白な肌と薄い唇
……まぁ、悪くない
それが、第一印象だった
お庭で一人、鞠を蹴って遊んだ
最近の貴族の間では 流行っているらしく
周りの人に連れられて 同じように鞠を蹴った
私
蹴り損ねた鞠は茂みの向こう
あの場所まで行くのは 正直めんどくさい
私
悩んでいると、茂みの方から 何やら音がした
彼
少し垂れた目尻に 舌っ足らずな甘い声
高身長の彼が私の鞠を持っていた
私
彼
彼
私
彼
私
彼
大きな手の細い指をひらひら振って
そそくさと彼は茂みを去っていった
私
私
今日も今日とて鞠で遊ぶ
何度やっても上手くならなくて
また今日も茂みに 蹴り損ねてしまった
彼
私
すっかり顔なじみに なってしまった彼
最近は、彼と雑談するのも 楽しみになっている
私
彼
彼
言葉通り眩しそうに 天を仰いで目を細める彼
綺麗な横顔に思わず
見惚れてしまった
彼
彼
彼
私
私
危ない危ない…
ずっと見てたら おかしく思うのは当たり前ね…
お父様
屋敷の方から お父様の声が聞こえた
私
私
彼
軽やかに手を降る彼が 少しだけ切なそうに見えた
お父様
私
急いで寝殿造を走ると お父様は険しい顔で待っていた
小馬鹿するような顔の 婚約者を連れて
お父様
お父様
私
お父様
お父様
私
お父様
嘲笑うかのように見下げる父
呆れたような婚約者の顔
この人が婚約者だと 認めたくなかった
お父様
お父様
私
婚約者はこの人のはずだった
第一印象も悪くないはずだった
それなのに
鞠を拾ってくれる彼を 思い出すのは何故──?
見に覚えのない感情が 胸を渦巻いた
何故かそれはとても苦しかった
私
私
私
鞠を蹴り上げる軽快な音が 庭に響く
行く宛などなく、まるで 空に吸い込まれていくみたいだ
その音が続く事が 練習の成果だと感じた
その達成感が心地良かった
彼
声のした方を見るといつもの彼
今日は彼の方から茂みに 出て来てくれていた
私
前のことが頭をよぎり 少し彼と距離を置く
なんとなく、切ない感じがした
彼
私
彼
私
昨日の一件からずっとぎこちない
彼を思うと胸が痛むような
それでいて気分が上がるような 不思議な感じがするのだ
私
彼
私
私
この表現で良かっただろうか
彼の顔に不思議そうな表情が浮かぶ
彼
彼
私
彼
私
彼
私
申し訳無さそうに言う彼に 私は慌てて胸の前で手を振った
どうやら私はこの人に 「恋」をしているらしい
雑談もほどほどに 私は屋敷へと戻った
私
入口で呟くとやけに大きく響く
夕食の匂いが鼻を掠めた
お父様
襖の奥から父の声がした
婚約者
お父様
婚約者
婚約者
私
知らぬ間に口と体が動いて
私は畳の上にあがっていた
お父様
婚約者
食事などどうでも良かった
彼がこの都からいなくなるのは どうしてか胸が痛むのだ
婚約者
お父様
私
大声で怒鳴ろうとした時 後ろから口を塞がれた
いつの間にか後ろに回った 婚約者だった
言葉を発するにも発せない
必死にもがいていたら 突然耳元で
婚約者
婚約者
威嚇するような脅すような 低い声が耳に入った
お父様が襖を開けて出ていく
きっと、鞠を拾う彼を 始末しに行くのだろう
婚約者
婚約者
柔らかく微笑んだ彼の顔が
悪魔かと錯覚した
次の日
茂みに彼が現れることはなかった
真っ青な空の下
私は婚約者の隣で紅を点した
屋敷の周りでは盛大に 祝われているらしく
朝から賑やかな声が 騒音となり耳を刺した
婚約者
私
いつの間にか敬語でない婚約者と 並んで屋敷を出る
それと同時に 盛大な拍手と歓声が身を包んだ
婚約者
小声で呟いた声に 気分が上がっているのが分かる
心底呆れた表情を見せるが 気付いていないようだ
周りを見ると自分の事のように 喜んでいる農民が視界に映る
私の気持ちなど 知る由もない人々の中に
鞠の彼がいることに気づいた
私
たった一日会わなかっただけで 溢れ出る喜び
それだけで涙が溢れてしまった
婚約者
語りかける婚約者の声など 聞こえないくらいに
彼を一目みただけで 泣き疲れる程に雫が溢れた
その間に彼は去ろうと 何処かへ走りだす
婚約者
婚約者は強引に腕を掴んで 道を歩いた
もう、彼とは 会えないのでしょうか
どこからともなく 不安が押し寄せて
それが現実と化しそうな程 色濃くなる
信じたくない、信じたくない──
そう思っている間に一日が終わった
夜は更け、薄月が光っていた
星が掴める程に輝いていた
薄暗い室内に静けさが篭もった
薄雲に透けた月を見ながら 彼のことを思い浮かべる
走り去っていった 鞠を拾ってくれた彼のことを
「今宵は月が綺麗ですね」と 伝えたくなった
私
私
私
誰にも届かない声は 雲の隙間に消えていった
朧に霞んだ月のように
私との記憶も 薄くなっていくのでしょうか
貴方が忘れてしまっても 私が忘れることは無いでしょう
きっと明日も明後日も
また今日も君を思ふ
コメント
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菜月おはよー。 切ない…やっぱり菜月のストーリーは最高だっ
切ない。。