TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

爆撃機の音

何十、何百の空軍機が 日本の首都上空に

蟻が獲物にたかるように 密集していく

夜のネオン街の上空で 軍機はイワシの群れのような 円状の隊形を成し

一斉に床下を開いた

やがて 巨大な花がひらくように

凄まじい衝撃音と すべてを焼き尽くす熱が

夜の繁華街に満ちた

爆薬の炸裂は 引火によって二次的な爆発を産み

地上は燃え盛った

この日のうちに 数十万人の命が奪われた

国はたちまち混乱に陥り

「日本」は消滅した

1年後

「日本」ではなく 「植民地-JP」になった地で 青空教室に学徒たちが集まっていた

神庭

よし、全員いるな

神庭

みんなも記憶していることと思うが

神庭

ちょうど1年前

神庭

この国はなんの前触れもなく破壊され

神庭

植民地になった

神庭

みずからをヴァンダルと名乗る組織の

神庭

支配下にある

神庭

きみたちにもう一度日本を取り戻せとは言えないが

神庭

せめて命だけはまもるように

教師の神庭は 首都の方向をうちながめて

黙祷した

彼の生徒たちもそれに倣った

神庭

さあ、では本題に入ろう

神庭

昨日の中間試験を返却する

青空教室はやにわに騒がしくなった

神庭

平均点は58.6点だ

神庭

ちょっと頑張りが足らないな

神庭

その中でも最高点は100点!

神庭

ペトラ・クラーク!

おおー、と拍手が巻き起こった

ペトラ

ありがとう、ございます

神庭

母国は日本じゃないのに、ほんとよく頑張ってるよ

ペトラはまた一礼した

そんな彼に 羨望のまなざしを向ける少女がいた

レイ

いいなぁ…

ペトラがふとレイの視線に感づき 彼女の方を振り向く

レイ

あっ…

ペトラは爽やかな微笑みをレイに返して

そのまま静かに座った

神庭

それじゃテストを順次返していく

神庭

呼ばれたら取りに──

神庭

ん? なんの音だ

突然、地震が来たかのように 地面が揺らいだ

晴れ渡った空が 夕映えのようにオレンジ色に変化する

神庭

あれは…まさか

遠くの方で 巨大なのろしのように

天高くそびえ立つ 雲が出現した

地鳴りはまるで 怪獣が這いずり回るように

不気味な音と振動をもって その場にいる全員を 震え上がらせた

神庭

く…空襲!

神庭

みんな、避難だ!

神庭

シェルターまで走るぞ!

爆発によって 熱風と煙幕がこちらまで押し寄せる 可能性がある

生徒たちは勉強道具も 出しっぱなしにして 神庭の指示に従った

天上からの光を遮るように 黒い雲が拡がっていった

レイ

早く、逃げなきゃ…

レイは上空を見たまま 立ち上がろうとした

すると突然の立ちくらみで ふらりとよろめいた

レイ

うっ…

皆が逃走するなか 足の痛みで走り出せない

レイ

まっ…

レイ

まって…痛い…

ほぼ全員シェルターに逃れたが 足をくじいたレイは うまく走ることが出来なかった

そのうち暗雲がすべてを覆い尽くし レイは視界不良で 動けなくなってしまった

レイ

お父さんとお母さんみたいに

レイ

こうやって死ぬのかな…

そのときだった

死の恐怖に怯えるレイの名前を 呼ぶ声が聞こえる

レイ

なんで…

レイ

もうみんな逃げたはずじゃ

ペトラ

……イ!

ペトラ

レイ!レーイ!!

レイ

その声…もしかして

レイ

ペトラくん…?

レイ

…きゃっ!

不意に両腕を掴まれた

かすかにペトラの顔が見えた

ペトラ

きみは、ここにいちゃいけない

ペトラ

もしこっちに煙が来たら

ペトラ

呼吸困難になってしまう

レイ

み、みんなは…?

ペトラ

みんな無事にシェルターに行った

ペトラ

ぼくだけ抜けてきたんだ

ペトラ

レイ、ぼくの顔が見える?

レイ

…う、うん

レイ

なんとか

ペトラ

歩けそう?

レイ

…片足が痛くて

ペトラ

挫いたんだね、あとで処置しよう

ペトラ

いまからぼくが肩を貸すから

ペトラ

それに従ってなんとか歩いて

ペトラ

ケガをしたのは左?右?

レイ

あっ…左

ペトラ

分かった

ペトラ

じゃあ、立ち上がろう

レイとペトラは 二人三脚をする体勢で

ゆっくり立ち上がる

レイの傷がじくりと痛んだ

しかし 歩いていかなければならないという 強い観念が

レイを奮いたたせた

ペトラ

よし、じゃあ歩こう

ペトラ

いける?

レイ

うん

レイ

頑張る…!

ペトラ

こっちの足からいくよ

ペトラの肌が すこし汗ばんでいた

それを感じたレイの 胸のなかが熱くなった

ペトラ

歩けそう?

レイ

あっ

レイ

うん

レイ

…いたた

ペトラ

最初は痛いけど、すぐ慣れるよ

ペトラ

行こう

ペトラ

シェルターよりも

ペトラ

安全な場所がある

レイ

そんな場所は…

ペトラ

行ってみればわかるさ

目的地はもう少し先だったが

ふたりは空いたシェルターを見つけ

その中で少し休むことにした

ふたりとも汗をぐっしょりかいていた

着替えはないが 寒い季節でなくてよかった

体温は奪われずに済む

ペトラが持ち合わせていた救急セットで レイの足はすこし楽になった

ペトラ

レイ

ペトラ

これ、飲んで

レイ

これは

ペトラ

大丈夫、ただの水だから

ペトラ

ぼくの水筒だし

レイ

あ…ありがとう

レイは水筒を受け取ると

こくっと水を口に含んだ

とたんにかわいた身体が反応して 次を欲した

もういちど水筒を口に当て 今度はがぶがぶ飲んだ

ようやく満たされたころ 他人の所有物だったことを思い出した

レイ

ご…ごめん!

レイ

めっちゃ飲んじゃった…

ペトラ

気にしないで

ペトラ

「給水地点」は

ペトラ

まわりにたくさんあるから

レイ

そうなんだね…ありがとう

ペトラ

礼を言われるほどでもないさ

ペトラ

ちょっと一休みしようか

ふたりは 壁を背もたれにして

隣り合わせで座った

ペトラ

雨が降り出したみたいだ

ペトラ

あの雨を浴びるとよくない

レイ

へえ

レイ

ペトラくんって

レイ

なんでも知ってるんだね

ペトラ

戦争に関することならね

レイ

戦争…

ペトラ

ああ

ペトラ

心はまだ子どもみたいなもんなのにな

レイ

それって、どういう意味?

ペトラ

たとえば…

ペトラ

うーん、ちょっと話変わるかもだけど

ペトラ

レイはさ

ペトラ

好きな人、いるの?

ペトラ

って、聞いてしまうくらい子どもなんだ

レイの顔はかあっと赤らんだ

レイ

なっ…突然、なによ

ペトラ

答えられなかったら

ペトラ

今はいえない、とかでもいい

レイ

レイは逃げ道を探す

レイ

あ、いるよ!好きな人

ペトラ

それは

レイ

お父さんとお母さん

ペトラ

え…

ペトラは呆然とした

レイ

ちっちゃいころから大好きで

レイ

勉強頑張ったら褒めてくれるし

レイ

おいしいご飯作ってくれるし!

レイ

喧嘩しちゃう時もあるけど

レイ

とっても、とっても幸せだった

レイ

でもね

レイ

ヴァンダルが西中洲に攻めてきたとき

レイ

出かけていたお父さんとお母さんは

レイ

爆撃で死んじゃった

レイ

それからは

レイ

孤児院と青空教室の往復…

レイ

やりたいこといっぱいあったのに

レイ

なんで戦争が終わらないんだろう…

ペトラはずっと 宙の一点を見据えたまま

どうしていいのかわからず 頭に暗い思念をめぐらせていた

レイ

そうだ、じゃあペトラくんは?

レイ

ペトラくんは好きな人、絶対いるでしょ?

ペトラはその一言で ようやく我にかえった

ペトラ

好きな人…

レイ

そう!

レイ

誰なの誰なの?

ペトラ

いまは言えない、かな…

レイ

えー、ズルくない?

ペトラ

正直に言ってるだけだ

ペトラ

あ、それとこれ

ペトラはリュックのなかをまさぐって ポーチに入った書類を取り出した

レイ

それは?

ペトラ

幸せになれるお守りみたいなもんだ

ペトラ

レイ、これはきみが持っていてくれ

ペトラ

やがて役に立つときが来る

長財布大の「お守り」をレイに渡して ペトラは彼女から視線を逸らした

レイ

「入国審査証」…

レイ

これ、まさか

ペトラ

上流階級で生きていけるカードだよ

レイ

でもそれって

レイ

一般人が持ってるはずは

レイ

なんで

レイ

なんでペトラくんが持ってるの?

ペトラ

ぼくは…

ペトラはいちど深呼吸して ひそめた声で告げた

ペトラ

ヴァンダルの一員だ

ペトラ

ヴァンダルで育てられた子どもだ

レイ

な…

レイの視界から色彩が消えゆく

ペトラ

ぼくは

ペトラ

原住民のコミュニティに忍び込み

ペトラ

そこにいる子どもたちを殺戮するよう

ペトラ

仕組まれた人間だ

レイは壁によりかかりながら 立ち上がろうとしていた

ペトラ

でもね

ペトラ

ぼくは変わった

ペトラ

この地区の子どもたちと教師を

ペトラ

殺せるだけ殺せと言われた

ペトラ

けれど

ペトラ

人の命は

ペトラ

こんなにも美しく

ペトラ

こんなにも尊いのだと

ペトラ

きみに出会った時はじめて気づいた

ペトラ

それが、きみを助けた理由だ

ペトラ

青空教室に来た時

ペトラ

はじめて目を合わせて会話をしてくれた

ペトラ

それがきみだった

ペトラ

そしてぼくは思った

ペトラ

たくさんの人間を

ペトラ

きみの両親まで殺したヴァンダルの──

ペトラ

……ヴァンダルの手下にあたる人間の言うことじゃないかもしれない

ペトラ

でもこう思う

ペトラ

せめてぼくだけは

ペトラ

罪のない人間を殺めてはならないと

レイはしゃがんだまま じっとペトラを見ていた

ペトラ

もうちょっとあとにしようと思ったが

ペトラ

今言っておこう

ペトラはレイのもとに歩み寄った

ペトラ

レイ

ペトラ

きみが好きだ

レイは身体を震わせた その頬に おのずと涙がおちる

ペトラ

好きだから、たったひとつ

ペトラ

ぼくからの約束を守ってほしい

レイとペトラは見つめあっていた

お互いにひきよせられるように

見つめあったまま距離をちぢめる

その時だった

シェルターの外で爆撃音が轟いた

ペトラ

空襲…!

ペトラ

レイ、歩けそうか?

レイ

う…うん

ペトラ

このまま西中洲Cポートまで行こう

ペトラ

そうすれば助かる!

ペトラは再びレイの腕を肩に回し 同時に立ち上がった

JP側の海上基地である 「西中洲Cポート」は

高台を越えた先に存在する

ふたりは息を切らしながら

急勾配の階段をのぼっていた

ペトラ

はあ、はあ…

ペトラ

もうちょっとで見えてくるはずだ

レイ

はあっ、はあ…

レイ

もう、ちょっと疲れたかも…

レイの脚は痛みを訴えつづけ とうとう動かせないぐらい酷くなった

ペトラ

もう少し、もう少しだ…!

レイ

もう…だめだよ…

レイはその場にくずおれた

ペトラはレイの肩を揺さぶる

ペトラ

ここにいたら、いずれ両軍の爆撃を受ける!

ペトラ

逃げないと!

レイ

ねえ、ペトラ…

ペトラ

どうした?

レイ

ほんとうに辛いの…

レイ

ちょっと休ませて…

ペトラ

わかった…

ペトラ

攻撃を受けたら

ペトラ

なんとかぼくがきみを守ろう

レイ

あり、がとう…

ふたりのすぐそばを 低空飛行している軍機が 数機飛んでいく

ペトラ

ヴァンダルだ…

ペトラ

なんであんなものが

ペトラ

生まれてしまったんだ?

レイ

ねえ

か細い声で レイはペトラを呼ぶ

ペトラ

どうしたの?

レイ

これで、わたし

レイ

死んじゃうんだね

ペトラ

何言ってるんだよ!

ペトラ

レイは死なせない

レイ

もう、大丈夫だよ…

レイ

あとは死ぬだけだよ…

ペトラ

そんなこと言うなよ

レイ

大丈夫…

レイ

ペトラに

レイ

わたしの分まで生きてほしい

レイ

それだけ

ペトラ

そんな…

レイ

ペトラなら

レイ

きっとわたしのぶんまで

レイ

生きてくれる…

レイ

長生き、してね…

ペトラ

レイ…

レイ

わたし…

レイ

わたし、ペトラくんの…

レイ

こと、が…

閉じかけた瞳はそのまま やさしく笑ったように見えた

ペトラは自分の無力さを嘆き

地面を拳で殴った

ペトラ

くそっ

ペトラ

なんでおれは

ペトラ

大事なものばかりを

ペトラ

無くしてしまうんだよ…

ペトラは急ぎ階段を駆け上がっていく

しばらく上がると基地の入口にたどり着いた

兵士

動くなっ!

JPの兵士だった

ペトラは両手を上げる

ペトラ

助けてください

ペトラ

負傷者がひとり、いるんです

兵士

お前は

兵士

ヴァンダルじゃないんだろうな

ペトラ

いいえ、ぼくはリタイアメントしました

ペトラ

負傷者を助けてください

ペトラ

階段の下にいます

兵士

よし

兵士

ならば助けてやろう

兵士はふたたび銃口をペトラに向け

頭部に照準をあわせ

発砲した

ペトラの頭はくだけて

身体が地面に叩きつけられた

兵士

…上官!

兵士

どうした

兵士

階段に負傷者発見!意識ありませんが保護しています!

兵士

そいつがヴァンダルだという可能性も軽視できない

兵士

慎重に運べ

兵士

了解、D班に回します!

兵士はもう一度 ペトラの死体を見やる

大きな向日葵が 根元を切られたような形の死体だった

西中洲大規模空爆から 2ヶ月が経った

Cポートの医務棟では

爆撃を生きのびた人々が 多数収容されていた

レイも 生き残りのひとりだった

看護士

夕食、お持ちしましたー!

レイ

ありがとう…ございます

看護士

レイちゃんは回復も早そうだから

看護士

もうすぐ退院かもね!

レイ

でも…

レイ

退院したら

レイ

何をすればいいのか…

看護士

大丈夫!

看護士

きっと明るい生活が待ってるわ

看護士はいそいそと 食事を机に置くと

カーテンを閉めた

レイ

レイは箸に手をつける前に 2ヶ月前にペトラから受けとった

「お守り」を開けた

今回が初めてではない この頃何度も中身を吟味する

レイ

…忘れてないよ

レイ

ペトラのこと

小さな手紙を開いて レイはまた笑みをこぼした

─はじめにお読みください─

きみが「お守り」を開けた ということは

ぼくはもうここにいないということだ

だからどれだけぼくが 責められても

ぼくはもうその痛みを こうむることはないだろう

それでもぼくは批難されるべき 罪深い人間だ

ぼくはヴァンダルの一味として 植民地内の人間たちを殺す任務を 請け負った

でも残された人々は ぼくをあたたかく出迎えてくれた

そしてぼくは 禁じられているのに きみに近づこうとした

もう少し時間が経てば きみと気持ちを分かち合えるときが くるかもしれない

そう信じていたけど もしかしたらその気持ちは

戦争という名の 炎に呑まれて

灰になって 終わるかもしれない

だからその時が来たら いちばん最適な終わり方をしよう

つまり、レイ ぼくはもう少しこの感情に 浸っていたいけれど

「もう少し」で十分だ

レイ、お願いだ

このお守りの中にはぼくの財産と パスポートや食券などが入ってるから 活用してほしい 生き抜いてほしい

それともうひとつ

空に虹がかかったら、 ぼくのことを 忘れてほしい

ペトラ・クラークより

レイは手紙を読み終えると

すこし笑って 丁寧に折りたたんだ

レイ

大丈夫

レイ

まだ

レイ

そうなりそうもないよ

手紙をおさめてから レイは窓の外を見た

ずっと空を眺めていると

どこかにペトラがいる気がした

そのとき

空全体にかかるように

虹のアーチが出現した

レイは窓を少し開けて 綺麗な虹に食い入った

こんなに大きな虹を見るのは はじめてだった

レイ

ペトラ…

レイ

ありがとう

レイ

好き、だったよ

レイの両目から涙が流れ落ちた

しかし彼女は 袖で涙を拭い

宙に笑いかけた

レイ

でもね

レイ

忘れないよ

ペトラのことは ずっと覚えておこう、と レイは心に決めた

あのとき直接「好き」と 言えなかったかわりに──。

Fin. 最後までお読みくださり ありがとうございます

この物語は フィクションです

この作品はいかがでしたか?

300

コメント

10

ユーザー
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚