爆撃機の音
何十、何百の空軍機が 日本の首都上空に
蟻が獲物にたかるように 密集していく
夜のネオン街の上空で 軍機はイワシの群れのような 円状の隊形を成し
一斉に床下を開いた
やがて 巨大な花がひらくように
凄まじい衝撃音と すべてを焼き尽くす熱が
夜の繁華街に満ちた
爆薬の炸裂は 引火によって二次的な爆発を産み
地上は燃え盛った
この日のうちに 数十万人の命が奪われた
国はたちまち混乱に陥り
「日本」は消滅した
1年後
「日本」ではなく 「植民地-JP」になった地で 青空教室に学徒たちが集まっていた
神庭
神庭
神庭
神庭
神庭
神庭
神庭
神庭
神庭
教師の神庭は 首都の方向をうちながめて
黙祷した
彼の生徒たちもそれに倣った
神庭
神庭
青空教室はやにわに騒がしくなった
神庭
神庭
神庭
神庭
おおー、と拍手が巻き起こった
ペトラ
神庭
ペトラはまた一礼した
そんな彼に 羨望のまなざしを向ける少女がいた
レイ
ペトラがふとレイの視線に感づき 彼女の方を振り向く
レイ
ペトラは爽やかな微笑みをレイに返して
そのまま静かに座った
神庭
神庭
神庭
突然、地震が来たかのように 地面が揺らいだ
晴れ渡った空が 夕映えのようにオレンジ色に変化する
神庭
遠くの方で 巨大なのろしのように
天高くそびえ立つ 雲が出現した
地鳴りはまるで 怪獣が這いずり回るように
不気味な音と振動をもって その場にいる全員を 震え上がらせた
神庭
神庭
神庭
爆発によって 熱風と煙幕がこちらまで押し寄せる 可能性がある
生徒たちは勉強道具も 出しっぱなしにして 神庭の指示に従った
天上からの光を遮るように 黒い雲が拡がっていった
レイ
レイは上空を見たまま 立ち上がろうとした
すると突然の立ちくらみで ふらりとよろめいた
レイ
皆が逃走するなか 足の痛みで走り出せない
レイ
レイ
ほぼ全員シェルターに逃れたが 足をくじいたレイは うまく走ることが出来なかった
そのうち暗雲がすべてを覆い尽くし レイは視界不良で 動けなくなってしまった
レイ
レイ
そのときだった
死の恐怖に怯えるレイの名前を 呼ぶ声が聞こえる
レイ
レイ
ペトラ
ペトラ
レイ
レイ
レイ
不意に両腕を掴まれた
かすかにペトラの顔が見えた
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
レイ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
レイとペトラは 二人三脚をする体勢で
ゆっくり立ち上がる
レイの傷がじくりと痛んだ
しかし 歩いていかなければならないという 強い観念が
レイを奮いたたせた
ペトラ
ペトラ
レイ
レイ
ペトラ
ペトラの肌が すこし汗ばんでいた
それを感じたレイの 胸のなかが熱くなった
ペトラ
レイ
レイ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
目的地はもう少し先だったが
ふたりは空いたシェルターを見つけ
その中で少し休むことにした
ふたりとも汗をぐっしょりかいていた
着替えはないが 寒い季節でなくてよかった
体温は奪われずに済む
ペトラが持ち合わせていた救急セットで レイの足はすこし楽になった
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
レイ
レイは水筒を受け取ると
こくっと水を口に含んだ
とたんにかわいた身体が反応して 次を欲した
もういちど水筒を口に当て 今度はがぶがぶ飲んだ
ようやく満たされたころ 他人の所有物だったことを思い出した
レイ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
ふたりは 壁を背もたれにして
隣り合わせで座った
ペトラ
ペトラ
レイ
レイ
レイ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイの顔はかあっと赤らんだ
レイ
ペトラ
ペトラ
レイ
レイは逃げ道を探す
レイ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラは呆然とした
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
レイ
ペトラはずっと 宙の一点を見据えたまま
どうしていいのかわからず 頭に暗い思念をめぐらせていた
レイ
レイ
ペトラはその一言で ようやく我にかえった
ペトラ
レイ
レイ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラはリュックのなかをまさぐって ポーチに入った書類を取り出した
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
長財布大の「お守り」をレイに渡して ペトラは彼女から視線を逸らした
レイ
レイ
ペトラ
レイ
レイ
レイ
レイ
ペトラ
ペトラはいちど深呼吸して ひそめた声で告げた
ペトラ
ペトラ
レイ
レイの視界から色彩が消えゆく
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイは壁によりかかりながら 立ち上がろうとしていた
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイはしゃがんだまま じっとペトラを見ていた
ペトラ
ペトラ
ペトラはレイのもとに歩み寄った
ペトラ
ペトラ
レイは身体を震わせた その頬に おのずと涙がおちる
ペトラ
ペトラ
レイとペトラは見つめあっていた
お互いにひきよせられるように
見つめあったまま距離をちぢめる
その時だった
シェルターの外で爆撃音が轟いた
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラは再びレイの腕を肩に回し 同時に立ち上がった
JP側の海上基地である 「西中洲Cポート」は
高台を越えた先に存在する
ふたりは息を切らしながら
急勾配の階段をのぼっていた
ペトラ
ペトラ
レイ
レイ
レイの脚は痛みを訴えつづけ とうとう動かせないぐらい酷くなった
ペトラ
レイ
レイはその場にくずおれた
ペトラはレイの肩を揺さぶる
ペトラ
ペトラ
レイ
ペトラ
レイ
レイ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
ふたりのすぐそばを 低空飛行している軍機が 数機飛んでいく
ペトラ
ペトラ
ペトラ
レイ
か細い声で レイはペトラを呼ぶ
ペトラ
レイ
レイ
ペトラ
ペトラ
レイ
レイ
ペトラ
レイ
レイ
レイ
レイ
ペトラ
レイ
レイ
レイ
レイ
ペトラ
レイ
レイ
レイ
閉じかけた瞳はそのまま やさしく笑ったように見えた
ペトラは自分の無力さを嘆き
地面を拳で殴った
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラ
ペトラは急ぎ階段を駆け上がっていく
しばらく上がると基地の入口にたどり着いた
兵士
JPの兵士だった
ペトラは両手を上げる
ペトラ
ペトラ
兵士
兵士
ペトラ
ペトラ
ペトラ
兵士
兵士
兵士はふたたび銃口をペトラに向け
頭部に照準をあわせ
発砲した
ペトラの頭はくだけて
身体が地面に叩きつけられた
兵士
兵士
兵士
兵士
兵士
兵士
兵士はもう一度 ペトラの死体を見やる
大きな向日葵が 根元を切られたような形の死体だった
西中洲大規模空爆から 2ヶ月が経った
Cポートの医務棟では
爆撃を生きのびた人々が 多数収容されていた
レイも 生き残りのひとりだった
看護士
レイ
看護士
看護士
レイ
レイ
レイ
看護士
看護士
看護士はいそいそと 食事を机に置くと
カーテンを閉めた
レイ
レイは箸に手をつける前に 2ヶ月前にペトラから受けとった
「お守り」を開けた
今回が初めてではない この頃何度も中身を吟味する
レイ
レイ
小さな手紙を開いて レイはまた笑みをこぼした
─はじめにお読みください─
きみが「お守り」を開けた ということは
ぼくはもうここにいないということだ
だからどれだけぼくが 責められても
ぼくはもうその痛みを こうむることはないだろう
それでもぼくは批難されるべき 罪深い人間だ
ぼくはヴァンダルの一味として 植民地内の人間たちを殺す任務を 請け負った
でも残された人々は ぼくをあたたかく出迎えてくれた
そしてぼくは 禁じられているのに きみに近づこうとした
もう少し時間が経てば きみと気持ちを分かち合えるときが くるかもしれない
そう信じていたけど もしかしたらその気持ちは
戦争という名の 炎に呑まれて
灰になって 終わるかもしれない
だからその時が来たら いちばん最適な終わり方をしよう
つまり、レイ ぼくはもう少しこの感情に 浸っていたいけれど
「もう少し」で十分だ
レイ、お願いだ
このお守りの中にはぼくの財産と パスポートや食券などが入ってるから 活用してほしい 生き抜いてほしい
それともうひとつ
空に虹がかかったら、 ぼくのことを 忘れてほしい
ペトラ・クラークより
レイは手紙を読み終えると
すこし笑って 丁寧に折りたたんだ
レイ
レイ
レイ
手紙をおさめてから レイは窓の外を見た
ずっと空を眺めていると
どこかにペトラがいる気がした
そのとき
空全体にかかるように
虹のアーチが出現した
レイは窓を少し開けて 綺麗な虹に食い入った
こんなに大きな虹を見るのは はじめてだった
レイ
レイ
レイ
レイの両目から涙が流れ落ちた
しかし彼女は 袖で涙を拭い
宙に笑いかけた
レイ
レイ
ペトラのことは ずっと覚えておこう、と レイは心に決めた
あのとき直接「好き」と 言えなかったかわりに──。
Fin. 最後までお読みくださり ありがとうございます
この物語は フィクションです
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