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依頼が入ったのはそれから二日後のことだ。
独居老人が死亡した部屋でたびたび心霊現象が起こり
入居者が居着かないらしい
事故物件とすら言えないよくある相談で、本来ならば
少しばかり話し相手になってやれば成仏させられる案件だった
だがそれは普段のコンディションでの話だということを
渋谷、そして久留間は失念していた
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
古びたアパートの一室に、静かな渋谷の声が響く
同種案件を何度も経験した結果、話し相手を欲している霊が
高齢な場合は渋谷、若者の場合は久留間が相手をするのが
暗黙の了解となっていた
色あせた畳の上に腰を下ろし、心細そうに肩身を狭めた老人の前で
穏やかに表情を緩める
それをチラチラと伺うように、落ちくぼんだ目元が渋谷を見た
老人霊
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
老人霊
ぐずぐずと言い訳を重ねようとする老人に、渋谷の首が傾ぐ
渋谷大
渋谷大
老人霊
老人霊
老人霊
渋谷大
渋谷大
これもまた、何度も聞いてきた昇天を渋る理由の一つだった
困ったように眉尻を下げ、渋谷の指が天井をさす
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
老人霊
ようやく少し昇天を検討する段階に入ってきたらしい様子に
久留間は渋谷を流し見る
久留間は高めのテンションと勢い、挑発とカマかけで霊の意識を昇天に向ける
それと違い、渋谷は静かに話を聞いて納得を促すタイプだ
だからこそいつの間にか説得相手の振り分けが決まったわけだが
特に孤独死した老人に対して、渋谷は柔らかな言葉を心がけている
元々祖父母を慕っている点も多大に影響しているのかもしれないが
その雰囲気がいつも、不思議な愛しさをこみ上げさせた
こみ上げさせてしまった
渋谷大
しまったと思った時にはすでに遅かった
案の定渋谷の心臓は締め上げられ、咄嗟のことで呼吸まで混乱を起こす
蒼白になって胸元を握りしめる渋谷に、久留間が駆け寄ろうとした時だった
老人霊
老人霊
それはひどく抑揚のない声だった
噴き出した冷や汗でまつげの濡れた目が、霊を見る
それは悪臭こそさせないまでも、愉悦の表情を浮かべていた
老人霊
老人霊
老人霊
老人霊
言葉よりも先に、痩せ細った指先が渋谷の首にずぐりと刺し入る
途端、渋谷の喉から空気が抜けるような音がした
老人霊
老人霊
老人霊
久留間悟
久留間悟
ぶつぶつと呟き続ける言葉を遮って、叩きつけるように
札が霊の額に貼り付けられる
その瞬間急激な上昇気流を発して消え去ったそれを見返ることなく
久留間は崩れ落ちた渋谷の体を受け止めた
久留間悟
久留間悟
目を閉じたまま微動だにせず、呼吸すら浅い姿に背筋が冷える
心臓の痛みと、それに便乗して魂を抜かれそうになったためと理解しつつ
久留間の指先は震え続けていた
白い髪が畳に落ちる音すら不吉に感じ、抱きしめる
せめて体を冷やさせまいと長着で包みながら、静かに名前を呼び続けた
渋谷の目が覚めたのは、それからしばらくのことだ
血色の戻った頬の上でまぶたがわずかに跳ねたのを
久留間は一瞬たりとも見逃すまいと見つめていた
開いたまぶたの下から覗いた青い瞳に、眼鏡の奥の目が泣き出しそうに歪む
渋谷大
久留間悟
渋谷大
掠れた声の問いかけに、返答に詰まる
言葉を探して落ちた沈黙の間に、しかしすべてを察した様子で
渋谷の目元が伏せられた
渋谷大
渋谷大
久留間悟
反射的に言葉を返す
それを不思議そうに見上げる目線に、久留間は奥歯が軋むのを感じた
久留間悟
久留間悟
久留間悟
久留間悟
久留間悟
渋谷大
未だ冷たい指先が頬に触れる
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
渋谷大
久留間悟
肺の奥から絞り出したような声に、渋谷の目が見開く
唇に血が滲むほど噛みしめて、久留間はその目を見返した
久留間悟
久留間悟
久留間悟
久留間悟
久留間悟
久留間悟
渋谷大
悔しさを吐露する言葉に、ケタケタと笑う声が返る
その裏できっと心臓を痛みが襲っていることを知りながら
久留間は改めて渋谷を抱きしめた
久留間悟
久留間悟
弾かれたように、渋谷が久留間を見る
信じられない言葉を聞いたような、悲壮感すら覚えるその表情に
呪いも受けていないはずの久留間の心臓が痛んだ気がした
渋谷大
久留間悟
久留間悟
渋谷大
久留間悟
久留間悟
久留間悟
渋谷大
渋谷大
久留間悟
久留間悟
久留間悟
瞬間、胸倉を掴まれる
渋谷大
渋谷大
間近に迫ったその目は、青い瞳に反して赤く染まっていた