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コメント
2件
最後の挨拶が終わると
教室は一気に騒がしくなっていた
椅子を引く音
誰かの笑い声
名残惜しそうな空気
○○は資料を抱え直し
その場を離れようとしたその時
加護
加護
加護くんの言葉だった
笑いが起こる
○○は一瞬だけ足を止める
否定するほどの事でもないし
肯定する必要もない
ただ疲れる
隣で氷室が苦笑する
氷室
そういいながら
視線がこちらに向く
氷室
場の空気に押されるように
軽い調子でいう
氷室
氷室
冗談半分
勢い
○○は言葉を失った
断る理由はある
立場も、状況も
でもこの一週間を無事に終えたという事実が
判断を鈍らせる
そんな声が背中を押す
○○は小さく息を吐いた
〇〇
それ以上でもそれ以下でもない返事
その瞬間
ふと視線を感じる
教室の端
二口がこちらを見ていた
分かりやすく不機嫌な顔
眉毛が下がり
口元が固い
ーあぁ
○○は何故か目を逸らした
理由は分からない
考える必要もない
ただその表情を
真正面から受け取るのは
今は違う気がした
氷室
氷室の声
○○は頷く
歩き出しながら
最後にもう一度だけ
教室を振り返る
二口はまだ見ていた
動かず
笑わず
ただ、たっている
○○は何も言わなかった
言葉をかわさないまま
この一週間は終わる
きっとそういう終わり方もある
きっとある
教室のドアが閉まる
廊下に出ると
外の光が眩しかった
ーーそれでも。
何故か胸の奥に
小さな引っかかりだけが
残っていた
それが何なのかを考えるのは
もう少し先でいい
今日はただ役目を終えた1日だった
校舎を出た瞬間
昼間に溜まっていた熱がすっと引いていった
夕方の風は冷たく
コンクリートに残る日の匂いが
一日の終わりをはっきり知らせてくる
今日で、終わり
○○の胸の内でそう繰り返しながら
校舎から少し距離を取った
1週間
短いようで長かった
善行指導という名目で
伊達工に通い続けた日々
誰かを救うための言葉を選び
届くかも分からない話をつづけ
それでも“やるべきこと”として立ち続ける
ーー仕事だ
そう言い聞かせていなければ
続かなかった
校門をくぐり抜ける
もう少しで日常に戻れる
その時だった
二口
背後から抑えた声
○○はすぐには振り返らなかった
予感があった
振り返れば
終わったはずの1週間が
もう一度引き戻される気がして
それでも警察官として
無視はできない
○○はゆっくりと立ち止まり
振り返る
二口堅治が立っていた
放課後のざわめきの中にいても
不思議と目につく存在
制服の着崩しも
無遠慮な視線も
この一週間で見慣れたはずなのに
〇〇
事務的な声
線を引くような立ち方
二口は1歩近づく
それだけで空気が張り詰めた
○○は内心
息を整える
ーーこれで本当に最後
そう思って口を開いた
〇〇
淡々と
感情を削ぎ落とした言葉
それは祈りだった
もう夜の補導で会わないで
もう、指導される側に回らないで
そういう意味だった
けれど二口の表情が明らかに変わる
一瞬
戸惑いと苛立ちが迷ったような顔
二口
二口
突拍子もない一言
○○の思考が止まる
〇〇
間抜けなほど
キョトンとした顔
〇〇
本心だった
二口は唇を噛む
苛立ちを抑えきれない声音で続ける
二口
声が低く
荒い
二口
二口
○○の心が
僅かに軋む
ーー分からなかった
その言葉が
“無意味だった”と重なって聞こえる
この一週間
笑顔で終われる仕事じゃなかった
それでも
何か一つでも残ればいいと思っていた
だから
珍しく
○○は感情を抑え損ねた
〇〇
〇〇
〇〇
声に僅かな棘が混ざる
〇〇
二口の肩が少し揺れる
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
言い切ったあと
胸の奥が少しだけ痛んだ
それでも引き返すことはしない
○○はまた歩き始めた
背中に視線が刺さるのを感じる
それでも止まらない
これ以上、
関わるべきじゃない
そうわかってるから
二口
今度はさっきよりも
切羽詰まったような声だった
○○は足を止める
振り返らないまま静かに言う
〇〇
それでも。
二口
短く
逃げ場の無い言葉
空気が止まった
放課後のざわめきが
一瞬遠のく
○○の指先が僅かに強ばる
背中越しに伝わる感情が
あまりにも真っ直ぐで
ーー早すぎる。
ーー間違ってる。
理性がそう告げる
○○はゆっくりと振り返った
二口は○○から目を離さなかった
ふざけた笑いも
茶化す声もない
ただ不器用な本音がそこにあった
○○はしばらく何も言わない
答えない、という選択
その沈黙は拒絶でも
肯定でもない
〇〇
言葉を探すのをやめる
○○は小さく息を吐き
視線を外した
〇〇
〇〇
それだけ
好きかどうかを
否定もしない
警察官として
大人として
そして
彼より先に時間を生きている人間として
○○は背を向ける
〇〇
呼んだのはこれが初めてだった
〇〇
〇〇
それが○○にできる唯一の答えだった
そのままあるきはじめ
もう振り返ることはなかった
背後で二口は何も言えずに立ち尽くす気配が残る
その言葉の重さを理解するには
彼はまだ若すぎた
エンジンをかける前の車内は
驚くほど静かだった
ドアを閉めた音だけが
やけに大きく響く
○○はシートに深く腰を下ろした
正面を見たまま
シートベルトをしめる
カチリ
という音
それでやっと
現実に戻ってきた気がした
氷室はエンジンをかけない
ミラー越しに
校舎の方向を1度だけ確認してから
何も聞かないままハンドルに手を置いた
優しさなのか
大人の距離感なのか
○○はしばらく沈黙を選ぶ
窓の外を流れる
放課後の光
校舎の向こうになにも見えなくなった背中
〇〇
小さく息を吸って
○○はぽつりと口を開いた
〇〇
〇〇
独り言に近い声
誰に向けた問なのか
自分でも分からない
氷室はすぐに答えなかった
エンジンをかけ
ゆっくりと動き始めてから
ようやく口を開く
氷室
氷室
氷室
前を見たままの声
〇〇
○○の指が膝の上でぎゅっと握られる
〇〇
〇〇
言葉を選ぶように
一拍置く
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
珍しく弱音だった
氷室は少し笑い
○○の頭にぽんと手をやった
氷室
氷室
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
信号で止まり
車内に赤い光が差し込む
氷室
氷室
ちらりと氷室は○○を見る
氷室
○○はゆっくり下を向く
〇〇
小さな声
信号が再び青に変わり
車は走り出す
校舎はもう見えない
○○の胸にはあの一言が残っていた
消えないまま
校門の前で
二口は立ち尽くしていた
○○の背中はもう見えない
車のエンジン音が1度だけ聞こえて
それきりだった
胸の奥に残ったのは
言葉に出来なかった感情
好きだと言った
でも何も返ってこなかった
肯定も否定もしない
それが一番大人の答えだったと
今は理解できない
二口
拳を握る
悔しいのか
情けないのか
分からない
中井
聞きなれた声
振り返ると中井が立っていた
少し息を切らしている
中井
中井
いつもの調子
無理に明るくもない
二口は校舎を1度だけ振り返り
それから前を向いた
二口
二口
独り言に近い声
柚葉は少しだけ目を伏せた
その言葉の意味を
彼女はわかっていた
だから聞き返さなかった
慰めも、否定もしない
中井
中井
それだけ言って先に歩き出す
二口も遅れてその後を追う
まだ届かない場所を見てしまった今日
それが二口の中で何かを始めていた