ある国には、伝説があった
魔王と勇者に関する、ありきたりな伝説が
千年以上昔の話
この世界には魔族という人間に動物の様なツノを持った種族がおり
暴虐の限りを尽くしていた
人間達が多くの犠牲を払って得た情報によると
魔族にも人間と同じ様に彼らを束ねる王がいる
人々はその存在を魔王と呼び、その討伐を目論んだ
しかし、魔王は強大で何年経っても倒す事は出来なかった
そんな時、その国に勇者が現れ
魔王を倒し、世界は平和になった
そんな良くある伝説だ
しかし、この伝説にはもう一つの側面がある
幸せも笑顔も何もない
悲しく、哀れな伝説だ
本当は勇者は魔王を倒し切れていなかった
倒したと思っていたが、重傷を負っただけだったのだ
力を失った魔王は逃げ出し、人間が絶対に入ってこない暗く深い森に逃げ込んだ
仲間は全員殺されてしまった
きっと生き残った者がいたとしても迫害され、死んでしまうだろう
もう自分には何も残っていない
後は死ぬだけだ
魔王は森の中で一番大きな木の根本に座り込んだ
意識が朦朧としていく
自分はとうとう死ぬんだ
魔王はそう思い、ゆっくりと瞼を閉じた
しかし、魔王には朝が訪れた
森の中はあまり明るくならないが、色んな所から動物の鳴き声や足音がしているので朝だと分かる
暫くすると、木のそばにウサギと狐、それに鳥の様な生物がやってきた
少し見た目が違う辺りからおそらくは魔獣だろうと推測する
魔獣は自らの住処を穢す者には容赦はしない生き物だ
早めに離れた方が身の為だろう
しかし動こうとしてもまだ体が痛くて動けない
今の状態で攻撃されてしまったら恐らく死ぬ
魔獣が近づいて来るのが見える
流石にごめんなさいくらい言いたかったな
魔王は殺されると思っていたが実際集まってきた魔獣は魔王の事を見ているだけで全く何もしてこない
どうしてなのかは分からないけれど魔王は少しだけ安心した
その後魔獣達は彼らにしか分からなさそうな言語で話し合い、どこかに行ってしまった
ただ様子を見にきただけの様だった
次の日
魔獣達は色々な果物を持ってやってきた
ぴょんぴょんと飛び跳ねて主張している姿は元気出して!と言っている様にも見えた
折角なので持ってきてくれた果物を齧ってみる
甘くて、すっきりしていて美味しい
魔獣達に笑って見せると、彼らはさらに飛び跳ねて喜んだ
それからの事
魔獣達は毎日魔王の元へやってくる様になった
果物を持ってくる日もあれば、木の実を持ってくる日もあった
貰ってばかりでは申し訳ないと思った魔王は、魔獣達に色んな話をした
魔王と呼ばれる様になる前、まだ魔族達の集落で暮らしていた頃の話
やがて人間にかなりの同胞を殺され、新たな土地を求めて千里の道すら歩いた話
やっと住めそうな土地を見つけ、みんなで協力して畑を作った話
どれも明るい内容の話ではなかったのだが、魔獣達はなにも言う事なく大人しく話を聞いていた
言葉が通じているのかすら分からなかったが
やがて魔王は、この森は楽園なのではないかと考えるようになった
体は完全に回復したから行こうと思えばどこへでも行けたが、
人間が入ってこない森の中の方がずっと安全でなにも失わなくて済む
今度はどこに果物とかがあるのか魔獣達に教えてもらおう
ずっと座ったままだと体が動かなくなってしまう
今まで不幸だった分、少しは幸せに生きたいのだ
それから数日
何となく森の中が変な気がした
まずは、いつも話を聞いてくれている魔獣の中の鳥みたいなやつが来なくなった
他の魔獣に聞いてみても知らないらしい
それに、なんか最近森の中が静かだ
魔獣の声もだんだん減っている
なんかおかしい
いつも来てくれる魔獣達もやがて来なくなってしまった
いつのまにか、森の中に響いているのは木々の擦れる音と川が流れる音だけになっていた
静かになった森の中
ザクザクと土を踏む音がした
だんだんとこちらに向かってくる
何が近づいてくるのか分からない故、魔王は注意深くその音を聞いた
土を踏む足音は二足歩行の生物だ
二足歩行の魔獣は結構いる
何かが擦れる音がしている
布の様に柔らかい素材でできた何かだ
それに加えてなにかが歩く振動と共にぶつかる音がしている
まるで金属の様な音
二足歩行で布を持っていて金属が加工できる
そんな生物は一種しか知らない
そんなの認めたくないよ
しかし、その認めたくないものはすぐ近くまでやってきた
何も言わず、ただ黙って剣を向けてきている
剣には大量の血と獣の毛の様なものかついていた
その中にはウサギや狐の毛、鳥の羽の様なものも付着していた
ああ、まただ
どうして俺だけ不幸にならないといけないんだ
家族も仲間も新たな場所も奪われて!
一体何を俺はしたって言うんだ!
魔王の心の中には声にならない思いで一杯だった
それと同時に、魔王の中で何かが崩れ落ちた
やがて、魔王はニヤリと笑って
木の根本から立ち上がった
コメント
13件
素敵です!
面白かったです!!!
魔王目線の物語もおもしろいですね。 余韻の残る終わり方が、かっこよかったです。