高校時代、先輩から振られた腹いせに、同級生で親友だったチカに塩酸を浴びせたミホ。
彼女はどこかも知らぬ場所で、究極の選択を迫られていた。
ユエ
残り時間……15分。

ミホ
(お、落ち着け。2つの瓶のうち、塩酸が入った瓶は1つ。そちらじゃないほうを選べば、無傷で助かる)

ミホ
(どこまで本気なのか分からないけど、和解が成立しなかった場合は双方ともに死ぬ)

ミホ
(それはチカだって回避したいはず……)

ユエ
今一度確認しておきます。

ユエ
チカさん、ミホさんを赦す気は……。

チカ
ありません。

チカ
彼女のせいで、私は人生の大半を奪われたと言ってもいいです。

チカ
高校も結局のところ中退扱いで、私は中卒。

チカ
本当ならば社会経験を積まなきゃいけない時期に引きこもって、仕事の経験もない。

チカ
そして……これからも社会に出ることはできないと思う。

ミホ
だから、整形費用は出すって――。

その距離があまりにも近くて、ミホは戸惑ってしまった。
ユエ
ですから、そういう段階のお話ではないのです。

そして、ミホから離れる際、ミホにしか聞こえないような声で呟く。
ユエ
チカさんはどちらの瓶に塩酸が入っているのか知っている。

ユエ
だから、彼女から聞き出すのも手かもね。

ユエ
それにしても、いい表情してるわ……。

ユエ
ゾクゾクしちゃう。

胸元の開いたドレスに、腰の辺りまでスリットの入ったロングスカート。
スリットから伸びたストッキングに包まれた脚が細く、その恍惚とした表情がやたらと妖艶に見えた。
ミホ
(この女……なんなの?)

ミホはカウントダウンを続けるタイマーのほうへと視線をやる。
ミホ
(どうにかしないと……)

聞く耳を持たないチカを相手に、しかし和解しなければならないミホ。
番組が提案した手段ならば和解できるが、しかし二者択一で塩酸を選んでしまったら堪ったものではない。
ミホ
ねぇ、チカ。

ミホ
さっきも言ったけど、その顔の治療費用は出させてもらう。

ミホ
それに、あんた顔は悪くないから、私の配信にコラボって形で出してあげるよ。

ミホ
そうすれば、ある程度のリスナーがついて、あんたもインフルエンサーをやれる。

ミホ
どう?

ミホ
悪くない話じゃない?

チカ
――そこまでして謝りたくない?

チカ
これからのことを話すんじゃなくて、私は失われた過去を返して欲しいんだよ。

チカ
みんなが当たり前に経験した高校時代!

チカ
夢もあったし、やりたいことも決まってた。

チカ
恋だってしたかった……。

チカ
私はインフルエンサーなんて大層なものにならなくていい。

チカ
普通の人の生活を送りたかっただけ!

チカ
それを奪った挙げ句、一度も見舞いにも来なかった。

チカ
謝りにも来なかった。

チカ
しかも、どこの誰かも分からない相手に、私のことを馬鹿にしながら話した!

チカ
これをどう赦せって言うの?

ミホ
(駄目だ、らちがあかない。こうなった時のチカが譲らないのは知ってる)

ミホ
チカが私のことを赦せないのは分かった。

ミホ
そうだよね、そりゃそうだ。

ミホ
でも、これだけは聞かせて。

ミホ
(もう、チカを説得するのは無理)

ミホ
(この女は人生をもう捨ててる)

ミホ
(言わば無敵の人……。私を巻き込んで死ぬことだって、やろうと思えばできる)

ミホ
(でも、あんたは良くても私は嫌なの)

ミホ
(巻き込むなよ――。死ぬなら1人で死ね!)

ミホ
こっちが、チカの顔にかけられた塩酸?

チカ
違うよ。

ミホ
(チカ、あんたが本当のことを話してくれないなら、私が見極めるだけよ)

ミホ
(あなたには分かりやすい癖がある)

ミホ
(嘘をつく時に、下唇を舐めるという癖がね)

ミホ
(高校の時は、これを利用して、あなたをうまい具合に操ってきたけど、まさかこれがここに来て役に立つなんて……)

元より、チカを引き立て役として利用する気だったミホ。
ミホ
(今、確かに下唇を舐めた)

ミホ
(ってことは、この【A】の瓶の中身が塩酸ってこと?)

ミホ
(いや、早まる前に、念のために――)

ミホ
じゃあ、こっちの瓶?

今度は【B】のラベルが貼られた瓶を手に、同じようにチカに問う。
チカ
違う。

ミホ
(今度は……下唇を舐めなかった)

ミホ
(【A】の瓶の時は下唇を舐めたから嘘。その証拠に【B】の瓶の時には反応がなかった)

ミホ
(どちらも答えは否定する形だったから、嘘をついているのは【A】の瓶のほう)

ミホ
(つまり、【A】のほうに入っているのが塩酸!)

ユエ
残り時間……7分と少しでございます。

ミホ
分かった。

ミホ
もうどうしても、赦してもらえないのは分かったよ。

ミホ
だから、これは私の覚悟。

ミホ
覚悟を見せれば、赦してくれるんだよね?

チカ
――そういうルールというか、どちらかの瓶の中身をミホがかぶった時点で、私は赦さなきゃいけないの。

ミホ
分かったよ……。

ミホ
(塩酸を頭からかぶるなんて馬鹿馬鹿しい!)

ミホ
(私は顔を商売道具にしてるの)

ミホ
(チカみたいに、日の当たらない場所でウジウジしてるような人間じゃない!)

ユエ
そちらで……よろしいですね?

ミホ
あのさ、本当にこれで和解が成立するんだよね?

ユエ
はい……そういう決まりですから。

ミホ
(本当になんなの、この女……)

ミホ
(その、何かを期待するような目)

ミホ
(盛りのついた雌豚みたいに――気持ち悪い)

ユエ
さぁ……見せて、あなたの覚悟とやらを。

ミホ
わ、分かったわよ。

ユエ
残り……3分でございます。

ミホ
(これで和解成立)

ミホ
(私はこんなところでつまづいてはいられないのよ)

ミホ
(私は世の中に必要とされているんだから!)

ミホは瓶を掲げると、中身を勢い良く自身の顔に向かってぶちまけた。