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カタカタカタカタ…
ユキ
カタカタカタカタ……
ユキ
カタカタカタカタ カタカタカタカタ…
全然 集中できないっ……
私は ばたりとデスクに倒れ込む
周りには無機質な同僚たちが黙々と作業をこなしている
思わず溜め息が零れた
ここに来て一週間になる
未だ この殺々とした雰囲気には慣れない
『こんなはずじゃなかった』
と、言えば普通の会社員になれるのだろうか
ここは普通じゃない
別にこの会社がブラックだということではない
ただ"以前の世界"ならば考えつかない状況だということは確かだ
わたしは ほっぺたを書類にくっつけて
一週間と一日前のことを思い出していた
保険証よし…MIMOCAよし…
独りつぶやきながら、鞄へと一つ一つ詰めていく
ユキ
マナーモードもよし…
よしっ…
なんかわたし、車掌さんみたい
ペットのコロをまたいで、洗面所へと向かう
…髪型よし
今度は指差しで確認してみる
鏡にめいいっぱい顔を近づけて
ニィーーッと歯をみせる
笑顔よしっ
目のくまは目立たない程度にメイクで隠したし、きっと大丈夫
大丈夫……
ふと鏡に吸い寄せられるように手をのばす
映っているのは どこか不安げな自分の顔
それをなぞるようにして指を鏡の上に滑らせていく
わたしは……
ワンッと足元で元気よく返事をされた
見るとコロが舌をだして嬉しそうに跳び跳ねていた
ユキ
化学繊維でできた柔らかい毛を優しく撫でてあげていると少し心が落ち着いてきた
何だかコロに励まされているような心地がして、ぴしゃりと頬を叩く
わたしがしっかりしなくちゃ
自分を叱咤して鞄を手に取る
幾分か鞄が軽くなったような気がした
その日の空は青く晴れ渡っていた
神様もわたしの就活を応援してくれているみたいだ
そんなことを考えていたわたしは、人混みから人混みへと流されるように進んでいく
電車で30分、徒歩15分の先に そのビルはあった
見上げると首を痛めてしまいそうなくらい高く、日光を反射させて光っていた
忘れずに 深呼吸をする
期待と希望を鞄いっぱいに詰めてきたわたしはエントランスへと一歩踏み出した
ジジジジジッ
ジジジジジジッ
ユキ
突然のアラーム音に首を左右に振る
しかし周りには何故か人ひとりいなかった
肩へ微かに振動が伝わる
はっと鞄に手を突っ込むと…
どうして……
スマホがけたたましくアラームをかき鳴らしている
マナーモードにしたはず…だよね
慌ててスマホの電源を入れる
なにこれ…
どういうこと…?
AI? 暴動?
唐突すぎて頭が回らない
そんなわたしに追い打ちをかけるように、またスマホの通知音が鳴る
どこか遠くから爆裂音が耳に届いた
その途端 理解した
もう あの日常には戻れないのだと
どうやらわたしは念願の面接会場を眼前に
そのシンギュラリティとやらの時代に突入してしまったようだ
人々の悲鳴とともに、わたしの就活初日が始まった