瀬崎徹
視界は最悪だ。幸い俺のカバンに入っていた懐中電灯の頼りない光だけが、雨のカーテンを切り裂いている。
瀬崎徹
ぬかるんだ山道に足を取られそうになりながら、俺は前を歩く高島の背中に声をかけた。
高島隼人
高島は雨を手で拭いながら答えた。その声は震えているが、なんとか虚勢を張っているようにも聞こえた。
高島隼人
瀬崎徹
俺たちは互いの姿を見失わないよう、一定の距離を保ちながら闇の中を進んだ。
木々が風に揺れ、ざわざわと不気味な音を立てている。まるで何かの怪物が、俺たちを嘲笑っているようだ。
しばらく歩いたところで、高島が足を止めた。
高島隼人
瀬崎徹
高島隼人
ここに及んで、高島が尻込みするように後ずさる。
瀬崎徹
高島隼人
覚悟を決め、俺たちは集落へと足を踏み入れた。
そこは、奇妙な場所だった。古い木造の家屋が数軒立ち並んでいるが、人の気配がまるでない。
窓から漏れる明かりもなく、ただ雨音だけが支配するゴーストタウンのようだ。
高島隼人
高島が身震いする。
瀬崎徹
高島隼人
俺たちが家々の間を抜けようとした、その時だった。
瀬崎徹
村人
前方の曲がり角から、人影が現れた。雨合羽を着た何者かが手に何かを持って歩いている。
瀬崎徹
高島隼人
村人
呑気にその先を歩こうとする高島を制止した。
俺たちは咄嗟に彼の腕を引き、近くの壁に身を隠した。
瀬崎徹
高島隼人
心臓が早鐘を打つ。あの合羽の男に見つかれば、ただでは済まない。俺たちは息を殺し、男が通り過ぎるのを待った。
村人
ジャリ、ジャリ……と、砂利を踏む音が遠ざかっていく。
高島隼人
高島がへなへなと座り込みそうになり、ふと視線を横に向けた。
高島隼人
瀬崎徹
高島隼人
突然、高島が短く悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさった。
その視線の先には、人影のような「何か」が乱雑に置かれてあった。
瀬崎徹
俺は慎重に近づき、それを懐中電灯で照らした。
瀬崎徹
光の中に浮かび上がった光景に、俺は思わず口元を押さえた。
そこには、見覚えのある服装の大人たちがゴミのように折り重なっていた。
高島隼人
瀬崎徹
村の隅に乱暴に放置された死体の山。
一番上には、担任の吉原が仰向けになっていた。頭部を鈍器のようなもので強打されたらしく、顔面は血と泥でぐしゃぐしゃに濡れている。もはや苦悶の表情すら読み取れない。
その下にはバスガイドの女性がうつ伏せに倒れており、さらにその奥で、運転手が壁にもたれかかるように絶命していた。
運転手の首は、ありえない方向にねじ曲がっている。一目見ただけで即死だったことが分かる惨状だった。
高島隼人
高島が震え上がり、涙声で叫ぶ。
頼みの綱だった大人たちが全員殺されている。その事実は、俺たちの最後の希望を完全に粉砕した。
瀬崎徹
俺は努めて冷静に言おうとしたが、声が上ずるのは止められなかった。
ここはおそらく、普通の村じゃない。殺人鬼の巣窟だ。
高島隼人
瀬崎徹
ここに助けはいない。むしろ、ここに留まれば俺たちもあの死体の山の一部になるだけだ。
俺たちは脱兎のごとく踵を返し、来た道を全力で走り出した。
会合所に残してきた仲間たちもまた、地獄の真っ只中にいるとは知らずに……
高島隼人
泥濘んだ山道を、俺たちは転がるように駆け下りていた。
脳裏に焼き付いた先生たちの死体が、恐怖の源泉となって背中を押す。
高島隼人
高島が泣きそうな声で呻く。
瀬崎徹
俺は前を見据えたまま、短く答えた。
高島隼人
高島の足音が少し遅れる。
瀬崎徹
高島隼人
瀬崎徹
言われて初めて気がついた。
確かに、心臓は早鐘を打っているし、恐怖がないわけではない。だが、思考は驚くほどクリアだ。パニックで足がすくむこともない。
瀬崎徹
高島隼人
高島が紛らわすように話を続ける。俺もそれに乗った。
恐怖を押し殺すには、会話が必要だった。
瀬崎徹
瀬崎徹
高島隼人
瀬崎徹
思い出すだけで苦虫を噛み潰したような気分になる。だが、今の俺を形作っているのは間違いなくあの経験だ。
瀬崎徹
高島隼人
瀬崎徹
高島隼人
ただ、今の細波の場合は、俺のときとは少し状況が違う。
今年からあの『バンダナクソ野郎』こと江藤が、新たに浅木の取り巻きに加わったからだ。
こいつが結構厄介で、傍から会話を聞いていると、陰湿かつ悪質なイジメを提案していることが多い。
……もっとも、その江藤も今は頭をかち割られて死んでいるわけだが。
瀬崎徹
高島隼人
俺たちは再び速度を上げ、会合所へと続く最後の曲がり角を抜けた。
その時だった。
高島隼人
瀬崎徹
香川麻由美
高島隼人
高島が先生たちの死を伝えようとするより早く、香川が悲鳴のように叫んだ。
香川麻由美
瀬崎徹
俺の思考が一瞬停止する。
香川麻由美
香川麻由美
瀬崎徹
香川麻由美
香川が縋るような目で俺たちを見る。俺は首を横に振った。
瀬崎徹
香川がその場に崩れ落ちそうになる。
だが、立ち止まっている暇はない。俺は香川の肩を掴んで立たせた。
瀬崎徹
香川麻由美
瀬崎徹
香川麻由美
俺は会合所の方角を睨み据えた。闇の中に、あの建物が不気味に佇んでいる。
瀬崎徹
香川麻由美
香川が全力で止める。
瀬崎徹
香川麻由美
だとしたら、相当腕の立つ人間か、あるいは殺しに慣れている異常者か。
だが、「一人」というのは重要な情報だ。
瀬崎徹
高島隼人
高島が俺の袖を掴む。
瀬崎徹
根拠のない自信だとは分かっている。だが、月村や細波を見捨てるという選択肢は、俺の中にはなかった。
高島隼人
瀬崎徹
俺は高島の手を振りほどき、踵を返した。
高島隼人
背後で高島が叫ぶ声が聞こえる。
高島隼人
気にせず俺は懐中電灯の明かりを消し、闇に溶け込むようにして、再びあの地獄へと走り出した。






