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夜明け前の山の麓
濃い霧の中、木々のざわめきに混じって、微かな足音が響いた
任務を終え、帰ろうとしていた無一郎の前に、白い霧を割って静かに立ちはだかる一人の影
時 透
無一郎は眉一つ動かさず、刀な手をかける
霧の中に浮かぶその姿は、人間の少女のようでありながら──
どこか、底知れぬ鬼の気配を纏っていた
蓮 華
蓮華はそう言って、ゆっくり歩を進める
目は真っ直ぐに無一郎を捉えていた
その瞳にも、迷いは無かった
──最初の一撃までは
斬撃が、風のように交差する
蓮華の繰り出す技は、まるで美しさそのものだった
目に見えない程の速さで、鋭く、正確に、無一郎の攻撃を打ち砕く
一歩踏み込む度に、無一郎の身体には細かい傷が増えていった
時 透
無一郎の息が乱れ、視界が揺れる
それでも、彼は退かない
しかし──
蓮 華
蓮華の足元に、冷たい露が広がる
無一郎の左腕に切り傷が走る
時 透
無一郎の腕が凍り、指が動かなくなる
次の一撃で、彼の命は終わる
蓮華は、その事実を理解している
理解している上で、自分の指先に力を込めた
あと一歩
それだけで、この命を終わらせられる
けれど
そのあと一歩が、踏み出せなかった
蓮 華
蓮華の手が震える
指先が、僅かに揺れる
次の技を放つ寸前で、胸の奥がきゅうと締め付けられた
蓮 華
心がそう叫んだ
何故?
どうして?
分からない
でも確かに──殺したくない
その感情が、身体を縛った
頭に浮かんだのは、過去に交わした何気ない会話
庭で笑った顔
眠るように座っていた背中
微かな体温
蓮 華
蓮華は自分の手を見つめた
震える指先が、どうしても無一郎に向けられない
無一郎は、冷えた腕を抱えながら、じっと蓮華を見つめていた
時 透
彼の言葉はそこで止まる
蓮華は、口を開けないまま、一歩後ずさる
静かに、何も言わずに、その場から霧の中へ消えていく
無一郎はその背中を追わなかった
ただ、自分の胸の奥で何かがじわりと広がっていくのを感じていた
《 朝露斬・凍 》 斬られた箇所から“冷たい露”が染み出し、敵の身体を内側から凍らせていく。一見ただの一閃に見えるが、時間と共に体内から崩壊する。
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