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僕は星夜君が好きだった。
3人兄弟の末っ子で、僕はいつも余り者になるから星夜君が家族の一員になってくれて本当に嬉しかった。
でも星夜君は そう思ってないかもしれない。
一番の卑怯者は僕なんだから。
「頂き物の饅頭だ。12個あるから皆で分けて食べなさい」
役職柄お父さんはよくお土産を貰って来る。和菓子とかスイーツは僕たち兄弟のおやつに してくれた。
__リビングに星夜君もいることを確認して、空兄ぃがわざとらしく声を張り上げた。
藤村 空人
空兄ぃが饅頭を4個掴み取ると、すぐに海人兄ぃも同調した。 饅頭はあと4個しか残っていない。
藤村 風人
饅頭には目もくれず黙々と読書している星夜君の様子を窺いながら僕が控えめに抗議すると、空兄ぃが大袈裟にため息を吐いた。
藤村 空人
藤村 海人
藤村 空人
星夜君が面倒臭そうに本を閉じた。 お兄ちゃんたちが口をつぐんだ。
敵意剥き出しの空兄ぃの視線を受けても、ゾンビ兵を見るような海人兄ぃの視線を受けても、 星夜君は冷めた顔をしていた。
星夜
そう言って星夜君はリビングを出て行った。
藤村 風人
藤村 空人
藤村 海人
お兄ちゃん達はさっさと包み紙を剥がし始めた。
___お兄ちゃん達が饅頭を食べ終えた後、僕は残った4個の饅頭を持って星夜君の部屋に向かった。
藤村 風人
藤村 風人
星夜君は戸口に立っている僕を一瞥するとすぐに読んでいる本に視線を戻した。
星夜
遠慮してとか拗ねてるとかじゃなく、星夜君の声には明確な拒絶があった。 僕の差し出した手も力無く下りてしまう。
……ここで踵を返すと僕は1人になる。
称賛する声が無いとすぐに不機嫌になる空兄ぃ。 そんな空兄ぃばかり立てる海人兄ぃ。
そんな血の繋がったお兄ちゃん達と遊ぶより、僕は星夜君と遊びたかった。 お兄ちゃん達をまともに注意することも出来ないのに。
藤村 風人
藤村 風人
星夜
藤村 風人
俯いてしまった僕を見かねてか本を閉じる音がした。
星夜
その笑みが苦笑でも僕は嬉しかった。
____満足に注意することも出来ないくせに大きく頷いて、
星夜君が行方不明になった事件の時も見てるだけだった僕は
一番の卑怯者だ。
星夜君は時々 半日ほど家を空ける。
星夜君の前のお父さんの知り合いの子どもに算数を教えに行ってるらしい。
星夜君は頭がいいから家庭教師も務まる。 本当にすごいと思う。
だけど 星夜君が家庭教師をしている間 僕は1人になる。
高校の入学式を明日に控えた、夕暮れ時だった。 高校は美術部に入ると決めていた。
高校生になったら、片道1時間半かかる高校に首席で合格した星夜君と一緒にいる時間が少なくなるかもしれない。
そう考えて、夜が近付きつつある空を星夜君とスケッチブックにおさめようと、星夜君を探した。
広い家に星夜君の姿は無く、庭に出ると、今は使われてない古い倉庫にお兄ちゃん達の姿があった。
藤村 風人
藤村 空人
空兄ぃは薄笑いを浮かべながら親指で倉庫を示した。 倉庫は南京錠で外から施錠されていた。
藤村 風人
そう小さく声をあげることが精一杯の僕の肩に空兄ぃが手を置いた。
藤村 空人
藤村 海人
そう言われても「へぇ」くらいにしか思わなかった。
蜘蛛の巣に引っかかった虫を見るような顔が2つ近付いて来ることの方が戸惑った。
藤村 海人
藤村 空人
藤村 空人
藤村 空人
耳を疑った。 急に呼吸が上手く出来なくなった。
藤村 空人
藤村 空人
藤村 空人
藤村 海人
心臓が耳に移動したのかと思うほどバクバクする。声が出ない。 空兄ぃが屈んでライターの火を点けた。
藤村 風人
塞がった喉をこじ開けて ようやくその4文字を引っ張り出した。
藤村 風人
藤村 空人
藤村 空人
藤村 風人
その一言が、僕の全身を固めた。
藤村 空人
藤村 空人
だからお兄ちゃん達の言葉に首を振ることも
倉庫に鮮やかな朱が咲くのを止めることも出来なかった。
__家庭教師だと言って星夜君が家を出て行く。僕を置いて出て行く。
待って。行かないで。星夜君が行ってしまったら僕はこの広い家で独りになる。
星夜君と遊びたい。星夜君の隣にいたい。 星夜君 星夜君_____
目の前に紅蓮の壁が出来ていた。 僕はやっと我に返った。
藤村 海人
藤村 空人
藤村 風人
紅蓮の壁はどんどん大きくなって倉庫を包み込む。 あの中に星夜君がいると思うと足が震えた。
藤村 海人
ようやく騒ぎを聞き付けたお父さん達がやって来た。
お父さん
藤村 空人
早口で言い募る空兄ぃを押しのけて、お父さんの腕を掴んだ。
藤村 風人
お父さん
お父さん達は近所に応援を呼んで消火にあたった。 僕は溢れる涙を拭うことしか出来なかった。
___火が消え、焼け焦げた倉庫に僕は飛び込んだけど
星夜君の姿はどこにもなかった。
星夜君が行方不明になったあの日以来、僕は自分の部屋に閉じ籠って膝を抱えて過ごしていた。
学校には行ってない。スケッチブックも絵の具も押し入れにしまった。
星夜君の安否が分かるまでは、楽しい、と思うことはしないと決めていた。
___絵の具で絵を描く時は、2種類以上の絵の具を混ぜて色を作るのが常識だ。
僕は白の絵の具が好きで、よく使っていた。 「風人君は白が好きだね」と星夜君に呆れたように笑われたこともある。
………何にでも混ざりあって主張しない白の絵の具。 僕は最低だ。
涙は出なかった。 僕に泣く資格なんて無いんだから。
自室に閉じ籠るようになった僕を心配してか、お父さんは家で仕事をするようになった。
外出する時は、僕の部屋の前で努めて明るい声で行き先を告げてから出て行く。
__「あの時」もお父さんがどこかに出かけてから、渇いた喉を潤す為階下に降りた。
台所に着くと同時に電話がなった。 無視して水を飲んでいる間にも電話は鳴り続け、やがて録音メッセージが再生された。
星夜
この半年、ずっと求め続けてきた声が流れた。 受話器に飛び付いた。
藤村 風人
息を吐く音が聞こえた。 数秒の沈黙の後、静かな声が返って来た。
星夜
藤村 風人
星夜
藤村 風人
星夜
星夜
藤村 風人
両目から、半年間せき止めていた涙が溢れた。
頬を流れる涙は拭っても拭っても止まらなかった。 受話器を握る手に力を入れないと落としてしまいそうだ。
藤村 風人
星夜
藤村 風人
星夜
星夜
藤村 風人
半年前の放火のこと、星夜君からの電話。それらを順番に再生して行くと涙が溢れた。
僕は溢れる涙を拭って包帯を掴むと、海人兄ぃを押し退けて部屋を出た。
空兄ぃの部屋に着くとノックもせずにドアを開けた。 綺麗に片付いた部屋の中央に包帯を投げつけた。
珍しく勉強せずぼんやりと宙を見つめていた空兄ぃは、僕と投げつけた包帯を見て目を見張った。
藤村 空人
藤村 海人
藤村 空人
空兄ぃが呆然と掠れた声を出す。 僕は俯いて震える息を吸い込んだ。
藤村 風人
藤村 風人
涙が1粒、床に落ちた。 堪えてたけど駄目だった。
藤村 風人
藤村 風人
藤村 風人
藤村 風人
藤村 風人
藤村 風人
藤村 風人
藤村 海人
後ろに立っていた海人兄ぃが堪りかねたように叫んだ。
藤村 海人
藤村 海人
顔を上げると海人兄ぃが充血した目で僕を睨み付けていた。
僕はまだ涙が残る目で海人兄ぃを真っ直ぐ見返して、言った。
藤村 風人
藤村 海人
藤村 空人
空兄ぃが疲れたように首を横に振った。
藤村 空人
藤村 風人
僕が声を張り上げた瞬間_____
ピーンポー…ン
インターホンが鳴った。
藤村 風人
声を聞いたわけじゃないけど僕は確信した。 星夜君が来た。
玄関に向かって走った。
藤村 海人
藤村 空人
お兄ちゃん達が追いかけて来たけど振り返らなかった。
やっと、会える。 半年ぶりに星夜君に会える。
大好きな星夜君に、やっと やっと____…
玄関のドアを開けた。
藤村 風人
全身に包帯を巻いた少年が立っていた。
藤村 海人
歯の根が鳴るのが聞き取れるほど海人兄ぃが震えている。 僕は___その場に立ち尽くしていた。
目の前にいるのは……本当に星夜君なのだろうか…… 本当に…僕が会いたくて堪らなかった……
目の前に立っている、包帯を巻いた少年は順番にお兄ちゃん達を見て
最後に僕に視線を止めると、にっこりと笑った。 星夜君の声がその口から発せられた。
星夜
星夜