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敦はエリスの元へ行き、エリスの志望通り、お姫様ごっこを二時間ほど行った。

その頃には南にあった太陽も西に沈みかけており、

仕事で席を外していた首領ももうすぐ戻ってくる頃合いだ。

そろそろセーブハウスに戻らなくては、

首領に何を云われるかわかったものじゃない。

エリスもそれがわかってか、早く戻るように敦を促す。

敦はエリスに会釈をして、応接室を出た。

静かに扉を閉める。

太宰治

あーつしさんっ

弾んだ声が前方から聞こえる。

少々癖の目立つ髪に、

芥川がいつも着ている黒い外套によく似た外套、

右目を包帯で隠した長身の青年。

中島敦

……太宰くん。りゅ……芥川はどうした。

彼こそが太宰治。

中原を連れてくる時によく働いてくれた、異能を無効化できる唯一の異能力者である。

太宰治

芥川さんはいいんです。僕は敦さんに用があるんですから!

人懐っこい笑みを浮かべ、敦より背丈の高い太宰は少しばかり腰を屈めて、敦の腕にすり寄る。

だけれど、その左目はまるで獲物をとらえた時の獣のようで、敦は目を逸らす。

中島敦

そう。で、用事ってなに?

太宰治

ちぇ。最近の敦さんは僕に厳しいよ〜。

太宰治

……中也には甘いのにね。

太宰治

……敦さんにお願いしたいことがあって来たのにー!

背筋をぞくと凍る。

やはり、前々から思っていたが、太宰に対する苦手意識が拭えない。

こんなことをマフィアの幹部が思うことでもないのであろうが、

その蛇のような優しいふりをした狡猾な雰囲気が、無性に嫌だった。

本来、表には云えないような組織に属しているべきではなかった、

心の優しい敦のことだから、

太宰のような者にころりと落とされてしまうのではないかと、内心怖がっている節もある。

それでも、どれだけ苦手だと思っていても、

彼が芥川の弟子であることには変わりはないから、無下にはできなかった。

中島敦

珍しいね。太宰くんは僕にお願いだなんて。それで、お願いって?

太宰治

ふふ、それはですねえ……

太宰治

一日だけ、あなたの弟子になりたいのです!

中島敦

……え?

まさかの展開に敦は拍子抜けする。

太宰はこんな冗談を云うタチであったかと考えるが、

嫌なことに太宰の妙に真剣ぶった表情が、冗談ではないことを示していた。

中島敦

で、弟子……? どうして、僕の弟子に?

平常を装い淡々と会話を続けるが、敦の脳内では困惑の色が現れ始めていた。

太宰治

どうしてって……あなたが好きだからですよ?

きょとんとした表情で太宰は云う。

そしてまたもや衝撃を受ける敦。

もはや脳内では困惑ところではなく、混乱までもが入り乱れていた。

中島敦

え、え? 僕のことが好き?

太宰治

はい。ずっと好きです

恥ずかしげもなく、自信に溢れかえった表情を見せるものだから、

自分がおかしいのではないかと疑い始めるが、

そもそも敦は太宰からの好きを初めて聞いたのだ。

驚いて、当然だ。

太宰治

……だって、敦さん、芥川さんと付き合ってたんでしょう?

心臓が変にどくりと音を立てて鼓動を打った。

誰にも云っていなかった、

ましてや首領でさえにも伝えていなかった情報をなぜ太宰が知っているのだろう。

まるで致命的な弱みを握られたような感覚がした。

太宰治

だから、ポートマフィアに属してても、敦さんを手に入れられるなあって思って!

太宰治

もし二人が恋仲だったなんて知らなかったら、敦さんを戸籍から消してからって考えてたけどね

キラリッ。

と云うような効果音がつきそうなほどの態度に、敦は鳥肌が立つ。

前述した通り、敦は心の優しい青年であったから、

まさしくマフィアに相応しい者ではなかったから、

こんなにも太宰が恐ろしく感じるのだ。

きっと太宰は、マフィアになるがために生まれてきたのだ。

芥川は、よくもそんな怪物を見つけてきたものだ。

中島敦

……それじゃあ、一日だけだよ

うつろな眼を浮かべ、敦はゆっくり瞼を閉じながら、

口角を少しあげて平常とマフィアらしい顔を作って首を縦に振る。

柄にもなく、太宰は飛び跳ねて喜んだ。

優しいあなたの殺し方

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