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初コメント失礼します!面白かったです。あすみの明日ノートの使い方で、愛を成就させること自体はノートに書けば一行で、できてしまうことなのに、あえてテストの手助けをするだとか、あくまで関係のきっかけとなることに使っていたところに、あすみの正義感と愛情の深さを感じました。
明日ノート
How to use this notebook ~使用法~
①このノートに書かれた「明日」は すべて現実の「明日」となる
②ただし、記された「明日」に 物理的に矛盾が生じた場合 整合性のある現実が 「明日」となる
③「明日ノート」の最初に 「明日」を記した者のみが その「明日ノート」の所有者となる
④「明日ノート」の所有者以外が 記述した場合 その「明日ノート」はそれ以降 無効となる
⑤いかなる理由があっても このノートによって生まれた 「明日」という決定事項を 変更することはできない
⑥このノートの すべての記述の末尾に 「(了)」と書き込むことで このノートに書かれたすべての事項を 保持することができる ただし 物理的に保持できない事項は 初期状態にできる限り近い状態のまま 残存する可能性がある
記述したとおりの明日が 訪れることがもしあれば
わたしはけっして ほしいままの明日を書いたりは しないだろう
綿密に入念に計画をたてて 完全無欠の未来を 書かなければならない
なぜなら明日という時間は いちどしか訪れることのない 一方通行の未来なのだから
なぜ未来の話に拘泥するのか その理由は いまわたしの目の前に
このノートに書かれた「明日」は すべて現実の「明日」となる
という趣旨の例言が付された 1冊のノートが存在するからだ
あすみ
いまのわたしにとって 明日とは
恐れるべき存在ではなく 歓迎すべき対象である
数日前 わたしはクラスメイトの生見柊真と 肩をならべて帰り道を歩いていた
柊真
柊真
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
そのときわずかに 柊真の肩がわたしにぶつかった
ふたりで顔をあわせて なんだかおかしくて笑った
ひっそりと 鼓動が早まっていたのを感じた
わたしは思いきって こんな提案をした
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
いつの間にかわたしの左手は 柊真の制服の袖口をつかんでいた
柊真ははにかみながら
わたしのてのひらに みずからの手を重ねた
柊真
柊真
柊真
望んでいたことなのに 緊張とはずかしさで 顔がかーっと火照った
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
そのあと駅についてからも 熱気をおびた心臓は鳴りやまず
どうしようもない気持ちを 柊真にうちあけるほかないと
意を決して 運命のメッセージを送った
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
いまにして思えば
あんなことを伝えてしまった わたしが愚かだったかもしれない
なぜなら30分後
柊真から思いがけない 返事が来たからだ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
真っ暗闇
そのときの心情は 暗闇以上でも以下でもない
呼吸をすればするほど その泥濘に足をとられ 沈んでゆくような気がした
恋をするという感覚 本気で大事にしたいという この思いは
たんなる片想いに過ぎない わたしの盲信だったと
現実が無情にせせら笑う
手元の画面にうつる 柊真の「ごめんね」が 心の奥底に虚像をおとした
気がつくと朝だった
眠っているのか起きているのか それすらわからぬまま モノクロームの景色を眺めていた
机の上で 通知のこない画面を
つけたり消したりして 時間を浪費していた
ふと その下敷きになっていた ノートが目にはいる
わたしがいつも使うノートと違う柄
あすみ
表紙を開くと 「明日ノート」と印刷されており
控えめなサイズの文字で 「使用法」が記されていた
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
つまり 明日を自由に選ぶことができる ということだ
そんな空想科学的な話は 到底信じられないし
むしろわたしが 誰かにばかにされているような 気さえした
でも それにすがるくらいしか 手のほどこしようがなかった
あすみ
わたしはペンを握って
ありえないような幸福を 想像してみた
あすみ
「明日生見柊真から 昨日の話はなかったことにしよう とメッセージがくる」
それは
一晩じゅう 頭の片隅にひっそり横たわっていた
もろい希望だった
そんなことあるわけない
ここは現実なのだから
色彩をとりもどしかけた世界は 再び白と黒の2階調になった
気がつくと新しい通知が来ていた
柊真からだった
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
文意はどうあれ
柊真からふたたびメッセージがきた それじたいが
涙が出るほど嬉しかった
ことばをそのとおりに 信じてしまうのは 愚直だろうか
でもそれは わたしにとっては光だった
そうと決まれば ほしいままの未来など 書いている場合ではない
わたしが書くべきなのは 完全無欠の未来だ
あすみ
あすみ
あすみ
わたしはメッセージを 返そうとしたが
ふと指をとめ 考えをめぐらせた
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
「わたしは明日のテストで 生見柊真の手助けをする」
あすみ
あすみ
あすみ
わたしは机の引き出しに 明日ノートを
誰の目にも触れないよう そっとしまいこんだ
そして次にとりだすとき なにを書くべきか
ああでもないこうでもないと 頭の中で 考えては打ち消した
そうしながら 柊真におくるメッセージのことを 考えた
未来に矛盾が生まれないよう 慎重に言葉をえらぶ必要がある
でも メッセージを送るより
面と向かって話をした方が いいのかもしれない
朝日をあびる机で 柊真がノートを手に なにか書き込んでいる
その姿をみてどきっとする
昨日のこと なかったことにしてくれるだろうか
あすみ
ゆっくり忍びよって 驚かせないように傍から声をかける
あすみ
柊真は顔を持ち上げて わたしを見た
柊真
柊真はノートをそそくさとしまって にこっと顔をほころばせた
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
その笑顔はいつ見ても わたしのいちばん好きな顔だった
いまもう一度面と向かって 好きを伝えたら
すこしは明日が変わるだろうか
柊真
あすみ
襲いかかる邪念を 頭のなかから追いだすのに 必死になっていた
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
少しでも思わせぶりな 言葉をかけられると
心臓が跳ねあがる
柊真
柊真
あすみ
柊真が机からとりだしたのは 学習参考書だった
柊真
柊真
柊真
柊真
それは たまたまわたしが
先日解いた問題だった
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
いつものように 椅子を柊真の机に引きよせる
でもいつもと違って
わたしの緊張は どくどくと弾けんばかりに
全身をめぐった
すこしでも柊真に身体がふれると その部分がかーっと熱くなった
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
わたしは きっとこの先も
柊真と一緒にいることができる
この 明日ノートのおかげだ
うまく使えば
柊真と一生を そいとげられるかもしれない
この距離を どんどん縮めたい
あすみ
名前を口に出すたび 切なさに心がさいなまれる
焦ってはいけない
けれど
つい不安になってしまう
今日だって
柊真が持っていたノート
すぐにわたしのまえから隠した その理由があるとするなら
考えたくないけれど もしあれが
柊真がもっている もう1冊の明日ノートだったら
一生 このままの関係で 終わってしまうかもしれない
柊真は意図的にわたしを 遠ざけているのかもしれない
あすみ
言葉どおりの意味を 信じこんではいけない
そのうらに隠された ほんとうの心を読み取らなければ
言葉に欺かれることになる
あすみ
わたしはペンを手にとる
「柊真と放課後にふらりと イルミネーションを見にいく」
そう
それでも信じるべきものを 信じるだけだ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
柊真
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
日々着実に わたしと柊真の距離はちぢんでいった
けれど それは
ちぢまることはあっても けっしてなくなることのない距離だった
わたしにはそう思えた
最後の最後でつきはなされはしないか
心配はつきることがない
なぜなら柊真も 明日ノートを持っているかもしれないからだ
これは今日気づいたことだが
とんでもない事実を 見落としてしまっていた
わたしの持っている 明日ノートをよく見ると
最初のページをちぎったような 痕跡があったのだった
つまり
明日ノートは
最初から柊真が所持し なにかを書いていた
そういうことかもしれない
いや そうとしか考えられない
クリスマスのデートをする前に 柊真に問いたださなくては
わたしの計画はなにもかも 灰燼に帰してしまう
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
わたしたちだけが とりのこされた教室には
重々しい空気が たちこめていた
あすみ
あすみ
柊真
あすみ
あすみ
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真は口ごもった
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
わたしは目頭を熱くしながら そう言いきった
感情をおさえられない 状態だった
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真は冷酷にそう告げると
かばんから1冊のノートを取りだし わたしの胸元に投げつけた
そしてわたしを 睨みつけるように一瞥して
教室から出ていってしまった
あすみ
わたしはすすり泣きながら 床にあるノートを広いあげた
表紙を開くと そこには小さな文字が
連ねられていた
エンディングノート
もし 生見柊真が死ぬときがきたら
このノートを大事なひとたちに 開示すること
両親、すべての親戚 そして良きクラスメイトの 九嶋あすみにも
わたしは 再び絶望という名の坩堝に 叩きおとされた
わたしの身勝手な推論のもとに うちたてた現実が
わたしを欺いた
なぜ感情的になってしまったんだろう
なぜもっと 柊真に寄り添って 考えられなかったんだろう
後悔してもしきれなかった
柊真の持っていたノートは 文字通り柊真の遺書だった
ノートによれば
柊真は5年のうちに 持病が悪化して
最悪の場合死にいたる ということらしい
許されない過ちを おかしてしまった
わたしはわたしを恨んだ
それでも わたしは明日ノートを開いた
「柊真ととっておきの プレゼントを交換する」
そうすればきっと 未来が変わる
拭えない背徳感を感じつつ そっとノートを閉じた
あすみ
なんだか
このままノートを持っているのも落ち着かない
わたしは机の引き出しをひらき そこにノートを仕舞おうとした
あすみ
するとそこから 1枚の紙が出てきた
左端をちぎったあとのある 罫線入りの紙
そこにはこんなことが 書かれていた
わたしは
九嶋あすみ
わたしにはきっと幸せな未来が 訪れるように
そして
こんなノートのことなど 明日には綺麗に忘れてしまうように
それは わたしがいちばんはじめに書いた
明日ノートの最初のページらしかった
わたしは このノートのことを
すっかり忘れてしまうようにしたのだ
けれどまた 未来が変わってしまった
つまり
明日ノートの効力は まだ続いているということだ
柊真と また仲直りできるかもしれない
夜が来た
眠っているのか起きているのか わからない長い夜を過した
学校が終わってから わたしたちは街へと
足をはこんだ
柊真とわたしは 無口に並んで歩いた
でも少し歩いたところで 柊真が口火を切った
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真は わたしの手をぎゅっとつかんだ
あすみ
わたしはすかさず その手を強く握り返した
柊真
柊真
わたしは嬉しくて 泣きだしそうになるのを
必死にこらえた
柊真
あすみ
あすみ
わたしは とんでもないことに気づいてしまった
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
わたしは 引き出しを開けて
ノートを開いた
すばやくこう書いた
「お父さんとお母さんに気づかれないように 柊真を部屋に泊める」
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
あすみ
柊真
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
わたしは頬に涙を落としていた
身体の熱が 涙に収斂されて流れでた
もう偽る必要などなかった
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
柊真
あすみ
次になにがくるか ありもしない妄想を
頭のなかに並べたが 無意味だった
わたしの唇に 柔らかくあたたかいものが
そっと触れたからだった
柊真
あすみ
柊真
あすみ
あすみ
柊真
柊真
あすみ
あすみ
あすみ
柊真
柊真が言い終わるのを待たず わたしは柊真にくちづけた
荒い呼吸がかさなり わたしは柊真の口腔をあじわうように
舌を絡ませた
待ち望んでいた時間が ついにおとずれた
ベッドに2人で転がってから
絶頂を迎えるまでの時間は 一瞬だった
それからうっとりと お互いの顔を見つめたまま
やさしい夢のなかに ふたりで旅立った
すでに朝日がカーテン越しに 部屋の中を照らしていた
あすみ
あすみ
あすみ
あすみ
柊真の身体はあたたかい
包み込まれるような感じがする
でも
今日はなぜか少し苦しそうだった
あすみ
あすみ
あすみ
呼び掛けに応じない
肩を揺さぶっても起きない
あすみ
あすみ
緊急搬送されてから 6日後の朝
柊真は17年の生涯を経て 永遠の眠りについた
それを知ったとき
なにもする気が起きなかった
死を認めたくなくて
葬儀にも
お墓参りにも 行かなかった
手もとに残ったのは
柊真のくれた時計と 明日ノートだけだった
わたしは柊真のことを すこしも慮らなかったことを
後悔した
わたしもいつかけじめをつけて 死のうと思うようになった
でもある日
このままでは明日ノートを 自分勝手に使っただけだと
もういちど柊真のために 何かしたいと思うようになった
だからわたしはこう書いた
「いつか柊真の生きた証を 手に入れる」
もしそれがうまくいけば
それ以上の希望はなかった
とここまで わたしのありのままの過去を書いた
なぜ明日ノートに過去を書いたか
それは すこしでも柊真のことが損なわれたら 意味がないからだ
「記述したとおりの明日が 訪れることがもしあれば わたしはけっして ほしいままの明日を書いたりは しないだろう」
この部分からはじまって 柊真の死にいたるまで
すべてありのままの現実を書いた
もし明日ノートが まだ機能するのであれば
いや きっと機能する
ならば
今度こそ 完全無欠の未来を書く
つまり
こんな未来だ
あれから10年
わたしに希望が生まれたのは あのときお腹に柊真との 赤ちゃんができたからだ
産まれた子どもを見て 柊真みたいな男の子に なってくれたらなと思った
柊次
柊次
あすみ
あすみ
あすみ
柊次
その子は ほんとうに柊真そっくりだった
わたしはいま あのとき自分を信じてよかったと 痛感している
柊次
柊次
あすみ
柊次
柊次
あすみ
いまごろ 柊真は天国から わたしたちをちゃんと見ているかな
きっと 柊真も幸せな空の上の世界に いるだろう
わたしもいま とても幸せだ
そんなことを思いつつ
調理台の下に隠していた ゲームソフトを持って
柊次の部屋の前にそっと置いた
そんな未来が
訪れるように――
(了)
最後までお読みくださり ありがとうございました
この物語は フィクションです