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あかり(you)
かえでの母
悲痛の思いは声にならない きっと今の私がかえでに 何を言ったところで相手にしてもらえない
届かないんだ、記憶がないから
響かないんだ、今までの思い出が全部…… なくなっているから
大きな病院をあとにして、 今にも雪が降り出しそうな 怪しい空を見上げた。
室内とは打って変わって、 凍るような冷たさの空気をいっぱいに 吸い込んでは吐き出す そんな行為を何度も何度も繰り返した
あかり(you)
あかり(you)
あかり(you)
あかり(you)
嗚咽交じりに、 誰もいない外の広場でぶつける
1週間前まであったあの温もりが、 昨日まであったはずの 《愛されている》 という証拠が、 突然なくなった悲しみは底知れない
数年ぶりに流した涙は、 ひどく塩っぱかった
どんなに泣いても笑っても、 朝はみんな平等にやってくる
歳を重ね、 大人になればなるほどプライベートで 何があろうと"社会人"をやらなければ ならない時はやってくる
あの日から3日間、 かえでには会えないままでいた
彼の容態や状況はお義母さんから連絡が 来て知ることができているけど、 私の記憶は一向に戻る気配すら 見えないらしい
かえでの母
かえでの母
かえでの母
かえでの母
かえでの母
かえでの母
かえでの母
仕事終わり、 家に着いて携帯の留守番電話に入っていた お義母さんのメッセージを聞いて、 また泣きたくなった
私だって、本当は今すぐかえでに会いたい
会いたいけれど、 《他人》になってしまった彼を 見るのが辛くて、 なかなか1歩を踏み出せないままでいる
逃げたままでいいわけがない 離れていたらかえでが戻ってくるとも 限らない
でも、だけど……
あかり(you)
左手の薬指にはめている、婚約指輪
彼がこれを渡してくれた時の言葉を 思い出して…… 私はもう一度、 家の玄関を開けた
3日ぶりの彼の病室の前、 変な緊張と焦りが交差する
ドキドキと高鳴る胸と、 何を言われても傷つかないぞと 奥歯を噛み締めて、 ノックを2回鳴らして扉を開けた
あかり(you)
かえで
すみれ
覚悟を決めて、 ゆっくりと視線を持ち上げたその先
そこには彼以外にもう1人、 横に座っている面会者がいた
かえで
あかり(you)
それは以前、 かえでから聞いていた彼の"元恋人"の 肩書きを持つ女性だった
昔から、 感情を表に出すことが得意じゃなかった
自分ではそうは思っていなくても、 友人達はみんな口を揃えて、 私の第一印象を 『大人しい人』 『最初は話し掛けづらかった』 などと言って懐かしむ
かえではそんな私のことを本当は誰よりも感情深い人だと言ってくれて、 『あかりの内に秘めた想いはちゃんと俺に届いているから大丈夫』 と頭を撫でてくれた
このままでいいとは思わないけれど、 そんな自分も少し好きになれた瞬間だった
けれど今は、 きっと誰が見てもはっきり分かる
戸惑いと、焦りと不安 そして微かな怒り
すみれ
あかり(you)
すみれ
あかり(you)
すみれ
ねっとりと纏わりつくような口調、 きつい香水の匂い、 高いヒールに茶髪のロングヘア
2年前に会ったあの時から何一つ 変わってはいない
あかり(you)
すみれ
彼女のことはかえでから 教えてもらっていた
大学でサークルを通して知り合いになり、 社会人になってから同期が組んだ合コンへ参加した時に再開したのだと
何度かご飯や映画を共にしたのに、 すみれさんの告白に頷いて恋人関係と なってからは同時に仕事も順調に進み出し だんだんと彼女に費やす時間が取れなくなってしまったらしい
すみれ
あかり(you)
それからすみれさんは複数の男性と関係を持って浮気し、 『つまらない男に用はない』 と言い捨ててかえでから 離れていったそうだ
かえでは普段から他人の悪口を 言わない人で、 その当時のことでさえ 『俺がどんどん仕事にのめり込んでしまっていたから、つまらないって言われて当然だったと思うよ』 と細く笑いながら言った
あかり(you)
すみれ
あかり(you)
すみれ
あかり(you)
かえでとの間にすみれさんの 話が出てきたのは、 単なる私の興味や疑いのせいじゃない
彼の過去にはさほど興味のなかった私が、 彼女のことを聞かなくちゃ ならなくなったのは、 それなりの理由があったから
あかり(you)
すみれ
すみれさんは未だに、 かえでとの復縁を望んでいる
友人というワードに託けて、 メッセージや電話のやりとりだけでは おさまらず、 頻繁に食事や飲み会に誘い、 "誰にも言えない相談" を持ち掛けては2人きりになるように 仕向けた
目を瞑ることができなかったのは、 それらをあえて私に伝えてきたから かえでを返して欲しいと、 かえでともう一度恋人関係になりたいのだと