夜会会場に戻ったら、初兎様は僕達の椅子の前に佇んでいた
ただ立っているだけなのにめちゃくちゃ絵になるし麗しい
本当に現実離れした美しさだ
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初兎様のそういう律儀なところが好き
大好き と同時に、申し訳なさと罪悪感が胸を突く
だけど初兎様は、僕を見るなりとても穏やかに微笑んでくれた
僕の推しは本当に、最強で最高だ
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気まずさを誤魔化すため、僕はニコリと微笑み返す
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ことは初兎様の一生を変えうる大きな大きな行き違いだ
僕の結婚について、お父様なら悪いようにはしないだろうと高をくくっていたのが裏目に出てしまった
本当は、推しへのスタンスをもっとハッキリと見せておかなければならなかったんだ
完全に僕の失態だ
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このままじゃ、僕は自分で自分を許せそうにない
彼の心を煩わせた分だけ償いをしなきゃ
慰謝料をたっぷり用意して、彼に見合う素敵な女性を見つけて、初兎様の望む将来を用意しないと――――
父
父
とそのとき、お父様が戻ってきたため広間の視線がこちらに集中してしまった
みんな一様にこちらに向かってお辞儀をし、何ごとだと耳を澄ませているのがよくわかる
僕はハッと居住まいを直した
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なんて、本当は嘘 少しだけ頭に血が上っていたのかもしれない
だって、初兎様があまりにも気の毒で
僕と結婚させられてしまうと思っていらっしゃることがかわいそうで
早く解放してあげたかったんだもん
だけど、よく考えたら公衆の面前で結婚する・しない云々の話をするのはダメだ
初兎様の名誉に関わる 僕の名誉はどうでもいいけど、初兎様の名誉だけは守らなきゃならない
命にかえても絶対に守らなきゃならない
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とりあえず場所は改めるべきだろう
未だ周囲の耳目は集まったままだし、相手は好奇心旺盛な貴族たちだもん
僕の部屋に案内するって話したら、変な噂をたてられかねないし、お父様の部屋へという部分を強調しつつ、僕はそっと首を傾げた
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だけど、初兎様が口にしたのは思いがけない――――本当に思いがけないことだった
モブ貴族達
貴族たちの驚愕の声が広間に木霊する
ボリュームが大きいあまり、僕の素っ頓狂な声を掻き消してもらえたのは不幸中の幸いだった
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僕、あなたとの結婚をなかったことにするつもりだったんですけど!
父が迷惑をおかけしてごめんなさいって、ひれ伏して詫びる気満々だったんですけど!
それなのに婚約するって!
婚約するってみんなの前で言っちゃいます⁉
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口をハクハクとさせながら、僕は初兎様のことを見つめた
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嘘だ 本当は全くよくない
というか、論点は部屋じゃない そこじゃないのですよ、初兎様!
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初兎様はそう言って、僕の前に跪く
僕は大きく目を見開き、手のひらで口元を覆い隠した
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僕はこの光景を何万回夢に見たかわからない
絵に描いて再現だってしてもらった
だけど、夢で見た光景よりも、神絵師に描いてもらった絵よりも、初兎様はずっとずっと美しく、スマートだった
差し出された手のひらも、麗しすぎる表情も、低い声音も、言葉も、びっくりするぐらい光り輝いていて、こらえきれずに涙がこぼれる
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初兎様からの申し出を断るなんて無理
僕にはできない 無理!
だって、今日は僕の誕生日だし
憧れの人と踊れるなんて最高だもの
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ほんの数分間、初兎様の時間を分けて貰うだけ
そもそも僕、皇女だし ダンスが上手かったからって理由をつけて、褒美を与えることだってできるし
お父様の覚えがめでたくなったキッカケってことにもできるし
ちゃんとメリットは用意できるもん
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初兎様はエスコート上手だった
本当に、一体どこで覚えたんだってぐらい、上手だった
彼にはこれまで婚約者はいなかったし、めったに夜会にも顔を出していなかったはずなのに――――なんて、馬鹿な考えを頭から必死に振り払う
ふたりきりのダンスホールのなか、僕達は静かに踊りはじめた
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ほとけとして彼に会ったのはほんの数回だけ
きちんと面会をしたのは今から4年前のことだ
たったの数回――――普通の女の子なら忘れ去られてしまうような些細なできごとでも、皇女の身分を持つ僕は違う
大好きな人にその存在を覚えていてもらえる
皇女に生まれてよかったと心から思った
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侍女たちが結い上げてくれた髪に触れつつ、僕はそっと瞳を細める。
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そんな馬鹿な 僕は目を丸くしつつ、初兎様のことをじっと見上げた
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だけどそれは、初兎様のトレードマークがガーネットのピアスだからだ
数ある贈りもののなかからこの髪飾りを選んだのだって、初兎様が身につけているものと形とか雰囲気が似ていたからだもの
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嘘、嘘、嘘! それはさすがにまさかすぎる!
だって、僕の誕生日祝いのほとんどが宝石やドレスで、帝国全土から山ほど届いてるんだもん
というのも、僕へのプレゼントは服飾品が喜ばれると貴族たちに知らしめているのがその理由だ
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そんな何百何千と届いたプレゼントのなかから、僕は見事初兎様からの贈りものを選び当てたと
そんなことってある?
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驚くやら誇らしいやら 僕はしげしげと己を見回した
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初兎様がニコリと微笑む 胸をキュンと高鳴らせつつ、僕はそっと視線をそらした
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僕ったら、御本人を前になにを解説してるんだろう?
恥ずかしさのあまり赤面していたら、初兎様はくすりと小さく笑った
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僕の腰を抱き寄せ、エレン様が微笑む
ブワッと全身の血が沸騰して、心臓がありえないほどに激しく鼓動を刻みはじめた
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どうしよう ありえないって思っているのに、それ以外の感情が見え隠れする
ダメなのに 初兎様の相手が僕じゃ絶対ダメなのに
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ふと見たら、初兎様が僕のことを熱心に見つめていた
戸惑うやら、嬉しいやら 頭の中がパニックだ
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心のなかで、僕は盛大なため息をついたのだった
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