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10/31 ハロウィン 楓花はまた入院した
俺は両手に荷物を抱えて そっと扉を開けた。
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
そんなやりとりが いつものふたりらしくて。 今はただ、楽しく バカみたいに笑っていたい。
及川 徹
そう言ってマントをひるがえすと 彼女は目を輝かせた。
秋保 楓花
及川 徹
頭にちょこんと乗せると 彼女がちょっと照れくさそうに笑う。
秋保 楓花
及川 徹
持ってきた小さなカボチャケーキをふたりでつついて、 “トリック・オア・トリート”の合言葉を何度も言い合って。 いつもよりちょっと浮かれた夜。
病院の外では、風が枯葉をさらっていた。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
そう言って彼女は、そっと目を閉じる。 その顔が、ほんの少し儚い。
俺はそっとベッドの脇に座り 読みかけの本や小物を整えていた。 彼女はそのまま、穏やかに眠ってしまった。
顔にかかる前髪をそっと払って 毛布をかけ直したときだった。
サイドテーブルの引き出しが、わずかに開いていて、そこから覗く一冊のノート。 あまり見慣れない、パステルカラーの表紙。
何気なく手に取って、何気なく開いた ──その瞬間、心臓が大きく跳ねた。
『死ぬまでにやりたいことリスト』
──タイトルが、そう綴られていた。 ページをめくる指が、震える。
「制服ディ〇ニーに行く」 「海外旅行に行く」 「及川と海に行く」 「朝まで電話」 「お泊まりデート」 「一緒に花火を見る」 「“だいすき”って何度も言う」 「“だいすき”って何度も言われる」
……次のページ。
「スカイダイビング」 「雪の日にマフラーを巻いてもらう」 「綺麗な桜を見る」 「親孝行をする」 「及川に、バレーの大会で全国に連れていってもらう」 「ウユニ塩湖に行く」 「誰かの“最愛”になる」 「誰かの未来に、名前を残す」 「みんなに、“ありがとう”って伝えたい」
及川 徹
それは、彼女が望んでいた未来だった。 でも──そのタイトルが示すように それは「もう長くない」という現実も意味していた。
静かにノートを閉じた 見なかったふりなんて もうできなかった。
俺は知ってしまった。 彼女が、もう多くを望めない体だってことを。 そして、俺がその「最後の願い」の中にいるということも。
秋保 楓花
彼女はベッドに横たわったまま 少しだけ目を開けた。
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
楓花のまつ毛が、ぴくりと揺れる。 何かを悟ったみたいに すぐには返事が来なかった。
秋保 楓花
それだけ言って、彼女はまた黙る。 俺も何を言えばいいのか分からなくなって、 ただ、握ったままの彼女の手に、力を込めた。
及川 徹
彼女は唇を噛みしめて 何かを堪えるようにうつむいた。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
彼女は優しく微笑んで 俺の手をぎゅっと握り返してくれた。
秋保 楓花
及川 徹
春高バレー県予選 決勝会場
体育館の中は、熱気に包まれていた。 靴の軋む音、ボールの弾む音 そしてスタンドからの応援――
この空気、この緊張感。 何度経験しても、俺の中に 静かに火を灯す。
岩泉 一
岩ちゃんが隣で言った。 俺は、深く息を吸って、頷いた。
及川 徹
試合が始まる。 相手は白鳥沢。楽な試合じゃない。
けど、コートに立った瞬間、 俺の視線は自然とスタンドの一角に向かっていた。
そこに――いた。 楓花が、小さく手を振っていた。
細くなった身体。 それでも懸命に立って、俺たちを見つめる目は、誰よりも強かった。
及川 徹
胸の奥が、熱くなる。 サーブの笛が鳴った。
俺は、ボールを見据えた。 一球、一球に込めた想いは、ただ一つ。
絶対に、勝つ。 お前に――勝利の瞬間を、見せてやる
叫ぶような心の声が サーブに乗って飛んでいった。
マッチポイント――白鳥沢学園
審判の声が、まるでスローモーションのように響いた。 気づけば、両足が重たくなっている。 ボールを受ける腕が震えていた。
……それでも、目を逸らすわけにはいかなかった。 目の前に立つのは、“怪物”牛島若利。 この一戦に勝たなければ “全国”には行けない。
楓花の姿が、スタンドに見えた。 手を握りしめて祈ってる。
けど、それでも届かないことがある。 必死で拾って、繋いで、スパイクを打ち込んでも。 どれだけ気持ちを込めても。 勝てない試合がある。
牛島のスパイクが、目の前を駆け抜けた。
ズドンッ――
床に響く音。 俺の手が、あと少し届かなかったボールが、コートに落ちる。
……ゲームセット。 25-22、セットカウント3-2で 白鳥沢学園の勝利
瞬間、耳が痛くなるほどの歓声が 体育館に響いた
でも、俺にはもう何も届かなかった。
コートに膝をついて、両手で床を叩いた。 悔しくて、悔しくて ――心が、割れそうだった。
及川 徹
白鳥沢、強かった。 牛島のスパイクに、うちのブロックじゃ届かなかった。 あいつらの底力が、最後の最後で うちを引きはがした。
やれることは全部やった。 限界まで戦った。 それでも、全国には届かなかった
及川 徹
震える手でユニフォームの胸元を握りしめた。 心に炎を灯すように 俺は誓った。
及川 徹
ロッカールームを出て 人気のない通路をゆっくり歩く。 足取りは、重たくて、ぎこちない。
全国に、行けなかった――
彼女との約束だった。 彼女の「やりたいこと」を叶えたくて 頑張ってきた。
彼女のためなんて 言い訳がましいのかもしれない。 でも、心のどこかで信じてた。
通路の先 ひっそりとしたスペースに 彼女はいた。
マスク越しの微笑み。 胸が締めつけられる。 どうしても、まっすぐ目を見られなかった。
及川 徹
彼女は、一拍の間を置いて ふわりと笑った。
秋保 楓花
その言葉を聞いた瞬間、何かがほどけた。 肩の力が抜けて、ずっと張ってた意地と緊張が、ふっと溶けていく。
次の瞬間、彼女がそっと 俺に腕を回した。
秋保 楓花
それだけで、何もかも報われた気がした。
強くは抱きしめられない。 けれど、彼女の細い体を そっと包み込む。
及川 徹
敗北の後の、 こんな優しすぎる時間なんて―― 俺には、もったいないくらいだった。