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10/31 ハロウィン 楓花はまた入院した

俺は両手に荷物を抱えて そっと扉を開けた。

及川 徹

はーい、ハロウィン宅配便でーす!
トリックオアトリート!
お菓子かイタズラ、どっちがいいですかー?

秋保 楓花

じゃあ……お菓子がいいな

及川 徹

イタズラじゃなくて?

秋保 楓花

うん、イタズラは……及川変なこと考えてそうだから…

及川 徹

ひどいなー!

そんなやりとりが いつものふたりらしくて。 今はただ、楽しく バカみたいに笑っていたい。

及川 徹

じゃーん!
今日は俺、バンパイア仮装です!

そう言ってマントをひるがえすと 彼女は目を輝かせた。

秋保 楓花

すっごく似合ってるよ…!
かっこいい

及川 徹

へへ、でしょ?
そしてこちらは〜、ふうちゃんのために用意した、黒猫カチューシャ!

頭にちょこんと乗せると 彼女がちょっと照れくさそうに笑う。

秋保 楓花

……子どもみたいかな?

及川 徹

ううん。世界一かわいい

持ってきた小さなカボチャケーキをふたりでつついて、 “トリック・オア・トリート”の合言葉を何度も言い合って。 いつもよりちょっと浮かれた夜。

病院の外では、風が枯葉をさらっていた。

秋保 楓花

今日はありがとう。
……すごく、楽しかった

及川 徹

こっちこそ。ふうちゃん、無理してない?

秋保 楓花

うん、大丈夫。……ちょっと疲れただけ

そう言って彼女は、そっと目を閉じる。 その顔が、ほんの少し儚い。

俺はそっとベッドの脇に座り 読みかけの本や小物を整えていた。 彼女はそのまま、穏やかに眠ってしまった。

顔にかかる前髪をそっと払って 毛布をかけ直したときだった。

サイドテーブルの引き出しが、わずかに開いていて、そこから覗く一冊のノート。 あまり見慣れない、パステルカラーの表紙。

何気なく手に取って、何気なく開いた ──その瞬間、心臓が大きく跳ねた。

『死ぬまでにやりたいことリスト』

──タイトルが、そう綴られていた。 ページをめくる指が、震える。

「制服ディ〇ニーに行く」 「海外旅行に行く」 「及川と海に行く」 「朝まで電話」 「お泊まりデート」 「一緒に花火を見る」 「“だいすき”って何度も言う」 「“だいすき”って何度も言われる」

……次のページ。

「スカイダイビング」 「雪の日にマフラーを巻いてもらう」 「綺麗な桜を見る」 「親孝行をする」 「及川に、バレーの大会で全国に連れていってもらう」 「ウユニ塩湖に行く」 「誰かの“最愛”になる」 「誰かの未来に、名前を残す」 「みんなに、“ありがとう”って伝えたい」

及川 徹

…………これって…

それは、彼女が望んでいた未来だった。 でも──そのタイトルが示すように それは「もう長くない」という現実も意味していた。

静かにノートを閉じた 見なかったふりなんて もうできなかった。

俺は知ってしまった。 彼女が、もう多くを望めない体だってことを。 そして、俺がその「最後の願い」の中にいるということも。

秋保 楓花

……及川…

彼女はベッドに横たわったまま 少しだけ目を開けた。

及川 徹

……ふうちゃん

秋保 楓花

ん?

及川 徹

……ノート、見ちゃった

楓花のまつ毛が、ぴくりと揺れる。 何かを悟ったみたいに すぐには返事が来なかった。

秋保 楓花

「……そっか

それだけ言って、彼女はまた黙る。 俺も何を言えばいいのか分からなくなって、 ただ、握ったままの彼女の手に、力を込めた。

及川 徹

海外旅行も、ウユニ塩湖も、俺が連れてく。
全国だって、絶対連れてく。約束する。
全部、ふうちゃんと一緒に叶えたい

彼女は唇を噛みしめて 何かを堪えるようにうつむいた。

秋保 楓花

そんなに簡単なことじゃ、ないのに……

及川 徹

分かってる。簡単じゃないってことくらい。
でも……何もせずに諦めるより、ずっといい。

秋保 楓花

バカだよ、及川……

及川 徹

そうだよ。バカだよ、俺は。
でも、ふうちゃんのためならバカでいい

彼女は優しく微笑んで 俺の手をぎゅっと握り返してくれた。

秋保 楓花

……じゃあさ、お願い。
及川、私を……未来に連れてって

及川 徹

連れてくよ。絶対

春高バレー県予選 決勝会場

体育館の中は、熱気に包まれていた。 靴の軋む音、ボールの弾む音 そしてスタンドからの応援――

この空気、この緊張感。 何度経験しても、俺の中に 静かに火を灯す。

岩泉 一

おい、準備できてるか?

岩ちゃんが隣で言った。 俺は、深く息を吸って、頷いた。

及川 徹

もちろん。
今日は、特別な日だからね!

試合が始まる。 相手は白鳥沢。楽な試合じゃない。

けど、コートに立った瞬間、 俺の視線は自然とスタンドの一角に向かっていた。

そこに――いた。 楓花が、小さく手を振っていた。

細くなった身体。 それでも懸命に立って、俺たちを見つめる目は、誰よりも強かった。

及川 徹

見ててよ、ふうちゃん

胸の奥が、熱くなる。 サーブの笛が鳴った。

俺は、ボールを見据えた。 一球、一球に込めた想いは、ただ一つ。

絶対に、勝つ。 お前に――勝利の瞬間を、見せてやる

叫ぶような心の声が サーブに乗って飛んでいった。

マッチポイント――白鳥沢学園

審判の声が、まるでスローモーションのように響いた。 気づけば、両足が重たくなっている。 ボールを受ける腕が震えていた。

……それでも、目を逸らすわけにはいかなかった。 目の前に立つのは、“怪物”牛島若利。 この一戦に勝たなければ “全国”には行けない。

楓花の姿が、スタンドに見えた。 手を握りしめて祈ってる。

けど、それでも届かないことがある。 必死で拾って、繋いで、スパイクを打ち込んでも。 どれだけ気持ちを込めても。 勝てない試合がある。

牛島のスパイクが、目の前を駆け抜けた。

ズドンッ――

床に響く音。 俺の手が、あと少し届かなかったボールが、コートに落ちる。

……ゲームセット。  25-22、セットカウント3-2で 白鳥沢学園の勝利

瞬間、耳が痛くなるほどの歓声が 体育館に響いた

でも、俺にはもう何も届かなかった。

コートに膝をついて、両手で床を叩いた。 悔しくて、悔しくて ――心が、割れそうだった。

及川 徹

……っくそ……!

白鳥沢、強かった。 牛島のスパイクに、うちのブロックじゃ届かなかった。 あいつらの底力が、最後の最後で うちを引きはがした。

やれることは全部やった。 限界まで戦った。 それでも、全国には届かなかった

及川 徹

ふうちゃん……ごめん

震える手でユニフォームの胸元を握りしめた。 心に炎を灯すように 俺は誓った。

及川 徹

絶対、負けねえから。
次は……俺が勝つ。
あいつのために、絶対――

ロッカールームを出て 人気のない通路をゆっくり歩く。 足取りは、重たくて、ぎこちない。

全国に、行けなかった――

彼女との約束だった。 彼女の「やりたいこと」を叶えたくて 頑張ってきた。

彼女のためなんて 言い訳がましいのかもしれない。 でも、心のどこかで信じてた。

通路の先 ひっそりとしたスペースに 彼女はいた。

マスク越しの微笑み。 胸が締めつけられる。 どうしても、まっすぐ目を見られなかった。

及川 徹

……ごめん。全国……行けなかった

彼女は、一拍の間を置いて ふわりと笑った。

秋保 楓花

ううん……大事なのは、結果じゃないよ。
及川が、あんなに頑張ってる姿が見られて嬉しかった。
コートの中で、誰よりも輝いてた。
最後まであきらめない姿、最高にかっこよかったよ

その言葉を聞いた瞬間、何かがほどけた。 肩の力が抜けて、ずっと張ってた意地と緊張が、ふっと溶けていく。

次の瞬間、彼女がそっと 俺に腕を回した。

秋保 楓花

……ありがとう。ここまで走ってくれて。
夢を見させてくれて、ありがとう

それだけで、何もかも報われた気がした。

強くは抱きしめられない。 けれど、彼女の細い体を そっと包み込む。

及川 徹

俺のほうこそ……ありがとう、だよ

敗北の後の、 こんな優しすぎる時間なんて―― 俺には、もったいないくらいだった。

『君が教えてくれた空』

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