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腕時計の針は 午前10時を指していた
目の前に映るのは 血に染まる二体の屍
一つは椅子に座り もう一方はひれ伏すように その傍らの地面に崩れ落ちていた
椅子に座った屍の名は 新城貴恵と言う
地面に伏している屍の名は 金田直斗と言う
そして 新城貴恵と金田直斗の額には ナイフが刺さっている
凄惨かつ奇妙であった
その現場を発見したのは 新城夫妻だった
二人ともあまり眠れずに 夜が明けるのを待っていたらしい
そして暫くすると 外の雨音が聞こえなくなったという
「ようやく雨が降り止んだから、外に出ることができるね」
「連絡ができるようになるかもしれないってことね!!」
互いに脱出の可能性に すぐに気が付いたらしかった
二人は急足で貴恵の部屋に行き 貴恵に事情を説明してから、賢太郎が助けを求めに行くつもりであった
部屋の前に到着すると さっそくノブに手をかける
しかし、鍵がかかっていた
何度もノックをしたり 呼びかけたりした
だが、一向に扉は開かない
様子がおかしいと思い 賢太郎は扉を力尽くでこじ開けた
そこに待っていた光景こそが 凄惨かつ奇妙な現場ということだ
新城貴恵の自室
もともとは聡太郎も共に この部屋で生活していたという
その痕跡として 確かにツインベッドがあった
何とも物悲しかった
この部屋で眠るのも 今はもう一人……
いや、二人いた
貴恵の部屋に なぜか金田直斗がいるのだ
それも 簡単な検死や事情聴取から 午前1時から午前4時の間に 二人は殺されたと推測できた
二人はなぜ 同時刻、同空間にいたのか
二人はなぜ 殺されなければならなかったのか
まったく分からない
謎がまた増えた
そして、その謎を超える 更に最重要の謎が僕らを苦しめていた
いま、僕と新城賢太郎は その謎について話し合っている
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
いまこうして 落ち着いて捜査を始めるまでに 事件発覚からかなりの時間を要した
まず 周囲の人間を鎮めるのが難儀であった
いや、それに関しては 現に今も解決はしていないかもしれない
新城秋穂は驚愕の面相で固まり 打ち沈んで自室にこもってしまった
金田涼子は夫の死に泣き叫び どこかへ走り出してしまった
僕はそれを追いかけようとしたが 新城賢太郎に止められた
「どこへ行く。君までパニックになってしまっては、僕としても困る」
僕は言い返した
「あのままでは危険です。身内が殺されたら、誰でも混乱しますよ。だから何とか止めて、解決しないといけませんよ」
新城賢太郎は少し首を傾げて 新居に言った
「新居くん。加賀くんの言うことも、もっともだ。少し様子を見て来てやってくれないか」
そして、僕の方を向いてこう言った
「君の足はホール方面に向いている。つまり、外界との連絡を急ごうと言うことだな。それも確かだ。天候がまた変わらぬうちに、二人で行こうか」
そんな流れで 何とか新居が女性陣を宥めている
……成功したかどうかはかなり怪しいみたいなのだが
そして僕達の方は 遡ること1時間前に外へと出たのだ
その結果は、徒労に尽きた
-午前9時-
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
僕達は新城邸から外に出ていた
雨は本当に降り止んでいる
とても涼しくて 陰惨な空気もそこにはなかった
先程の喧騒が嘘のようだった
清涼な酸素を 肺いっぱいに取り入れる
背後にある新城邸内に居るより 外を歩いている方が幾分と気が落ち着く
心からそう思った
僕は提案してみる
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
新城さんは 薄目で灰色の空を見ていた
その目の奥に何を思っているのか
読み取ろうとしても 何も分からない
心が解らない
何とも歯痒い気持ちだった
視線が
視線が 自然に下へと向いた
そこには 自ら歩いているという証明があった
証明は自明のように 土を踏みしめた
まだ湿っていて 靴底に泥が付着してしまう
証明は自明のように 土を蹴散らした
歩くたびに ズボンの裾にも付着してしまう
黒の生地が 黄土色に変色していく
……
……汚いな
僕は不快に思った
だから視線を転じて 周りを見てみることにした
周囲はやはり樹々があるだけで 何もなさそうだった
樹々か
樹々はどこまでも続いている
密集していて陽も隠されているためか その奥は目視できないほどの暗さだ
不用意に立ち入ると 森から抜けられなくなりそうだった
森を構成する 一本一本はただの木であるのに
集まれば 人を喰らうものとなる
まるで
イカだと思って近付いた漁師を襲う
巨大なクラーケンのようだ
……聞き覚えがある
たしかに 最近、聞いたはずなのだ
しかし どこで聞いたのかは思い出せない
どうでもいいことなのに 気になってしまう
また
また、歯痒い気持ちになった
視線は遣り場を無くすと
前に定まることしか知らなかった
どこを見ていても、変わらないのだ
ならば、ただ前に進むだけ
……前
……前方の様子が変わっている
……あれは
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
新城賢太郎も 何か考え事をしていたようだった
僕の声に気付いて同じように前を見た
新城賢太郎
新城賢太郎はまた目を細め 実に気分が悪そうに、前方の"それ"を見つめた
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
迂回しようにも 森の中はくねくねと曲がる順路に加えて 人を飲み込む暗黒が広がっている
観察していた通り 迷うのは火を見るよりも明らかだった
つまり 整備された道を通るしかない
そしていま唯一の道が 横倒しになった何十本もの木によって 封鎖されてしまっている
これほどの量は 機械による撤去作業が必要だろう
しかし 現在の僕達にはそれも不可能である
つまり
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
こうして
進路を断たれて成す術もなく
僕達は 地獄へと帰っていったのだ
……
つまるところ
僕達は行き詰まっていた
孤島の中の密室
どこからも出られない
しかし、人は殺された
額にナイフを刺されて
……ナイフ
僕はナイフを観察する
加賀春樹
新城貴恵は穏やかな表情をしているが その額は赤黒い液体が流れている
それが酷く痛ましかった
気を取り直して ナイフの柄を見ると
また 「K.S」と刻まれていた
以前も確か 同様のナイフが使われていたはずだ
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
僕は金田直斗の方を見た
加賀春樹
何だこの気持ちは
新城貴恵の死体を見た時とは まったく異なる感情
グロテスクで吐き気を催したとか そういった類の不快さとは違った
これは
……憎悪
僕は、この死んだ男に憎悪していた
以前にも、金田直斗と話した際に 同じ感覚に囚われたことがある
理由はさっぱり分からない
ただ、顔を見ると 憎悪しなければならないような気がする
もう、死んでいるというのに…….
冷や汗をかく
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
僕は深呼吸をする
だんだんと気持ちが鎮まってくる
そして、気を取り直して 観察を再開する
金田直斗の額に刺さる ナイフの柄に注目する
やはりそこには 「K.S」と記されていた
新城賢太郎のナイフは これで全てが使われた、ということになる
ということは これで事件が終わった可能性がある
いや
……油断はできないか
前回の事件から引き続き 人が殺されてしまった
万が一の予測はしていたが 現実になるとは思いもよらなかった
この場合も同様だろう
新城夫妻の部屋に限らず 凶器は新城邸内のどこからでも 手に入れようと思えばできるはずだ
特定のナイフが全て使われたからといって、度外視していい問題ではない
希望的観測に過ぎないだろう
僕は質問した
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
なぜ、二人以上になるんだ?
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
また、笑っている
家族が殺されたというのに
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
ここで
揺さぶる必要が、ないだろうか
鎌をかける必要が、ないだろうか
新城賢太郎犯人説を無視するには あまりに怪しい、これまでの証拠群
極め付けは この奇怪な態度である
どうしても
この男を 追及せざるおえないだろう
僕は先程のナイフの本数による 心理的な推測を肯定することにした
それをもとに考えられる 犯人の正体……
生唾を飲み込み "ある仮説"を披露することにした
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
そうだ
あの事実を突き付けるほかはない
説明ができてしまうではないか
あの事実
それは
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
僅かな動揺も見逃すまいと 僕は、新城賢太郎の顔を凝視した
驚くほどに端正な人形のような顔立ち
全てが透明で 清廉潔白な印象である
しかし
マインドコントロールという言葉に 明らかにこの男は反応している
無表情を装ってはいるが 下に向けた視線を推し量るに 何か思案しているようだ
何を迷っている?
黙って様子を見ていると ふと、人形は顔を上げて聞いた
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
「ふっ」
目の前の人形は 馬鹿にしたように鼻で笑った
面白そうに僕の顔を見ている
しかし ここで躊躇していてはいけない
犯人の正体を見極めるために……
僕は唾を飲み込んでから ゆっくりと話し出した
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
人形は奇妙な顔をしていた
"まったく意味が分からない" と言いたげな様子である
その欺瞞を解くことができる 一つの証拠があるのだ
それこそが
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎博士による 統計操作及びマインドコントロールについての実証記録である
娘の新城綾乃によって齎された情報
これこそが 謎を解く鍵に違いない
そう確信し、僕は追及を続けた
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
室内に怒号が響き渡る
人形は肩を震わせて、息も絶え絶えになり、必死の形相で否定した
かなり混乱しているようだった
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
様子があまりにもおかしかった
早口でぶつぶつと 不明瞭な声で何かを言っている
その表情は1時間前とは異なり はっきりと読み取れた
「解らない」
そう、顔には書かれていた
人形……いや、男は喋り出した
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
男はパニックになっていた
新城賢太郎
新城賢太郎は走り出した
狂ったように叫びながら 扉を乱暴に開け放した
扉は耳障りな大きな音を立てて 余力から何度か壁に打ち付けている
新城賢太郎は構わず部屋を飛び出し バタバタと足音を残して行った
新城賢太郎の叫びは遠ざかっていく
……
刹那の騒々しさは消え去り 残されたのは屍と静寂と僕のみである
僕は
僕は
その場に立ち尽くすしかなかった