数週間後に、 俺はお世話になった病院を 退院した。 療養されている間に、 警察から尋問をされた様な気もするが、 何を応えたのか、 何を聞かれたのかさえも 覚えていなかった。
療養されている間の記憶は 霧が掛かったかの様に、 ぼやけていて、 心に何か大きな穴が ぽっかりと空いている感じがした。
病院を出て、 一番に向かったのは、 この世で一番愛しい人の家。 にれ君達の心配する声が、 背後から聞こえてきたが、 振り向くことなく、 俺の足は一直線に 彼の家へと向かっていた。
蘇枋
直ぐに見つからぬ様、 遺書を入れる木製の 引き出しの中に、紙を何枚か入れた。 勿論、白紙ではなく、 チラシや、新聞紙、学校から貰ってきたプリント等。
乱暴に手を、引き出しの中へ 突っ込み、紙を掻き分ける。 手荒にしてしまったのか、 人差し指に紙の端が触れ、 そこから赤い物がぷっくりと形を作り、 流れ出た。
蘇枋
彼は1人で逝ってしまった。 桐生君が、海に飛び入り助け出そうとしたらしいが、寸前の所で、手が届かず、 彼は海底に沈んで行ってしまったらしい。その時にはもう、意識などなく、 彼の最後の顔は、 表情は、誰も知らない。 ただ静かに眠っているよう だったらしい。
蘇枋
きっとその答えは、 この小さな封筒の中に 入っているだろう。 分かっているんだ。 これを見なくても、 きっと彼の答えは、 あの時から……
わかっていた。 わかっていて、 俺はフラフラとここまで歩いて来た。 きっと、信じたくないのだろう。 彼が本当にこの世には居ないのだと。
だから、俺は自分の 喉笛をまだ掻き切って居ない。 こんな所まで彼を探しに来てしまっているのだ。
封筒を開ける手が震える。 この手紙は、一体何が書いてあるのだろうか。彼は、俺宛てへどれほど手紙を書いたのだろうか。
蘇枋へ。
一番最初に入ったのは、 よく見てきた彼の不器用な字。 俺の苗字を書くのは、さぞ難しかっただろう。何度も消しゴムで消した後があるその中に諦めて平仮名で「すおう」とかいてある物も。 彼の頑張る姿が目に浮かび、思わずクスリと笑ってしまう。
蘇枋
これだけで、もう俺は 笑えている。 君といると、本当に楽しいんだ。 本当に。 だからずっと、隣で笑っていて欲しかった。君の生を終えたその先でも。
蘇枋
蘇枋
蘇枋
君の行動1つで、 コロコロ手のひらで転がされる様に 表情が変わってしまう。 これも全部全部、君との思い出の所為だ。全部全部、君が、かっこよくて、可愛くて、大好きすぎるせいなんだ。
俺は、平仮名だらけで、 彼らしい少しぶっきらぼうな字を、 指で優しくなぞりながら、 その続きを読んで言った。
蘇枋へ。 おこってるか…? おれ一人でしんだこと。 頭のいいお前なら、 もう気づいてるよな。 どうやってお前を生かしたのか、 どうしておれ1人しんだのか。 あの時、お前と話し合った時には、 決めてた。お前とはぜったいはなれるって。おれがお前の幸せをつぶしてしまわないように。 お前は、きようなやつだから。おれが居なくてもきっと上手くやってけると思う。 一方てきな思いだって、 手紙見ながらおこってるだろ。 お前、いってたよなおれがおまえに上手くあいを帰してやれなくて、なやんでたときにさ。だいじょうぶだって。 おれが一方てきに君にあいをささやいてるだけだからって。 だからおれも、お前に返す。 こういう形で、一方てきに。 あ、あとお前ぜったいこっちくんなよ。きたらぶんなぐるからな。ぶんなぐって、そっちまでかえしてやるから それかもう会ってやらねーから。 来世でも、天獄か、地獄か、どっちかでも。 生きて、生きて、おれいがいのあたらしいこいびとでも見つけて、しあわせになってこっちにこい。 そのときは、みやげばなしくらいはきいてやるから。 手紙はこんくらいにしとく お前とまた会えるってしんじとくから。 その時沢山話そうぜ。 絶対早死すんなよ。 ずっとずっと。 あいしてる。 隼飛。
彼からの手紙は、本当に一方的な物だった。平仮名と漢字が、めちゃくちゃに使われていて、読みにくくて、 それでも、この手紙から、彼からの精一杯の愛が伝わってきて、 彼の最初で最後の手紙に、 ポタリと何が雫が落ちていた。 汚さない様にと、震える手で、 机に手紙を置き直し、 自分の固めを潰れるかと思うほど強く擦り付けた。
蘇枋
それでも溢れる物は止まらなくて、 止める方法なんて、 知らなくて。 止めてくれた筈の、彼はもう居なくって。
蘇枋
蘇枋
彼は何処までも不器用だ。 彼の愛がたっぷり詰まったこのサプライズは、何処までも俺の胸を締め付けた。 君に愛が伝わらなかったんじゃない。 伝わりすぎたんだ。彼が自分の命をかけるほどに。
蘇枋
自分の口からは、 小学生が言う様な、幼稚な言葉しか出てこない。あぁ、もう、前が何も見えないじゃないか。ただでさえ、片目しか機能してないと言うのに。 桜君はいじわるだ。 後を追うことすら許してはくれない。 追ったとしても、もう一緒にはいてくれないだなんて。
ただその時の自分は、 彼の手紙に縋って、泣き続けることしか出来なかった。
蘇枋
蘇枋
彼の墓場は、 桜が見えるこの場所にした。 彼に一番似合うと思ったから。 きっと彼なら、意地悪く笑って、 「俺に墓場が似合うってことか?」 なんて、聞いてきそうだ。 その後きっと、恥ずかしくなって、 頬を真っ赤に染めて、視線を逸らすのだろうけど。
墓石に、そっと花を供えた。 きっと、お墓参りには、 似合わない花だろうけれど、 君なら、笑って受け取ってくれそうだから。 「フランネルフラワー」「白いアザレア」「マリーゴールド」 そして、「"勿忘草"」
蘇枋
蘇枋
これは、勝手に全部決断してしまった彼への対抗心だ。 墓参りには似合わないこの花をわざわざ選んだのも。
蘇枋
蘇枋
だからそっちで、気長に待っていて。 次こそ絶対、上手くやるから。 絶対一緒になってみせるから。 ピンクに色付いた桜が、 優しく俺の頬を掠めた。 彼にやってみろとでも言われている様だ。 彼は確かに自分を曲げない。 でも、きっと、俺がとかして見せるから。
蘇枋
蘇枋
何に対しての綺麗なのか、 それはきっと、彼と俺だけが知っているだろう。そこで頬を赤く染めてればいい。そう挑発的に笑ってやった。 遠くで、にれ君達の声が聞こえる。 気を使って、しばらく二人きりにしてくれていたのだ。 ここにいつまでも居ては行けない。 そう思い、 俺は彼へ背を向け、大きく歩き出す。 "あの時"の様に。
彼を置いて未来まで歩いた あの時の様に。 あの時は、振り返らず、ここまで来たけれど、今は、少しだけ、 振り返ってもいいよね。 やはりここを離れるのは、 少し名残惜しくなってしまう。 体はそのままに、 視線だけで後ろを振り返る。
桜が大きく舞った。 その時の桜が、 まるで彼が綻ぶ様に笑っている様にも見えた。 それを見て、自然と自分の口角が上がるのがわかる。
蘇枋
『君と』一緒にいたい。
ℯ𝓃𝒹。❀ 𓂃𓈒𓏸
コメント
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お疲れ様でした!ガチ目に主さんの物語全て泣いてる😭 お互い愛が大きすぎて、それぞれのことを大事に思いすぎて真反対の世界で生きていくことになるなんて、、、辛すぎる😭それに最後本来のタイトルが出てくるっていうのずるすぎます泣くに決まってるじゃないですか!!!!けど本当に素敵な物語をありがとうございました!