怖い話を1つ、知っている。
小学2年生の頃、自分の生命が脅かされる程の恐怖を感じた話だ。
これは、近所のエビ天おばさんから 教えて貰った話
その妖怪は、唐突に出てくるという。
消しゴムを使い切らないで捨てたとき、嫌いな食べ物を耐えきれずに捨てたとき、余白のある習字の半紙をぐちゃぐちゃにして捨てたとき、そいつはやってくる。
ゴミ箱から血の滲む左手を突き出して、四肢を掴み、私を別世界に連れ込む。そうなってしまったらもうおしまいだ。
身体を引き裂き、臓腑はミンチにされ、私の運命は妖怪のディナー(或いはデザート)になることを逃れ得ない。
当時の私にとって、妖怪は虚構の存在などではなかった。
どんなゴミ箱からでも出てくる怪異だ。学校にも家にも、はたまた自分の部屋にだって潜んでいるかもしれない。
この妖怪の存在は、強烈な力で私を突き動かした。
いつ襲われてもおかしくないのだ。
消しゴムは消しカスと見分けがつかなくなるまで使ったし、
拙い字の載った半紙も、自分の字の汚さに目を背け、捨ててしまいたくなるのを堪えて練習用に使った。
妖怪の視線を掻い潜るなかで、1度親に叱られたことがある。
晩御飯のおでんの出汁を食卓に大胆に零してしまったのだ。
傍に置いていたティッシュペーパーで拭き取ったはいいものの、これをこのまま捨ててしまうと妖怪の目にとまってしまうかもしれない。
そう思った私は、おでん風味のティッシュを自分の口の中に詰め込んだ。
母の目がお月様のようにまんまるだったことは言うまでもない。
母
口腔内にべっとりと付着したティッシュはなんとも不愉快だった。
気持ち悪い…吐き出したい…
そんな気持ちすら圧倒する程の恐怖に私は打ち勝てなかった。
私
家族全員が妖怪に攫われてしまったら、妖怪のディナー5人前にきっと事足りる。
家族が惨殺される光景なんて絶対に見たくない!その一心で味付きエリエールを飲み込んだ。
私
安心させるための一言は、活力を失い床に落ちた。
その後も、私の心はじわじわと妖怪に侵食されていった。
放課後、エビ天おばさんの家の前を通る度に、首筋を触れるような恐怖が襲う。
私
宙に舞う言葉に答えなんかないので、明日も視線の合間を縫うだけだ。
学校の同級生達は、未だにゴミ箱の妖怪の恐ろしさを知らないようである。
いつ魔の手が忍び寄るかもわからないので、私の神経は常に張り詰めていた。
そんな中、私はある1人の男子生徒に目をつけた。
彼は給食が残らないように、皆が苦手な料理を、自ら名乗り出て肉体に流し込んでいた。
ふくよかな体型と、その行動っぷりから、彼は「おむすびコロッケ君」と呼称され、皆の頼れる相棒となっていた。
彼の言動は、妖怪を知っていることを示唆する様だった。
彼が皆の食べきれないものを受けいけることで、ゴミ箱と化した温食のバケツへ無造作に投げ入れられる残飯を減らし、クラスの皆は妖怪の魔の手から逃れることが叶っている。人知れず闘う孤独なヒーローこそが、彼なのではないかと。
そこで私は彼を試すことにした。
牛乳が飲めないことを理由に、彼に接近し、真偽を問いただす。
早速明日、実行だ。
私
わざと鉄分たっぷりスープをちびちび飲んで、満腹中枢を刺激する。試すためとはいえ、嘘は吐けない。牛乳を1瓶、手を付けずに残しておいた。
おむすびコロッケ君
私
彼に瓶を手渡し、話を仕掛ける。
私
おむすびコロッケ君
私
おむすびコロッケ君
この時点で、私の仮説は大きく崩れたことになる。そもそも給食という場面に限ってゴミ箱幽霊の話を持ち出すべきではなかったのだろう。
彼は彼で、別の脅威と相対しているのかもしれない。
おむすびコロッケ君
私
僅か3秒で空っぽになった瓶を受け取り、立ち去ることにした。
そのとき、漸く考えた。妖怪が存在しない可能性についてを。 全てはエビ天おばさんの戯言に過ぎないと。
私は今年で25歳になる。
おむすびコロッケ君との会話の後、妖怪を恐れなくなった私はそれなりに平和な生活を送ってきた。
私の奇行を目の当たりにした母に説明し、エビ天おばさんからだだの冗談よ、と明かされた。
高校入試は何とか乗り越えたが、大学入試には敗北し、滑り止めの大学に入学。
惰性を貪った結果就職した会社はブラック紛いで、ビールが心の友である。(私が車なら、金麦はレギュラーで、ストゼロはハイオク)
何の脈絡もなく、小学校の頃の話を思い出したが、随分タチの悪い作り話だったと思う。
なにせ、そんな妖怪が居たとしたら、ニュースで連日報道されているだろう。
若い頃は無邪気に言われたことを何でも信じていて、それこそが何ものにも替え難い若さの輝きなんだと思うよ。
ストゼロで喉を焼き、予め用意していた缶専用のゴミ箱に投げ入れる。
一瞬何かが視界を横切ったような感じがしたが、気のせいにしておいた。
私
コメント
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作者です。初投稿ということで、読みづらかったり、システムが分からなかったり、決して完成度は高くないと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。