名は体を表すとはよく言ったものだな
叶える夢、と書いて「かなめ」と読むその男
日本一偏差値の高い東(あずま)大学入学と言う果たせなかった夢を、子供に託そうってんだ
俺から言わせたら、典型的な負け犬の思考なんだが
その男は常軌を逸してる
先(ま)ず娯楽全般の排除。ゲーム機、ケータイは水没させる、テレビのコードは抜く、漫画は燃やす
次に隔離。 携帯用トイレとおしぼりと軽食を持たせて、冬休みの間中自室に閉じ込めて勉強させようとした事もあったらしい
そんな生活を強いられたわけだから当然子供はひねくれる。 中学に上がるまでには朝帰り、パトカー送迎は当たり前の問題児になり下がった
あの男の子供でさえなかったら、マトモな人生を歩めていた事だろう。 それは妻も然り
「お前の出来が悪いから なかなか子供の成績が伸びないんだ」「低能」「愚図」 等々、毎日暴言の嵐だ
妻は今 心を病んで入院中だ
叶夢はさっさと離婚届けを突き付けて、ハイさよならだ。 全く胸糞悪い話だろう?
そんな人に柚月を預けられると思うか? ___さぁ約束の土曜日だ
有意義な話し合いと行こうじゃないか
そう言って電話は切れた。
__空は灰色の分厚い雲で覆われている。
夜から雨との予報だったが柚月は傘を持って行っただろうか。
ピ ン ポ Ⅰ ン
___嵐が来る。
父
夫_____鳴沢 叶夢が腰を上げた。
____これまでの状況を整理すると。
元生徒会長で教師や生徒からの人望が厚い三津屋 篤。 俺にも柚月にも分け隔て無く接してくれて、いい人だと思ってたけど
擬態の達人の先輩は、一方的に柚月をライバル視してる、と指摘。
そして柚月の英単語帳が紛失して(柚月とも気まずくなって)、 吉田達が篤に群がるようになった。
柚月との間に決定的に溝を作るきっかけになった牛乳騒動。吉田が篤を「友達」と公言。
__篤の英単語帳が紛失し(本人曰く、盗まれた?) 俺の荷物検索が行われたのが2日前。
山崎 孝太
「孝太からは単語帳出て来なかったな」 「じゃあ次は柚月だな」
「被告 達 ってオレ言ったよな」
牛乳騒動の一件で、俺と柚月は篤の単語帳を盗む動機があることになった。 _当然俺は盗んでなどいないので、俺からは単語帳は出て来なかったが
柚月からも出て来ないと思うが。
相手は吉田だ。 重点を置いてるのは単語帳の所在なんかじゃない事は確実だ。
__どうして篤は「単語帳を盗まれた」と嘘を吐いたのか。 どうして吉田はあそこまで柚月を目の敵にするのか。
分からない事はたくさんある。 だけど確実に分かる事もある。
吉田は近々柚月に接触する。 吉田はやると言ったら必ずやる。
山崎 孝太
ベッドに寝転がったまま、スマホの電源を入れた。
通っている塾のラインアカウントから、今月のスケジュール表を表示させる。
クラスが離れてから、吉田が柚月にちょっかいを出す回数を減った。 __同じ空間に属さない二者が交わる為には、誰かがパイプの役割を果たさないといけない。
その「誰か」がたぶん篤だ。だから吉田は篤に近づいたんだ。 そして「パイプ」になるのが__
柚月と篤が在籍している塾の、「蒼陽高校対策コース」。日時は今日。
すなわち 荷物検査と言う名目の残酷な「ショー」は今日、授業後に行われる可能性が高い。
山崎 孝太
だとしたら。
だとしたら俺はどうしたらいい。
山崎 朋美
山崎 孝太
山崎 朋美
山崎 孝太
山崎 朋美
~jealousy 7~
___鳴沢 柚月が背伸びをしながら辺りを見回している。
手には英単語帳。ページが捲りやすいようにか手袋は外している。 2月の外気に晒される手に時折息を吐きかけるなどしている。
全身から漂う貧相なオーラ。 それでも溢れる「今 幸せです」感。鬱陶しい。
____「蒼陽高校対策コース」講義終了後。 僕は息を整えると鳴沢柚月に近づいた。
三津屋 篤
鳴沢柚月
鳴沢柚月
何を今さら。
三津屋 篤
三津屋 篤
本番まで一ヶ月切ってるのに余裕ですねーーー。 鳴沢柚月が顔を赤くしながら、しかしどこか嬉しそうに頷いた。
ウザウザウザ。
三津屋 篤
______鳴沢柚月の近くの、隣接する飲食店の看板から、複数の人影が飛び出し
鳴沢柚月を羽交い締めにした。
鳴沢柚月
鳴沢柚月の単語帳が地面に落ちる。 それを羽交い締めにしている集団__吉田の取り巻きの端役__の1人が蹴り飛ばした。
「よっしゃ確保確保」 「不意討ち成功。あーあ、菌が付いたから後で消毒しねーと」 「あとは吉田んとこ連れてくだけだから もーちょっとの我慢だ」
「じゃあな篤。ちょっと柚月借りるわ」
三津屋 篤
鳴沢柚月
鳴沢柚月の顔から一気に血の気が失せた。 頭の良い鳴沢柚月はもう全て察したことだろう。
だからもう僕も「いい子」の仮面を被る必要は無い。
鳴沢柚月
集団は抵抗する鳴沢柚月を引きずるようにして歩いていく。 そしてその姿は夜の雑踏に紛れて完全に見えなくなった。
_____残ったのは僕と、風に はためく鳴沢柚月の単語帳。
三津屋 篤
僕にしては下品な声が出た。 それでも止められなかった。会社帰りらしき女性が眉をひそめながら僕から距離を取った。
三津屋 篤
ざまーみろ、ざまーみろ鳴沢柚月! 僕より上に名前を連ねるからだ!いつも僕より上にいるからだ!
出る杭は打たれる。 僕は杭を打つ術を手に入れた。
僕より上に立とうなど、烏滸(おこ)がましいんだよ!
彼女さんが背伸びをしながら辺りを見回している。
息を切らしながら そちらに駆け寄ると、彼女さんもこちらを見た。
山川 のぞみ
山崎 孝太
山川 のぞみ
彼女さんはスマホで時間を確認すると、困ったように微笑んだ。
山川 のぞみ
山崎 孝太
「蒼陽高校対策コース」の教室の電気は……消えてる。授業終了時刻から既に30分は経過してる。
山川 のぞみ
建物を見上げた俺の視線を彼女さんが追随する。 __どう答えたらいいか分からずにいると
山川 のぞみ
彼女さんが持つそれは、柚月の英単語帳だった。
山川 のぞみ
山崎 孝太
単語帳を持つ手は震えている。 ____きっと彼女さんは大体把握してるんだ…
それでも気丈に微笑んで明るく振る舞おうとする。 彼女さんにかけるべき言葉は「大丈夫ですよ」でも「すみません」でもない。
俺のやるべき事は最初から決まってる。
山崎 孝太
山崎 孝太
山川 のぞみ
彼女さんが単語帳をそっと胸に抱いた。
俺は踵を返すと、再び街頭の中に飛び込んだ。
間違いない。
やはり「荷物検査」の決行日は今日だった。
自室で悶々(もんもん)とせず、もっと早く行動に移してれば 、と悔やんでも仕方ない。
とにかく今は柚月を見つけないと。 吉田が選びそうな所は____
___視界右側に、そこそこ大きな広さの月極駐車場が映った。 駅近とあって いつ見ても車で埋まっている。
その中に、見知った人影を見つけた。 あの高級車と無駄に高い身長は___…
山崎 孝太
___俺は走った。 走って、走って、走り続けた。
何も考えずに家を飛び出してしまったが、どう考えても自転車を使った方が良かった。汗かいてきた。
……まぁでも先輩の「特別講習」に比べたら、こんなの疲れたうちに入らないけど。
__俺は通学路から外れた所にあるハンバーガーショップ、「パグドナルド」前に来ていた。
「ススキヤ」とか「ヨシハラヤ」とか、吉田は割と外食に関しては低価格な物を好むけど テストとか「一大イベント」の後はハンバーガーにグレードアップ(?)する。
俺も吉田達とつるんでいた頃は、何度かこの店に集った。 (基本 現地集合だったので、メンバーが揃うまで騒いで待って、揃えばまた騒いでとかなりお店に迷惑かけたと思う)
つまりこの店は「一大イベント」の後の宴会場であり、 そして吉田グループは現地集合を基本としており、
何が言いたいかと言うと、 俺の予想通り、 「パグドナルド」内には吉田グループの人間がいた。
席は店内の真ん中。吉田達の定位置だ。
___俺はドアを開けて店内に入った。
真っ直ぐに真ん中の席を目指す。 その人の真正面に立つと、ようやくその人も顔を上げ__目を見開いたまま固まった。
俺はその人______吉田グループの一員となった三津屋 篤に 口の端を吊り上げて笑ってみせた。
山崎 孝太
これ見よがしにテーブルに並べられている赤本や暗記シートの中に、盗まれたと主張する英単語帳が堂々と鎮座していた。
篤はテーブルに突っ伏すと体で単語帳を覆い隠した。 その拍子にペンケースが弾き飛ばされる。
俺は床に落ちる前にペンケースをキャッチすると、机の余ったスペースに、わざと音を立てて置いた。
山崎 孝太
見つかったんだ
三津屋 篤
…………僕の、勘違いだったみたい
篤はそろそろと体を起こすと、単語帳を鞄の奥底に突っ込もうとする。 俺は無言でその腕を掴んだ。
三津屋 篤
山崎 孝太
三津屋 篤
山崎 孝太
山崎 孝太
口調は強く、声は大きくなった。 近くでテーブルを拭いている店員がチラリとこちらに視線を飛ばした。
店員の咎めるような視線に篤も気付いのだろう。 不恰好な笑みを更に深くすると、宥めるように俺の手をそっと引き剥がした。
三津屋 篤
「パクドナルド」駐車場内の自動販売機前。 ___俺はポケットに収まってるスマホを布地越しに確かめると、口を開いた。
山崎 孝太
三津屋 篤
あっさりと、三津屋 篤は肯定した。 自販機の青白い光が篤を正面から照らす。そして箍(たが)が切れたように喋り出した。
三津屋 篤
三津屋 篤
自販機の光が篤には自分に向けられるスポットライトのように感じるのか、演者宜しく両手を上げて熱を帯びた口調でまくし立てた。
三津屋 篤
人を最大限利用出来る者が人の上に立てるんだ!
三津屋 篤
僕はなれたんだ。人を利用出来る、人の上に立てる「一番」に僕はなれたんだ!
そして天を仰いで哄笑した。上体を反らして下品な笑声を発する姿は、俺の知ってる三津屋 篤とかけ離れていた。
そうかこれが本性か。
ピロン
出し抜けに響いた電子音に、篤の高笑いが止まった。
俺はポケットからスマホを取り出すと、きょとんとしている篤にその画面を見せた。
山崎 孝太
三津屋 篤
山崎 孝太
山崎 孝太
録音終了、の文字が並ぶスマホ画面を篤の鼻先に突き付ける。
三津屋 篤
唇を震わせながら篤は後退りするが、すぐに自販機に阻まれた。 甲高い「いらっしゃいませ」に重ねるように、篤は小さく呟いた。
三津屋 篤
山崎 孝太
……あくまで吉田を庇うのか。それとも…。 篤はスマホを持つ俺の腕を両手で掴むと、すがるように首を横に振った。
三津屋 篤
微(かす)かに震えている篤の指先は裾にいくつかの皺を刻んだ。 俺はそれを一瞥すると、息を吐いた。
山崎 孝太
三津屋 篤
篤の手が離れた。
三津屋 篤
三津屋 篤
俺はスマホをポケットに戻すと、早口でまくし立てる篤に背を向けた。 吉田の居場所を聞き出せないならもう用はない。
__篤は吉田と出会ったことで、関わりを持ったことで 自身の劣等感を汚いやり方で昇華する術を身に付けてしまった。
これから誰がどんな言葉を連ねても、篤の歪みは直らないだろう。
自分の物差しだけを絶対とする人間の全てを、肯定してあげられるのもまた自分だけだ。 誰にも救われない。
これこそ「救いようのない」人間だと思う。
三津屋 篤
歩みを再開した俺を、悦に入っている篤が引き止めた。
三津屋 篤
山崎 孝太
三津屋 篤
君に理解出来て僕に理解出来ない物があるはずないじゃないか
山崎 孝太
山崎 孝太
篤の顔から表情が消えた。 俺は歩き出した。もう振り返らない。
やっぱり俺は卑怯な人間だ。篤を見限って、篤を暗がりの中置き去りにしている。
三津屋 篤
それでも 自販機にもたれて言い聞かせるように呟き続ける篤の救い方を、俺は知らない。きっと誰も知らない。
だって篤には自販機の光がスポットライトに見えるのだから。 篤を肯定してあげられるのは篤だけだ。
柚月を見つけよう。
卑怯者らしい汚い手で、吉田と剣を交えよう。
篤の声が聞こえなくなる。
だけどもう振り返らなかった。