斑目
これが事件のあらましになります。

斑目
その後、当時の警察の捜査により、ナースコールが鳴らされた時間帯の前後、唯一の鍵を持っていた金谷智子が被疑者として連行され――そして、金谷は拘束中に死亡しました。

千早
なるほど。

千早
真相は闇の中に葬られてしまった――ということですか。

千早
それで、斑目様のおばあさまは、金谷さんが犯人ではないと主張されているわけですね?

いつものモノクルを片目につけ、ペンライトで細部を照らす。
そんなことをするのであれば、もっと店内を明るくすればいいのに――と思うのは斑目だけなのだろうか。
千早
斑目様、確認したいことがございます。

斑目
――なんでしょう?

斑目
分かる範囲であれば答えますよ。

斑目
ただ、事件が起きてから時間が経過しているので、得られる情報にも限りがありますが。

千早
ならば、現時点で分かっている補足事項などはありませんか?

斑目
――補足事項ですか。

斑目
あ、確か事件が起きた直後、ある患者さんから苦情をいただいたそうですよ。

千早
ある患者さん?

斑目
えぇ、さっきのお話でも出てきましたが、5号室の合田さん――というおばちゃんです。

千早
あぁ、確か両足が骨折して入院されていたんですよね。

千早
して、どんな苦情で?

斑目
えっとですね、ひとつは扇風機の調子が悪いから見ておいて欲しいという内容。

斑目
もうひとつは、看護師はしっかりと医者のサポートをしなさい――というものだったみたいです。

斑目
相当理不尽な話だったのでしょうね。

斑目
さすがの祖母も鮮明に覚えていて、今でも思い出すことがあるそうですよ。

斑目
まぁ、当時の祖母が新人だったということもあるのでしょうが。

千早
扇風機――ですか。

斑目
えぇ、当時はまだエアコンを導入している病院は少なく、扇風機で空調管理をしていたようです。

斑目
個人医院ですし、大がかりな空調設備は入っていなかったのでしょうね。

千早
――左様でございますか。

千早
もう一点、確認したいのですが、遺体が発見された【開かずの病室】は、当時の何号室にあたるのですか?

斑目
えっと、6号室。

斑目
クレームを入れた合田のおばさんの隣ってことになりますね。

千早は小さく頷くと、ナースコールのネームプレート部分を見つめる。
千早
こちら、ナースコールが鳴らされると、対応した部屋のランプが点灯するのですよね?

斑目
はい、そうだったみたいです。

斑目
上から順番に1号室から並んでいて、その部屋に入院している患者さんの名前を、ネームプレートに記入していたようです。

千早
となると、順番としては合田のおばさまの次に【開かずの病室】が来ることになりますね。

千早
だって、合田のおばさまは5号室で【開かずの病室】は6号室だったのですから。

斑目
えぇ、患者さんの名前は紙片に書き込んで、それをランプの隣に挟み込むというやり方をしていたそうです。

千早
では【開かずの病室】はどのように記載されていたのでしょうか?

斑目
あえて名前は記載せず、空白で運用していたみたいですね。

千早
つまり、この形状であれば――。

千早は小さく息を吸うと、前を向いてモノクルを外す。
斑目
医院長がナースコールを鳴らしたであろう時間帯、唯一の鍵を待っていたのは金谷さんだった。

斑目
他の2人には医院長を殺害するどころか、自由に【開かずの病室】に出入りすることもできなかった。

斑目
しかも、医師の藤巻に関しては、外食から戻ってから、遺体が発見されるまで、ずっとドクターの部屋にいたそうです。

斑目
となると、祖母か金谷さんのいずれかが犯人ということになってしまう。

千早
ならばなぜ、斑目様のおばあさまは、金谷さんが犯人ではないと言い出したのでしょうか?

千早はそこで言葉を区切り、一呼吸置いてから続ける。
千早
斑目様、おばあさまに連絡することは可能ですか?

斑目
あ、はい。

斑目
まだ存命ですし、いつでも連絡が取れますが。

千早
では、今すぐに確認して欲しいことがございます。

千早
――扇風機は病室のどこに設置されていたのか。そして、事件が起きた季節はいつなのか。

斑目
え?

斑目
扇風機――ですか?

千早
はい、私の考えが正しければ、扇風機はきっと――患者さんのベッドから離れた場所に設置されていたはずです。

斑目
と、とりあえず連絡をしてみますね。

斑目
あ、おばぁちゃん?

斑目
ちょっとこの前の事件について話が聞きたくて。

斑目
あぁ、病室に設置されていた扇風機のことなんだけど。

斑目
どうやら、扇風機は病室の隅――天井付近に設置されていたようです。

斑目
高さはそれなりにありますが、患者さんが自由に点けたり消したりはできた――と。

千早
して、事件が起きた季節は?

斑目
真夏だったそうです。

それを聞いた千早がかすかに笑ったように見えたのは気のせいだったのだろうか。
千早
どうやら、査定はこれで終わりのようですね。

斑目
えっ?

斑目
もう――ですか?

千早
はい、このナースコールにまつわる【いわく】には、とある思惑があったようです。

千早
では、これより査定の結果を報告させていただきます。

カウンターの上で丸くなり、寝息を立て始めていた猫のちょぴが、呼応するかのように小さくニャーと鳴いたのであった。