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銃の引き金を引いて

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銃の引き金を引いて

1 - 銃の引き金を引いて

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2020年12月07日

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婦人

ちょいと

婦人

ちょいとそこの殿方

婦人

力をお貸しくださいな

そう言って婦人は 私を呼び止めた

何か御用ですか

婦人

いえ、なんてことは無いの

婦人

でもあなたにしか
出来ないことなの

婦人

この

婦人

この銃の

婦人

銃の引き金を

婦人

婦人

婦人

引いてくださらないかしら?

そう言って婦人は 銃を私に差し出した

なにを仰るのですか

婦人

えっ?

なにを仰ってると聞いているのです。

その物騒なもので
私に何をさせようというのです。

婦人

もちろん、この銃で

婦人

ズドン!と

婦人

撃ち抜いて
いただきたいのよ

そう言って婦人は 自分の胸元を指差す

私にあなたを殺せと?

婦人

ええ、そのとおり
ですわ

そんなことできるわけ
がないでしょう。

婦人

なぜ?

なぜって

あなたと私は初対面だし

殺す理由がない

そもそも理由が
あっても殺しはいけない。

婦人

お優しいのね

なぜ?

婦人

え?

なぜ

死にたいのですか?

婦人は少し考えた風で

ため息混じりに こちらをみた。

婦人

なぜ

婦人

なぜ、死んでは
いけないのかしら?

婦人

悲しむ家族も

婦人

友人も

婦人

皆この世に居ないのに

婦人

体だけは重たくなって

婦人

息も自分じゃできやしない

婦人

お食事も

婦人

お便所も

婦人

誰かの手を
借りなくては
ならないのよ?

婦人

これじゃ
とても
惨めよ…

婦人

だからほら!

婦人

これでズドンと!

婦人

一息に!

婦人

やって頂戴!

そういって彼女は

銃を私の手に握らせる

でもあなたは

生きています

生きて

弱々しくとも

確かに心臓は拍動している

血は血管を駆けている

皮膚はぬくもりを帯びている

生きているのです

残り少ない時間だとしても

あなたはそれを
放棄してはいけない

生きてください

婦人

それは

婦人

人として
仰ってるの?

婦人

それとも

婦人

医者として?

もちろん

医師として
です

いついかなる時で
あろうとも

私達医師は

消えゆく命を
見過ごしては
ならない

たとえ、救ったその先の
時間が少なくても

救うことをためらっては
ならないのです

婦人

婦人

それを私が

婦人

望んでいなくても?

婦人

望んでいなくても

婦人

あなたは
私を

婦人

助けるというの?

婦人

婦人

私ね

婦人

息子に言われたの

婦人

母さん

婦人

俺たち家族も苦しいんだ

婦人

だから

婦人

早く

婦人

婦人

死んでくれないかって

婦人

私の入院が長引くもんだから

婦人

きっと入院費用が
かさんだのね

婦人

すごく苦しそうだった

婦人

あの子一人っ子だし

婦人

一番上の子が中学受験なの

婦人

奥さんが教育熱心な人でね

婦人

うんといい学校に入れて
やりたいんですって

婦人

勉強が忙しいって

婦人

結局なかなか会わせて
もらえなかったけど

婦人

婦人

あの家族にとって

婦人

私はいらない存在

婦人

退院しても
寝たきり状態は
変わらない

婦人

施設に行くにいくにも
お金がかかる

婦人

これ以上

婦人

あの子に迷惑は
かけられないのよ!

婦人は再び私の手を握ると

銃口を胸に押し当てた

婦人

撃って!

婦人

早く!

婦人

私を殺して!

婦人の手は

カタカタと震えていた

婦人は私の手を握ったまま 動かない

婦人

婦人

わかったわ

そう言って 婦人は銃を引き取った

婦人

じゃあせめて

婦人

自分で引き金を引かせて頂戴。

婦人は言い終わる前に

銃口を自らのこめかみに 押し当てた

なにをしているんです!

私は銃口を婦人の腕ごと 天井に向け

彼女を制した

婦人

…っ
離して!

死んではいけません!

あなたはまだ生きられるんだ!

婦人

それはっ!

婦人

あなたがたの
都合でしょう?

婦人

私はっ!

婦人

私はもうたくさんなのよ!

もみ合いの末 婦人から銃を取り上げ 遠くへ投げる

婦人

婦人はうなだれていた 微かに涙を流しながら

婦人

もう…

婦人

誰にも迷惑は

婦人

かけたくないの…

婦人

お願い…

婦人

先生…

コールが聞こえる

看護師

…せい

看護師

せん…せ

看護師

先生!

医師

看護師

205号室の村本さん
VTです!

医師

…っ
わかった

医師

仮眠のつもりが
随分深く眠っていたようだ

医師

村本さん…
昼まで
変わりはなかったはずだ

医師

こんなに早く
急変するなんて

看護師に変わり 心臓マッサージをはじめる

規則的なリズムに合わせて 華奢な体を押さえつける

途中 木の枝が折れるような 音がした

それでも続ける

家族がくるまで

それまでどうにか ここにいてもらう

1時間ほどして 息子が病室に到着した

午前3時24分ご臨終です

私もナースも 汗だくだった

せめて家族がくるまではと

その一心で

親の死に目に 会えないことは

何よりも悲しいことだと

そう思っていたからだ

息子

ありがとうございました

息子

本当にお世話になりました

息子

ではいつ母を引取れますか

息子は淡々と このあとの段取りについて 質問した

息子

通夜や葬儀を手早く済ませたいので

息子

できれば今夜中に
連れて帰りたいのですが

医師

わかりました
すぐ退院の手続きを
手配します。

息子

お願いします

よくいる

親が死んでも

涙も見せない

そんな人間が

覚悟はしていたのだろう

いつかはこの時が来ると

私は

息子に母親の病状を 伝えた日を思い出した

村本さんは5年前に 足を骨折してから

寝たきりで過ごすことが 多くなり、

認知症の症状が出現

その頃、入院するようになり いくつもの病院・施設をめぐり

意思疎通ができなくなったころ

誤嚥性肺炎で

私達の病院に転院してきた

危篤状態に陥ったが なんとか持ちこたえ

人工呼吸器は外せないが 命はつなぎ止めた

息子

延命措置はしなくて結構です

医師

医師

というと
現状のまま
治療も措置も
希望されない
ということですか?

息子

はい。

医師

医師

わかりました

亡くなるときは

家族がそばにいて

涙を流し

みんなが故人を偲ぶ

そういう風景は

必ずしも当たり前

というわけではないようだ

生き方に違いがあるように

死に方も人それぞれ

見送られる人もいれば

一人寂しく 逝く人もいる

どれだけ子に 尽くしても

最後を見届けてもらえない 親だっている

そんな悲しい
ことがあっていいのだろうか

婦人

婦人

結局

婦人

引き金を引いて
くださらなかったのね

婦人

あなたが引いてくだされば

婦人

私はもう少し早く
楽になれたはずですよ?

そんなこと
できませんよ

だって私は
医者ですから

救うのが
仕事なんです

婦人

婦人

私を苦しませてまで?

婦人

まぁいいです
この問題に
答えはありませんから

婦人

とにかく
私はもう自由なので

婦人

先に逝った主人に
会いに行きます

幸せでしたか…?

婦人

ご主人に出会って
子供を育てて
最後は…

それでも

それでも

幸せでしたか?

婦人は少し微笑んで

婦人

婦人

幸せでした

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