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先にこちらを完結させます。「怪異君は私にだけ甘いです」は完結後、頻繁に出すと思うのでご了承下さい!この物語は平均60タップと少なめです。
雨が音を響かせて鳴る中
一人の男の子がポツンと立っていた
傘は持ってなくずぶ濡れ
来ている服は夏なのにパーカー
目には光がなくまるで闇を見ているかの様
そんな男の子に私は心配になり声を掛けた
桃
すると私に気づいたのか
こちらをじっと見つめ直ぐに微笑んだ
___
その言葉だけを残して
それはきっと、作り笑いだった
そのぐらい不自然で可笑しかった
嘘みたいな笑顔
形だけ貼り付けたみたいな表情
ううん...多分本人は笑ってるつもりなんだと思う
だけど、それが逆に痛々しくて、見ていられなかった
___
ぽつり、とそれだけを言って彼は背を向けた
濡れた髪が額に張り付いていて、肩から水が滴っていた
パーカーの袖はびっしょりで重そうに垂れている
私は思わず彼の腕を掴んだ
濡れた布越しに伝わってくる体温は驚く程冷たかった
なのに、彼は振り向かない
言葉が出てこない
ただ、じっと見つめていた
彼の後ろ姿を
背中を、雨宿りをせずに歩き出そうとするその足元を
濡れたスニーカーがくしゃくしゃと音を立てる
それでも彼は、一歩ずつ遠ざかって行く
私はその場にただ立ち尽くした
小さく震えながら問いかけて
桃
返事は無かった
けれど、彼の足が止まっていた
その問いかけに
振り返らずにただ止まっていた
雨だけが無遠慮に降り注いで私たちの距離をぼかしていく
私はもう一歩、彼に近づいた
濡れたアスファルトに足音が重なる
桃
声が震えた
自分でも情けないと思う
でも、黙って見過ごす方がもっと嫌だった
桃
その時だった
彼がゆっくりと振り返った
ーー目が合う
光の無い、濁った水みたいな赤い瞳
だけど、確かに私を見ていた
___
低く、掠れた声
___
それはまるで、ずっと心の奥に押し込めていたものを
こぼす様な言葉だった
彼の手が震えていた
濡れているのは雨のせいだけじゃないと、直感で分かった
私は彼の手をそっと握った
冷たくて、私よりも細くて、骨みたいで力が入っていなかった
言葉はもう要らなかった
ただ、側に居ることが今の私に出来ることだった
___
小さくそう呟いた彼が、ふっと微笑んだ気がした
さっきまでの作り物みたいな笑顔じゃ無くて
ほんの少しだけ、痛みを滲ませた本当の表情だった
そして私は心の何処かで思っていた
__たとえ全部は救えなくても
この人の痛みに、気づける自分でいたいって
桃
そう言って精一杯、私は微笑んだ