春。 新しい季節。
レオ
新しい子入ると爽やかさが違うねー
体育館の入口横には、 バレー部の面々が並んでいた。 腕を回したり、足を伸ばしたり、 思い思いに身体を暖める。
黒尾
お、レオちゃんロード付いてくる感じ?
レオ
そうそう。新入生を見守り隊する
新入生
新入生
研磨
レオ
ちゃんとアップした?
研磨
レオ
どこか緊張した面持ちを見せるのは 真新しい体操服。 その前にはいつもの練習着に身を包んだ 上級生たちが胸を張っている。
いや、張っていない者もいるけれど。
新入生たちの目に先輩たちは どう映っているだろうか。
黒尾
ちゃんとした自己紹介はあとで監督来てからやるんで、とりあえずな
黒尾
黒尾
何かあったら、最後尾にマネージャー付いてきてっから声掛けて
レオ
まだ気温はそんな高くないけど熱中症もないわけじゃないから
「行くぞー」と黒尾が声を張り上げる。 自然と並び出す先輩たちに習って、 新入生たちも不格好な隊列を組んだ。
最後尾にレオは当たり前の顔して並ぶ。
新入生
レオ
新入生
新入生が違和感を払拭できぬまま、 列は黒尾を先頭に進み出す。 深く聞くほどでもなかったのか、 先輩に対する遠慮のせいか、 彼はそれ以上声を掛けてくることはなく、まっすぐ前を向いて走り出した。
カラリとした晴天。 呑気な雲がゆっくりと流れていく。
レオ
誰にともなく呟かれた言葉は 風と共に消えていく。
黒尾
黒尾
2人1組で階段ダッシュ10本
黒尾
人がほとんど通らない旧階段。 いつからの伝統なのか、 音駒バレー部の活動は この階段ダッシュから始まる。
並んだ部員の横で黒尾が手を叩けば、 先頭の2人が階段を駆け出した。
黒尾
パンッと手を叩く。
黒尾
全力で登って、 息を整えながら降りてくる。
黒尾
登り切れー
海
夜久
慣れた上級生たちは降りて来ながら 声を掛けたり、掛けなかったり。
登る側は無言で登る。
黒尾を除いた部員の数は、 丁度偶数だったらしい。
並んでいた全員を送り出し、 あと登っていない部員は黒尾のみ。
黒尾
レオ
待ってましたと言わんばかりに、 レオは黒尾の隣に並ぶ。
それを見た上級生たちは おっと少しだけ沸き立った。
海
山本
レオ
研磨
2年部員
黒尾
何も知らない新入生たちを置き去りに、 上級生たちはやいのやいのと 野次を飛ばす。
夜久
パンッ!
夜久が手を叩いた音を合図に 2人は走り出した。
体格差のある背中が遠ざかっていく。 どちらもほぼ同じペース。 勝敗の分からない勝負に、 ギャラリーがまた少し盛り上がる。
新入生
夜久
新入生
あの、夜久先輩、ずっと気になってたんですけど、
夜久
新入生
夜久
キツいこと1人でやるより2人でやる方ができるもんだろ?
新入生
夜久
そんでいい勝負してんのが何でかはレオだからとしか言えねぇ
新入生
夜久
つっても、うちはレオしかマネいねぇけど
新入生
夜久
心配しなくても、混ざんのはこういう体力作りの時だけで、ボール使う練習の時はマネの仕事してる
夜久
そこは間違いねぇよ
夜久が視線を向けたタイミングを 見越していたかのように、
レオ
黒尾
階段のてっぺんから声が降ってくる。
山本
2年部員
海
夜久
並べー
夜久が手を叩けば、 また部員たちは階段を登り出す。
これがいつも通りの音駒バレー部の風景。
体育館に戻れば本格的に練習が始まる。
黒尾
1本ずつ考えて打て!
夜久
山本
活発な部員たち。 それに負けないくらい、あっちこっちへと 動き回るポニーテール。
必要な時には、 すでにもう道具が準備されている。
レオ
レオ
今日ビブス使いますか?
レオ
レオ
セカセカセカセカ 止まったら死ぬんじゃないかと思うくらい 常に動きっぱなし。
声変わりを終えた男子の声の中に 女子の声はより際立つ。 その上、そもそも声がデカイものだから 意識しなくともその声は耳に入った。
猫又監督
今日の組み合わせ伝えるぞ
レオ
練習も終盤。 最後の休憩が終われば 試合形式の練習だ。
小学生が外で絵を描く時のような ドデカいバインダーを首にかけたレオは、 猫又監督と話しながら ノートにペンを走らせる。
海
新入生
海
新入生
海
何してるんですかって
教えてくれるよ
少し迷った後、海の言葉に背中を押され 新入生の1人はレオへ近づいていく。
近付くと、バインダーの上には 今広げているノート以外にもいくつか ノートが乗っていることに気付いた。
新入生
レオ
新入生
レオ
はい、とレオが 開いているのとは別のノートを差し出す。
新入生
開けば、ビッシリと黒に覆われていた。 対戦のメンバー、得点した人、 得点の種類、ミスの数。 全てではないが、 その時の状況まで簡単に書いてある。
新入生
思わず声が漏れた。 毎日だ。公式試合じゃない。 練習の最後に行われる試合、その全てが データとして記されている。
得点の状況が書かれているということは、 選手や監督視点の知識があるということ。
新入生
レオ
見たかったら後でおいで
持ち出しはダメね
新入生
じゃなくて、先輩って元々バレーやってたんですか?
レオ
バレーは全くできない
ふと、広げられたノートが目に入る。 対戦メンバーの横に、メモらしきもの。
緑6 灰羽 緑7 ○○ 赤6 犬岡 赤7 芝山 ………
新入生全員の名前と番号。 それが休憩中に配られたビブスの番号であることは馬鹿でも分かる。
この人は、当たり前に 新入生のデータも残そうとしているのか。
この人は、そういう人なのか。
黒尾
試合すんぞー
黒尾の声に顔を上げる。 知らず知らずの内に、 新入生の彼は6と書かれた赤いビブスを 握り締めていた。
レオ
期待してるねーー芝山くん
チラとノートに視線をやってから、 レオがそう声を掛ける。
芝山
ありがとうございました!
ニッと笑ったレオに見送られ、 芝山は他の部員の輪へと戻って行った。