男
他人の心を操る、ですか。
女
そうです。
ただ、少し言い回しが違います。
女
他人を「操作」するんです。
彼は。
男
ははあ。
私などには、同じに聞こえますが。
男
そんな事が可能なんですかね。
女
出来ます。
皆知らないだけで、同じような事は意識的に、無意識的に行われてるのです。
女
彼だけが特別ではないです。
男
具体的には、どのような?
男
その、彼は「自分を好きにならせる」とか仰ってましたが。
女
はい。
彼は、自分に「好意を向けさせる」天才だったのです。
男
それは、ええと、失礼ですが女たらしなだけとは、違うのですか?
女
違います。
まず、目的が違う。
男
目的?
女
いわゆる女たらしは、その、女性と「そういう関係」になる事を最終目的にしているじゃあ、ありませんか。
男
ははあ。
ヤり捨て、というヤツですな。
女
こほん。
男
失礼。
続きを。
女
彼の場合は違うのです。
彼の目的は
女
それ自体にあるのです。
男
それは、また、いったい何故。
女
解りません。
解りませんが、彼は、他人からの好意を集めていたのです。
男
それが出来るなら羨ましい話ですが、そんな事が本当に?
女
出来ます。
女
彼は、相手の欲望を読み取ります。
女
そして、相手が「言って欲しい言葉や反応」を与えます。
女
可愛いと言って欲しい人には「可愛いね」と。
能力を認めて欲しい人には、「凄いね」と。
男
それは、とても良い事ではないのですか?
女
一見、そう見えます。
女
でも彼は、相手が「して欲しい事」は行いません。
男
ほう?
女
相手に「期待」させて、それ止まりにするのです。
男
期待、とは?
女
「自分を好きになってくれる」期待です。
男
ははあ。
女
人間には、返報性の法則というものがあります。
ご存知ですか?
男
貰ったら返さなければならない気になる、という、あれですか。
女
そうです。
逆に言えば、人間は、返ってこない相手には与えようとしません。
女
与える。
返る。
女
人間は、そういったやり取りで、関係性を築いていくものなのです。
だから。
男
脈の無い相手には、ハナから与えようとしない。ですか。
女
そうです。
そうです。
女
人は、好意が返るのを期待するから、好意を向ける。
男
あ!
解ってきましたよ。
男
つまり、その彼は、好意を返される期待を、相手に持たせる訳ですか。
女
そうです。
そうやって、相手に好意を向けさせる訳です。
男
ははあ。
なるほど。
男
それと、今回の事件と、どんな繋がりが?
女
信じて頂けないとは思います。今は。
男
それは、聞いてからですよ。
女
はい。
女
彼は、
女
彼は、「好意」を収集したのです。
男
んー。
人気を集めるのは悪い事ではない気が。
女
違います。
女
文字通り「集めた」のですよ。
コレクション。
男
ほう?
女
信じては頂けないとは思いますが……
女
蝶なのです。
男
蝶。
女
彼に魅了された女性は……女性に限りません、が
女
絶望する事になるのです。
男
何故です?
望む言葉をくれるのでしょう?
男
そりゃあ、恋は叶わないかも知れませんが、そんなのは良くある話だ。
女
叶う者も居ます。
男
居ますか。
女
叶って、そして、絶望するのです。
男
さあ、また解らなくなってきた。
男
望むような甘い言葉をくれる男と恋仲になって、何故絶望などするのです。
女
それは
女
「逆」になるからです。
男
ほう?
女
彼は、赤の他人には優しい甘い言葉と笑顔を向けます。
女
しかし、恋人に対しては、逆になる。
男
釣った魚に餌をやらない、というヤツですかね。
女
それだけなら、まだ良いです。
女
彼は、「試す」のです。
女
赤の他人には、相手が欲しい言葉を向ける。
女
しかし、恋人に対しては、相手が厭がる言葉を向け、相手が傷付く行為を行う。
女
彼は、相手の「欲望」を読み取りますから、それに伴う羞恥心や後ろめたさ、罪悪感なども、読む。
男
待って下さい。
男
それは、それでは、その恋人に嫌われてしまうのでは。
女
ところが、そうはならないのです。
女
恋人は、その頃にはもう、彼に嫌われまいと必死になっていますから。
男
はあ、そういう……
女
彼は、それを「試す」のですよ。
女
どれだけ罵倒されても、どれだけ酷い仕打ちを受けても、自分を捨てないか。
男
それは……別れてしまえばいいです。
我慢する事ない。
女
出来ないのです。
女
自分が彼に愛されたがるのも、離れる事も、どちらも禁じられます。
彼に。
男
どうやって。
女
「罪悪感」です。
女
彼は、相手の罪悪感を突くのが天才的に上手い。
女
そうやって、愛されるでもなく、逃げられるでもなく
女
ただ、彼に愛情を注ぐだけの存在となり
女
彼の罵倒の通りに自分を否定し卑下するようになる。
男
そ、それは。
それは余りにも。
それでは、その「恋人」は
女
壊れます。
男
ああ……
女
人としての存在が壊れ、人の形すら保てなくなる。
男
それで、それでどうなります。
女
男
蝶。
男
あ、あ、貴女は。
男
貴女は、蝶々が、彼を殺したとでも、仰るのか!!
女
刑事さん。
女
それは、私の口から言わせなければいけなかったのではないですか?
男
あ……
女
蝶々たちは。
女
展翅板にピンで留められました。
女
乾いたそれらは、彼の指先でパサパサと押し潰されました。
男
……
女
信じますか?
男
俺は……いや。
俺、は……。
女
男
蝶々の鱗粉の情報は、外部には漏れてない、筈だ……
女
信じますか?
女
彼は、外面が完璧なので、こんな話は誰も信じないのですよ。
女
信じて、くれますか?
女
女
刑事さん。
女
理解して頂けましたか?
女
彼が、「何を」したのか、を。
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#呟怖
彼は、他人に好意を向けさせる天才だった。
女達は彼に夢中になった。
自分の技能に、彼は陶酔した。
好意は乾いた蝶々のようにピンで留められた。
それらは指先でパサパサと押し潰されていった。
潰れた蝶々を眺めても、彼は満足しない。
乾いた砂漠が水で満たされる日は、来るのだろうか。
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