医者
医者
医者
医者
病院から「すぐに来てほしい」と連絡を受けたのは、 冬を迎えた12月の初め頃のことだった。
その日はたまたま仕事が休みだったから、 部屋を片付けながら夜の予定までの時間をゆっくりと過ごしていた。
朝早く、婚約者のかえでから
かえで
というお誘いを受け、
あかり(you)
と笑いながら、 それでも心のどこかで、 3年も付き合っているのに飽きず 私に会いたがってくれる彼のことを 愛おしく思っていたりもした
看護師
あかり(you)
あの、かえでは……ッ、かえでは大丈夫なんでしょうか
看護師
こちらへどうぞ
病院から電話があってすぐ、 一心不乱に家を飛び出した私は、 だんだん呼吸が浅くなり、 目の前の視界が霞み始める
かえでの命に別状はないと 聞いていたものの、 ここへ来るまでの道のりは簡単に私を 不安でいっぱいにしていった
あかり(you)
かえでの母
ごめんなさいね、
今日はお休みだったんでしょう?
かえでの父
あかり(you)
あかり(you)
あの、かえでは今……どこにッ
かえでの母
あかりちゃんにも一緒に聞いてほしくて待っていたのよ
さぁ、座ってちょうだい
最悪の雰囲気だった
普段からかえでのご両親は私のことを とくに可愛がってくれていた
彼と付き合って初めてご挨拶に伺った時から本当の家族のように接してくれて、 夫婦共通の趣味だと言っていた 旅行へ行くたびに、 私のお土産も必ず用意してくれるような 優しい2人の顔が今は、 目も当てられないほど悲しみに明け暮れた 表情をしている
医者
まず、かえでさんの今の状態としましては事故による頭部外傷と全身打撲、
程度はおそらく……
かえで、あなたの素敵なご両親に こんな顔をさせたらダメだよ
それにほら、今日の夜は 美味しいものを食べに行くんでしょ?
医者
なんとも言えない状況で……
会う頻度が昔と変わらず 多いなとは思うけど、 それでも私、嬉しいんだよ
初めて出会った時から女性達の好意を 一身に浴びていて、 チャラそうだと思っていたあなたが 未だに私だけを好きでいてくれることが
医者
ずっと浮ついた人だと思っていて、 何度もかえでの気持ちを突き返してごめん
高身長、高学歴、高収入だと言われていたあなたが、 なんの面白みもない私のことを 好きになるわけがないって…… そう、思っていたから
でもね、かえで
私、あなたに愛されるたびに少しずつ 自分を好きになれたんだよ
かえでが
かえで
って言うから自信がついた
"愛してる"って何度も言うから、 自分を愛せた
あなたがよく嫉妬するから、 傍にいてもいいんだって思えたの
"あかりの全部がほしい"だなんて、 本気な顔して口説くから…… 独り占めしたがりなかえでの作戦に わざと引っ掛かって、 あなたの懐に落ちたのに
かえでの母
かえでがね、目覚めたの!
お仕事が終わってからでいいから顔を
覗かせに来てやってくれないかしら!
かえでのお義母さんから軽快な声色で そう告げられたのは、 それから一週間後のことだった
いても経ってもいられなくなった私は 仕事を途中で抜けて、 大慌てでかえでの元へ向かう
かえでがいる病室の扉を 開けるまでの時間が、 ものすごく長く感じた 心の中で何度、早く、早くを 繰り返しただろう
27年という人生の中ではじめて、 タクシーの運転手に 「おつりは要りませんので」 と告げるくらいに、 私は胸を高鳴らせながら "その時"を急いだ。
そして……
あかり(you)
近くにいた看護師さん達には目もくれず、 《108号室 かえで》 と書かれた扉を開け放つ
1週間、ずっとこの時を待っていた
またかえでのカッコイイ顔が見たくて、 あどけなく笑う表情に癒されたくて、 また名前を呼んで欲しくて
あかり(you)
意識、戻ったんだね
ベッドに座って、パソコンを開いている彼
一気に安堵したのか、 力なくかえでの元に歩み寄った
かえで
君は……誰?
あかり(you)
かえで
あかり(you)
かえで
看護師さんに聞いてみてくださいね
1週間前と変わらない 優しい笑みを浮かべて、 彼はパソコンの画面に視線を戻しながら そう言った
私達の歯車は、 ここから動かなくなってしまった