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岩崎は、表に出ると月子の足の具合を心配し、掴まりなさいと腕をつきだした。


そもそも、西洋では男女は腕組みして歩くもので、それは、男性が女性を警護するためでもあるのだと岩崎は月子に説明してくれた。


「まあ、まだ日本では、男女が手を繋いだり、腕を組んだりするのは、非難されやすい。でも、月子は足を挫いている訳だから。かと言って、背負って歩くのはなんだか大げさな気もするし、月子も恥ずかしいだろう?」


ということで、腕組みが一番適しているのだと岩崎は月子を諭す。


「あ、で、ですが……それも、少し、大げさなような……」


岩崎の気遣いも分からなくはないが、月子にすれば、理由はどうあれ恥ずかしさが先に立つ。


「しかしだなぁ……もし、よろけてしまったら……」


「じゃ、じゃあ、旦那様のベルトを持ちます!」


月子は自転車の荷台に座った時の事を思いだした。


「……月子。それは……ひょっとして、月子なりの冗談なのか?」


岩崎が真顔で迫って来る。


「えっ?!い、いえ……そんなことは……」


言われて月子も気がついた。確かに、それも、なんだか妙だ。


「じゃ、じゃあ、あの、こ、これで、どうでしょうか?」


岩崎の上着の裾を月子は、そっと握った。


「……腕組みは……だめなのか……で、でも、まあ、構わんだろう」


岩崎は無理矢理納得しようとしているようだった。


こうして、月子は岩崎の上着を少しだけ握って、後ろからついて行った。


通りすぎる人々は、父親に叱られ可愛そうになどと、ポツリと言って行く。


俯いて、岩崎の上着を掴み、ぎこちなく歩く月子の姿は、どうやら、叱られ渋々親の後を着いていっている子供に見えるようで、それが、余計二人を慌てさせた。


「つ、月子、人の言うことは、気にするな。わ、私達は、見合いの途中のようなもの。そ、それに!祝言も挙げることになっている。同居もしているのだ!」


皆、瞬間、立ち止まり、岩崎と月子に目をやった。


「だ、旦那様。あ、あの、少しお声が大きいのでは……」


少しどころか、わんわんと響き渡る勢いで、岩崎が街中《まちなか》で喋っているのは、月子も重々承知している。


お陰で、人の目が、集中しすぎ、月子は、恥ずかしさから更に俯いた。


わかってないのは、岩崎で、何を言っているとか、これまた声を荒げられては、ますます、行き交う人々の注目を浴び、すっかり、月子は、父親に叱られている娘になってしまっている。


「全く、失敬な。まあ、月子、気にするな!通行人の勝手な思い込みまで抱えることはない!!」


「は、はい……」


月子は答えたが、実のところ、もう、これ以上、声を張り上げないでくれと、岩崎へ言いたくて仕方なかった。


「おお、月子!ついたぞ!この店の汁粉は、上手いらしい!!」


通行人が、クスクス笑いながら通り過ぎている事など、どうやら岩崎の目には入ってないらしく、喜び勇んで店の戸口に向かって行った。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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