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ニシルとの旅立ち、青蘭との戦い、そしてティアナ・カロルとの邂逅を一通り語ったところで黙り込む。
ミラルがチリーの様子を伺いながら待っていると、チリーは一息ついて見せた。
「……悪い、前置きが長くなったな」
そう言って、チリーはバツが悪そうに後頭部をかく。本当に語らなければいけないのは、この後の出来事だ。この期に及んで尚、決定的な事実から逃げているように思えてチリーは自己嫌悪に陥りそうになる。
そんなチリーに、ミラルは静かにかぶりを振った。
「ううん、昔の話、聞きたかったから……。このまま余すことなく話してくれてもいいのよ!」
「……冗談じゃねェ! ンなことしてたら日が昇るわ!」
冗談めかして笑うミラルに、チリーは小さく笑みをこぼす。沈み込みそうになった気持ちを、ミラルが引き上げてくれたようだった。
そうしてしばらく笑いあったあと、ミラルがふと話を本題に戻す。
「それで、ティアナさんはそのままついてきたの?」
「ああ。そこからはずっと一緒だった」
ルクリア国のアルケスタシティで出会ったティアナは、そのままチリー達の旅へ同行した。チリー、ニシル、青蘭、ティアナの四人で、テイテス王国へ向かう旅路が始まったのだ。
「……考えてみりゃ、あの旅は一年も経ってなかったんだよな。俺にはどうにも、長ェ旅のように思えて仕方ねえ」
その言葉はそのまま、チリーの体感した時間の密度を表していた。
長いようで短い旅の中で、チリーはティアナ達と数年分にも思えるような時間を過ごしていた。ニシルと笑い合い、青蘭と高め合い、そしてティアナとの距離を少しずつ縮めていった。
その旅の意味が、チリーの中で大きく膨らんでしまっていたからこそ、弾けて壊れた時の絶望は計り知れなかった。今でもまだ、その後悔の中にいる。
「ティアナさんは結局、何者だったの?」
「……さあな」
ミラルの問いに、チリーはそう答えて肩を竦める。
ティアナの記憶が、チリー達との旅の中で戻ることはなかった。古代文字を部分的に解読出来る謎の少女、ティアナ・カロルの正体については、チリーにも最後までわからなかった。
何故なら彼女は、記憶を取り戻す前に殺されたのだから。
それも、チリーの目の前で。
「俺はあいつを守れなかった。……この旅が続く限り守るだなんて言っておいて、目の前でむざむざ死なせちまったんだ」
押し殺すように、チリーは淡々とした口調でそう語る。だがそれでも漏れ出す後悔と自責が、刃のように言葉を飾り、チリー自身の心を切り刻む。
「俺はあいつに……惹かれていた。どうしようもなくな。まあ十中八九、青蘭の野郎も」
ティアナとの邂逅を語る時の、大切な宝箱をそっと開けるような表情が、ミラルの網膜に焼き付いて離れない。
(やっぱり、好きだったんだ)
どうしてもそんなことを考えてしまうのが嫌で、ミラルはなんとか気持ちを追い出そうとチリーの話にだけ意識を向ける。
チリーの過去を聞いているのに、チリーの気持ちよりも自分の嫌な気持ちが気になってしまう。
それでも、この話は最後まで聞かなければならない。
ミラルにとっても、チリーにとっても、今後の旅を続けるために必要な過程だ。
「……ティアナさんは、その……どうして……」
死んでしまったのか。
ミラルがうまく言えずに言葉を濁してしまったのを察してか、チリーはすぐに応える。
「ティアナは、殺された」
「…………」
ミラルはなんとなく、チリーや青蘭の口ぶりからそんな気はしていた。予想出来ていても尚、チリーの口からはっきりと言われると言葉を失う。
誰に……とミラルが口にする前に、チリーは答えを口にする。
「そいつは……ハーデンと名乗った」
チリーがその名を口にした瞬間、ミラルは戦慄した。
「これだけ時間が経ちゃ、生きてンのか死んでンのかわかんねえけどな」
もしその名前が、ミラルの知るハーデンなら、その男は確実に生きている。
「どうして……」
困惑しながらわずかに身震いするミラルを見て、チリーは顔をしかめた。
「……ミラル?」
「どうしてそこで……ゲルビア帝国皇帝の名前が出てくるのよ……!?」
「なんだと……!?」
ハーデン・ガイウス・ゲルビア。
それは、現在ゲルビア帝国を統治する皇帝の名だ。
強力なエリクシアン達を生み出し、最強の異能者部隊であるイモータル・セブンで他国への侵略を開始した男こそが、ハーデン・ガイウス・ゲルビアなのだ。
ハーデンが皇帝の座についたのは、チリーが眠りについた後の出来事である。
チリーは当時ハーデンの正体については知らなかったのだろう。ミラルの言葉に、明らかに動揺を隠せていない。
同名の別人だという可能性は捨て切れない。しかし、どうしても関連性を見出してしまう。
まるで全てが、賢者の石を中心にして渦巻いているようで。
「ハーデンがティアナさんを殺す理由なんて一体どこにあるっていうの……?」
それはチリーにも皆目検討がつかなかった。
もし仮にティアナと賢者の石に関係があるのなら、賢者の石を探すハーデンが何故手がかりになり得るティアナを殺す理由がわからない。
「……続きを聞かせてほしい。一体、その時何があったの……?」
恐る恐る問うミラルに、チリーは小さく頷く。
そして再び語り始めた。
あの、全てが壊れ始めた日の出来事を。
***
その日の夜は、厭に月が綺麗だった。
ルクリア国アルケスタシティを出発した後、チリー達はアギエナ国を経由しながらテイテス王国を目指した。
テイテス王国へ向かう旅路は、随分とのんびりしたものだった。
時には馬車を使い、たまに歩いたり、たまたま寄った町で数泊したりと、ほとんど旅行のような状態だった。ルクリア国の隣国であるアギエナ国に立ち寄ったのも、ほとんど観光ついでだった。
そんな呑気な旅をしていたこともあり、コロッセオで手に入れた賞金は当然底をついてしまう。
結局チリー達は人助けや野党狩りによる路銀稼ぎを再開しつつ、徒歩でテイテス王国を目指していた。
しかしその遠回りな旅を、誰もが楽しんでいた。
このまま旅が終わらなければ良い。そんな風に思ってしまうことさえあるくらいだった。
テイテス王国が近づくにつれて、長いような短いような旅路が着実に終わりへ向かっている。
なんとなくそんなことを考えながら、チリーは月を見上げていた。
アギエナ国を離れてもうそれなりに経つ。道中で聞いた話の通りなら、テイテス王国はもうほとんど目の前と言っても良いだろう。
今は、森の中で野宿をしている状態だ。チリー、青蘭、ニシルの三人が交代で見張りをやっており、今はチリーが見張り番である。ニシル達が寝ている場所から少しだけ離れた場所で、チリーは周囲を警戒しつつなんとなく物思いにふけっている。
「もう、あろうがなかろうがどうでもいいのかもな……」
これまでの旅に思いを馳せながら、ついそんなことを呟いてしまう。
最初は勿論、賢者の石を見つけ出し、力を手にすることに価値を見出していた。しかし気がつけば、見つけ出そうとする過程そのものに大きな価値を見出してしまっている。
テイテス王国にはなくて、もっと遠くにあればいいのに。
思考の端でついついそう考えてしまい、チリーは自嘲気味に笑った。
「ねえ、何がそんなに楽しいの?」
不意に、背後から声をかけられ、チリーは振り向く。
そこにいたのは、寝ていたハズのティアナだった。
「……この旅がな」
静かにそう応えて、チリーはティアナに、隣へ来るよう右手で促す。すると、ティアナはわずかにはにかんでからチリーの隣まで歩み寄ってきた。
「私も、すっごく楽しい。もうすぐテイテス王国に着いちゃうのかと思ったら、なんだかそわそわして寝付けなかったの」
「きちんと寝とけよ。明日も結構歩くぜ」
「うーん……もうちょっとだけ、起きてていい? 一緒に見張りするから」
「……勝手にしろよ」
やや上ずってしまいそうになる言葉をどうにか抑えて、チリーは短く応える。
それからしばらくは、居心地の良い沈黙が訪れた。
月の明かりと、少しだけ冷えた風。虫の合奏を耳にしながら、二人はその空間の中に身を委ねた。
「ずっとこの旅が続けばいいね」
ふと、ティアナがそんなことを呟く。
「……そうだな」
「終わらないと、いいね」
「……ああ」
チリーもティアナも、想いは同じだった。
終わりなんていらない。
賢者の石が見つからなくたっていい。
ただずっと、この旅が続いてしまえば良かった。
「あ、でもそれなら私、強くならないとね!」
「お前が?」
「うん」
頷いて、ティアナはわざとらしく軽いシャドーボクシングを始める。
細腕から繰り出されるへなちょこパンチが、やけに滑稽でチリーは軽く苦笑いを浮かべた。
「このまま守られてばかりだとね、なんか申し訳ないし……怪我したり、死んじゃったら私の旅が終わっちゃうから」
「ああ、そんなことか。気にすんなよ」
「え?」
チリーがまっすぐにティアナを見つめると、ティアナもチリーを見つめ返す。
「……この旅が続く限り、俺はお前を守り続ける」
強くなる必要なんてない。
この旅が続く限り、どんな危険からもティアナを守り続ける。
暗闇の中で、共にを町の明かりを見た時、密かに誓ったことをチリーは初めて言葉にした。
「あっ……えっと……」
チリーの言葉に、ティアナは落ち着かない様子で長い髪を忙しなくなで始めた。
普段は淀みなく話し続けるティアナが、珍しく言葉に詰まる。
けれど、やがてティアナは照れくさそうにニッコリと笑って――――
「ありがとう」
と、そう口にした。
それからそっと距離が近づいて、ティアナはチリーに寄り添った。
互いの体温で身体を温め合っている内に、そのまま溶けるような感覚さえ覚えた。
流れてきた雲が月を隠すと、やっと完全に二人切りになったような気がして鼓動が高鳴る。
「……守ってね」
「ああ」
「きっとだよ……?」
不安そうなティアナの様子に、チリーはたまらなくなって抱き寄せる。
このまま離さないでいられたら……それで永遠になれるのに。
永遠なんてない。
永遠も、静寂も、甘くとろけるような情動も、全て打ち破るように足音が近づいてくる。
すぐさまティアナをかばうようにして、チリーは周囲を警戒しながら身構えた。
ニシルや青蘭ならいい。そう思いながらも、チリーは直感的に”違う”と感じ取っていた。
そして案の定、ニシルでも青蘭でもない、正体不明の黒衣の男が姿を現す。
「誰だ……テメエ」
チリーの言葉に、男は腰に提げていた剣を抜くことで応えた。