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千波
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お豆腐メンタル
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「また寝不足?」
朝の通学路で、隣を歩く明里が呆れたように俺の顔を覗き込んだ。
「最近アニメが面白いのがいけない」
「それ、先週も聞いた」
「先週とは違うアニメだから」
「そういう問題じゃないでしょ」
明里はため息をついた。
新星明里。
俺の幼馴染だ。
肩まで伸びた赤みのある髪に、よく笑う大きな瞳。制服をきっちり着こなしていて、朝から元気いっぱい。
性格も明るく、人懐っこい。誰とでもすぐに仲良くなれるし、困っている人を見つければ放っておけない。
そのくせ、たまに妙なところで抜けている。
小学校からずっと同じ学校に通っている。気がつけば、もう十年以上の付き合いだ。
「昨日何時に寝たの?」
「二時」
「……馬鹿じゃん」
「三話だけ見るつもりだったんだよ」
「何話見たの?」
「八話」
「もっと馬鹿じゃん」
明里が笑う。
こういう会話も、もう何年続けているのか分からない。
俺たちが通っているのは、私立明正高校。
都心から少し離れた場所にある、ごく普通の私立高校だ。
駅から学校までは歩いて十五分ほど。
大通りを一本外れると住宅街になり、さらに進むと大きな川が見えてくる。
川沿いには遊歩道が伸び、その向こうには木々の生い茂った河川敷が広がっている。春になると桜が咲き、近所の人たちが散歩をしている姿もよく見かける。
学校の周辺にも公園や雑木林が多く、都会というより少しのどかな雰囲気だった。
「眠そう」
「眠いんだよ」
「帰ったら寝れば?」
「その前にアニメ見る」
「反省してないじゃん」
「今日の分は今日しか見られないから」
「何その理屈」
明里が呆れた顔をする。
そんなやり取りをしながら歩いていると、正門が見えてきた。
私立明正高校。
創立からそれなりに年数が経っていて、校舎は少し古い。
ただ、敷地は妙に広かった。
校舎のほかに体育館、武道場、図書館、古い講堂まである。校舎の裏手には使われていない旧校舎も残っている。
その一方で、部活動の種類だけはやたらと多い。
運動部も文化部も一通り揃っていて、聞いたことのないような同好会まで存在している。
生徒数の割には、部室の数も多かった。
「そういえば今年は部活入るの?」
校門をくぐりながら明里が聞いてくる。
「決めてない」
「また帰宅部?」
「たぶん」
明里は相変わらずだなと言わんばかりの表情で見てきた。
「俺は自分の時間を大事にしたいの」
とっさに出たあくびを手で隠した。
昇降口に入ると、いつもより人が多かった。
新年度。
新しいクラス、新しい担任、新しい教科書。
何もかもが少しだけ浮ついている。
廊下では久しぶりに会った友達同士が騒いでいた。
「同じクラスだった!」
「マジで?」
「最悪、担任あいつだよ……」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
俺たちも、クラス表の前にできた人だかりを見つけた。
「何組だった?」
明里が人混みの向こうを覗き込む。
「……二組」
「あ、私は四組!」
「そっか」
「えっ、反応薄くない?」
「まあ、去年は同じクラスだったし」
「今年も一緒がよかったのに!」
「会おうと思えば休み時間でも会えるだろ」
「それもそうだけどさ」
少し残念そうにしながらも、明里はすぐに笑った。
ずっと一緒だったから、別のクラスになるのも悪くない。
そう思っていた。
教室へ向かう途中、廊下の窓から校庭が見えた。
新入生らしい生徒が教師に案内されながら歩いている。
グラウンドでは運動部が朝練をしていた。
いつもの明正高校。
何も変わらない、春の始まりだった。
――このときの俺は、本当にそう思っていた。
始業式は体育館で行われた。
全校生徒が集められ、壇上には校長が立っている。
話は長かった。
新年度の心構え。
生活習慣。
交通安全。
睡魔。
そして、校内で困ったことがあった場合は、必ず教師に相談するようにという話。
「本校では、生徒の安全を何よりも大切にしています」
校長は穏やかな口調でそう言った。
「学校生活の中で、何か普段と違うこと、不安に感じることがあれば、決して自分だけで判断せず、近くの教職員へ相談してください」
別に珍しい話でもない。
俺は欠伸を噛み殺しながら聞いていた。
ただ、校長はその部分だけ妙に念を押していた。
「皆さんが安心して学校生活を送れるよう、教職員一同、責任を持って皆さんを見守ります」
そこで一度、校長は体育館全体を見渡した。
「どうか、無理をせず、楽しい一年を過ごしてください」
拍手が起こる。
俺も周りに合わせて手を叩いた。
それから担任の話を聞き、教科書を受け取り、簡単なホームルームを終える。
新しい教室。
新しい席。
まだ名前も知らないクラスメイト。
去年までとは少し違う景色を眺めているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
「じゃあ今日はこれで終わりだ」
教師がそう言った瞬間、教室中から安堵の声が漏れた。
窓の外から運動部の掛け声が聞こえる。
廊下では、部活の勧誘らしい声が飛び交っていた。
「バスケ部入りませんかー!」
「軽音楽部、見学どうですか!」
「茶道部もよろしく!」
新年度特有の騒がしさだった。
眠い。
帰ろう。
今日は家に帰って寝る。
それが一番いい。
配られたプリントや教科書を鞄に詰め込む。
「――いた!」
聞き慣れた声がした。
教室のドアを見ると、明里がこちらへ駆けてくるところだった。
「明里?」
「何?」
「映画部!」
「……は?」
「一緒に見学行こう!」
明里は俺の机に両手をついて、顔を覗き込んだ。
「なんだ突然? 映画部?」
「だって悠真、映画好きじゃん」
「見るのが好きなだけ」
「この前だって映画館行ったじゃん」
「あれはお前が誘ったんだろ」
「でも楽しかったでしょ?」
「まあ、それは……」
「ほら!」
明里が嬉しそうに笑う。
「じゃあ決まり!」
「いや、まだ何も決まってない」
「じゃあ見るだけでもいいじゃん」
「それなら家でいいだろ」
「駄目!」
「なんでだよ」
明里が少しだけ頬を膨らませた。
「せっかくの高校二年生だよ?」
「うん」
「青春しようよ」
「……急にどうした」
「だって去年まで同じクラスだったのに、今年は別々なんだよ?」
「まあ、それはそうだけど」
「だから!」
明里は俺の腕を掴んだまま、にっこり笑った。
「部活くらい一緒にやろうよ」
「……それ、映画部じゃなくてもよくない?」
「よくない」
「なんで?」
「映画部がいいの」
「映画部が?」
「うん」
明里は少しだけ間を置いてから、いたずらっぽく笑った。
「悠真と一緒なら、もっと楽しいと思うから」
「……」
なんとなく、顔を見られなかった。
「何?」
「いや」
こういうことを平気で言うのが、明里だった。
昔からそうだ。
本人に深い意味があるのかなんて、考えたこともなかった。
「……分かったよ。見学だけな」
「ほんと!?」
「入部するとは言ってない」
「じゃあ、見学してから決めよう!」
「はいはい」
「約束だからね!」
明里は嬉しそうに笑った。
そのまま俺の持っている鞄を引っ張って、廊下を歩いていく。
「ちょっと、引っ張るなって」
「早く!」
「そんなに急がなくても映画部は逃げないだろ」
「分かんないよ?」
「逃げる映画部ってなんだよ」
笑い声が廊下に響く。
窓の外では、春の風に桜の枝が揺れていた。
新しい一年が始まったばかりの学校は、いつもより少しだけ騒がしい。
その中を、俺たちは映画部の部室へ向かって歩いていた。
その時の俺は、ただいつもの明里とのやり取りだと思っていた。
この先も、こういう日がずっと続く。
なんとなく、そう思っていた。
ただこの時は、そんなことより眠かった。
コメント
1件
めっちゃ良かったです!!😭💕 悠真と明里の掛け合いが自然で、幼馴染の空気感がひしひし伝わってきました!「二時に寝て八話見た」→「もっと馬鹿じゃん」の流れ、あるあるすぎて笑った😂 明里の「悠真と一緒なら、もっと楽しいと思うから」の台詞、ちょっと不意打ちでキュンと来ました…!照れて顔見られなくなる悠真、分かるよその気持ち…!! でも最後の一文が気になる…この先何かあるの?続きが待ちきれないです!!🌸