テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
35
千波
48
お豆腐メンタル
10
映画部の部室は、校舎の端にあった。
明里に腕を引っ張られながら廊下を進み、階段を一つ上がる。
「こっちこっち!」
「分かってるって。そんなに急がなくてもいいだろ」
「だって楽しみじゃん」
「俺は眠い」
「まだ言ってる」
明里は笑いながら、廊下の突き当たりにある扉の前で立ち止まった。
扉には小さなプレートが掛かっている。
――映画部。
「本当にここ?」
「ここみたい!」
明里が勢いよく扉を開けた。
「失礼しまーす!」
「……はい」
しばらく間を置いて返事があった。
部室の奥。
机に向かって、一人の女子生徒がこちらを見ていた。
眼鏡を掛け、長い髪を後ろでまとめている。
「見学の人……ですか?」
「はい!」
明里が元気よく答える。
「私は新星明里です。こっちは――」
「佐藤悠真です。どうも」
「佐藤くん」
女子生徒は小さく頭を下げた。
「三年の細川理恵です。映画部の部長をしています」
「部長?」
思わず聞き返した。
部屋を見回す。
机がいくつか。
古いビデオカメラ。
脚本らしきファイル。
壁際には、撮影用らしい三脚や照明機材が置かれている。
そして――人がいない。
「……部長なのに一人?」
「はい……」
理恵先輩は困ったように笑った。
「去年の三年生が卒業してしまって。今は私一人なんです」
「じゃあ、仮に俺たちが入ったとしても三人?」
「そうです」
「それなら問題ないんじゃない?」
俺が言うと、理恵先輩は首を横に振った。
「学校の規定では、部員が三人以上いれば同好会としては活動できます。でも、部として認めてもらうには、もう少し人数が必要なんです」
「……なるほど」
「だから今年、新入部員が集まらなかったら――」
理恵先輩は一度言葉を止めた。
「映画部は廃部になります」
部室が静かになった。
窓の外から、運動部の掛け声が聞こえる。
少し離れたところを走る電車の音。
それだけだった。
「じゃあ、私たちが入ればいいじゃん」
明里があっさり言った。
「え?」
「私、入部します」
「え、ちょっと待て」
「悠真も入るよね?」
「なんで俺まで」
「さっき一緒に見学するって言ったじゃん」
「見学と入部は別だろ」
「でも映画好きでしょ?」
「それはそうだけど」
理恵先輩がこちらを見る。
期待しているような、申し訳なさそうな、何とも言えない顔だった。
「……待って、とりあえず手伝いということで」
「やった!」
「ただし、俺は映画を作るのなんてほとんどやったことないからな」
「大丈夫です!」
理恵先輩が慌てて手を振った。
「映画が好きなら、それだけでも十分だと思います」
その言葉には、少しだけ安心したような響きがあった。
でも――
「ところで、あと何人必要なの?」
「最低でも二人です」
「二人か……」
明里が腕を組む。
「じゃあ、あと二人入ればいいんだね」
「はい」
「簡単じゃん!」
「そうかな……」
理恵先輩が苦笑する。
「去年も新入生を集めようとはしたんです。でも、うまくいかなくて」
「なんで?」
「部活紹介で説明するんですけど……」
そこで理恵先輩の声が小さくなった。
「私、人前で話すのが苦手で……」
「ああ」
なんとなく納得した。
さっきから理恵先輩は、俺たちと目が合うたびに少し視線を逸らしている。
「でも、部長なんですよね?」
「はい……」
「去年はどうしてたんですか?」
「三年生の先輩が全部やってくれていました。私は脚本なんかの裏方で」
「なるほど」
理恵先輩は机の上に置かれたファイルを開いた。
「映画部では、毎年文化祭に向けて一本映画を作っています。それから、高校生映画コンテストにも作品を応募していて……」
ファイルの中には、過去の作品についてまとめた資料が並んでいた。
「去年の作品も、文化祭で上映して、コンテストに応募しました」
「へえ」
明里が覗き込む。
「じゃあ今年も映画を作るんだ」
「はい。それが映画部の活動ですから」
理恵先輩は少し嬉しそうに言った。
その表情を見ていると、本当に映画が好きなんだということが分かる。
俺たちが入ったとしても、部員は三人。
正式に活動を再開できるかどうかすら分からない。
それでも、どうにかして部員を集めなければならない。
「じゃあ、部活紹介で映画を作りますって説明するだけじゃなくて――」
俺は部屋の中を見回した。
棚には、過去に作った映画のDVDが何枚も並んでいる。
そこで、ふと思いついた。
「過去の作品は残ってるんですよね?」
「あります」
理恵先輩は棚に並んだDVDを見た。
「今まで文化祭で上映したものや、高校生映画コンテストに応募したものです」
「じゃあ、それを上映すればいいじゃん」
「……え?」
「部活紹介で。映画部がどんな映画を作ってきたのか、実際に見てもらえばいいだろ」
理恵先輩が目を瞬かせた。
「過去の作品を……部活紹介で?」
「うん」
明里も頷く。
「いいじゃん! 映画部なんだから、映画を見せた方が分かりやすいよ!」
「私たちは、文化祭で上映するか、コンテストに応募するために映画を作るものだと……」
「それだけじゃないだろ」
思わず口に出た。
「映画なんだから、誰かに見てもらうために使ったっていいじゃん」
「……」
理恵先輩はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「そうですね」
「決まり!」
明里が両手を叩く。
「じゃあ、部活紹介では去年の映画を上映しよう!」
「去年のは少し長いので、もう少し短い作品を選びましょう」
理恵先輩は棚から何枚かDVDを取り出した。
「これなら十数分です。文化祭でも評判がよかった作品です」
「へえ」
「じゃあ、それにしよう」
理恵先輩はDVDを大事そうに手に取った。
「……なんだか、久しぶりにこの映画を見返したくなりました」
「じゃあ、今日見ようよ!」
明里が言う。
「え?」
「部活紹介で使うなら、私たちも見ておいた方がいいでしょ?」
「それもそうだな」
理恵先輩が少しだけ笑う。
「では、上映会にしましょうか」
部室の奥からプロジェクターを引っ張り出す。
スクリーンを広げる。
理恵先輩がDVDをセットする。
部屋の照明が消えた。
「それじゃあ、再生しますね」
小さな機械音とともに、スクリーンが明るくなる。
俺たちは並んで画面を見つめた。
映画部がこれまで作ってきた一本の映画。
それが、これから始まる俺たちの活動を決めることになるとは、この時はまだ知らなかった。
コメント
1件
読み終えました〜! 第2話、めっちゃ良かったです🥀 映画部、廃部の危機ってところから始まって、部長の細川先輩が一人で頑張ってる姿に胸がぎゅってなりました。 でも、明里ちゃんの「私が入ればいいじゃん」っていう軽いノリに助けられた感じ、すごく好きです。 悠真くんも「手伝いということで」って入ってくれて、距離感が絶妙でリアルでした。 過去作を部活紹介で上映するアイデアも「映画なんだから誰かに見てもらうために使う」って悠真くんの言葉が刺さりました。 これからどうなるか、すごく気になります!