テラーノベル
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神の国の深部、四大領主ベルティストン家が管理する地下祭壇は、濃厚なトリオンの霧で満たされていた。壁一面に埋め込まれた黒いトリオン結晶が怪しく脈打ち、中央の冷たい石床には、有機的なうねりを持つ黒い角の寄生前駆体が、試験管の中で神経組織のように微細に震えている。
「本気か、玄界の。人工の角であっても、我が国の高純度トリオンに適応できねば、脳組織が破壊されてその場で息絶えるぞ」
祭壇の傍らに立つ技術長が、異様な歪みを持つ手術器具を手に、冷酷な目で犬飼澄晴を睨みつけていた。神の国において、角の移植は神の祝福であり、同時に最悪の選別儀式だ。幼少期から適性を認められた血統の者でさえ、適合に失敗して命を落とす者は少なくない。ましてや、成人を超えてなお人工の角さえ持たぬ玄界人への移植など、医学的にはただの自殺行為に等しかった。
「うん、分かってるよ。失敗したら、脳みそが沸騰してそのまま死んじゃうんでしょ?」
手術台の上に横たわった犬飼は、いつも通り少しだけ緩めたネクタイを外し、無造作に椅子の横へ掛けた。その顔には、まるで美容院の椅子にでも座っているかのような、完璧で飄々とした笑みが張り付いていた。
「でもさ、今のおれのトリオン器官、もうボロボロなんだよね。このままアフトの銃を撃ち続けて、じわじわとすり潰されて死ぬのを待つくらいならさ、一発勝負のギャンブルに乗った方が絶対にハラハラして面白いじゃん」
犬飼の瞳の奥にある虚無は、すでに生き残るための計算を完全に放棄していた。彼にとって、二宮隊での完璧な勝利も、ボーダーの規律も、すべては最初から答えの分かっている退屈なチェス盤だった。だが、この神の国が提示する”適合か、即死か”という、神さえも予測できない極端な天秤こそが、彼の空っぽな心を心地よく揺さぶる最高の娯楽だった。
「ハイレイン様からの許可は出ている」
暗闇から現れたミラが、冷たい手触りの窓の影結晶を弄びながら言った。
「犬飼。貴様がただの壊れやすいゴミか、あるいは我がベルティストン家の役に立つ『黒い駒』か……その命で証明してみせろ」
「はーい、了解。完璧に狂ってみせるよ、ミラさん」
犬飼が目を閉じた瞬間、技術長の手によって、黒い結晶状の『角』が彼の前頭部へと突き立てられた。
「_が、…… ッ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
戦闘体ではない。生身の肉体に直接突き刺さる、神経を凝固させるような凄まじい激痛。犬飼の口から、これまでの人生で一度も上げたことのない、獣のような絶叫が迸った。彼の視界は一瞬で真っ赤に染まり、脳の深部へ、ドス黒い異界のトリオンが泥流のように流れ込んでくる。脳細胞が一本ずつ焼き切れていく感覚。意識が遠のく中、彼の冷たい脳裏に浮かんだのは、かつて自分を完璧に支配していた男_二宮匡貴の、傲慢なまでに正しいチェス盤の幻影だった。
二宮さん……。ほら、見てよ……。君の完璧なセオリーじゃ、この痛みは絶対に、計算できないでしょ_
三日三晩続いた高熱と拒絶反応の嵐が去り、犬飼がゆっくりと目を覚ましたとき、地下祭壇の空気は静まり返っていた。
「……信じられん。玄界の肉体が、本当に角の寄生に適応したというのか」
技術長が、震える手でデータ端末を凝視していた。手術台からゆっくりと上体を起こした犬飼の額_その前髪の隙間から、鈍い黒紫色の光を放つ、歪で小さな一本の「角」が、皮膚を突き破って静かに生え伸びていた。神の国の貴族たちが持つ美しく洗練された角とは違う。それはまるで、主人の歪んだ精神性をそのまま形にしたような、不規則で禍々しい形状をしていた。
「……あはは、頭の芯が、割れるようにズキズキするよ」
犬飼は、自分の額に新しく生えた異物を指先でそっと触り、愛おしそうに微笑んだ。その瞳は、これまで以上に透明で、同時に底無しの深淵のような光を宿していた。角が肉体に根付いた瞬間から、彼の体内のトリオン量は、これまでの数倍へと爆発的に膨れ上がっていた。しかし、それは祝福ではない。強大すぎる異界のトリオンが、彼の人間としての肉体と寿命を、内側から凄まじい速度で蝕み始めたことを意味していた。適合はした。だが、それは死へのカウントダウンが、より確実なものとして彼の肉体に刻まれただけに過ぎなかった。
「素晴らしいぞ、犬飼」
謁見の間から通信を入れたハイレインの声には、初めて微かな冷徹な満足感が混じっていた。
「人工の角さえ持たぬ玄界人が、我が国の『黒い角』を飼い慣らすとはな。お前はもはや、ただの拾い物ではない。我がベルティストン家が玄界を、そして他の領主をすり潰すための、最悪の『猟犬』だ」
「どういたしまして、ハイレインさん」
犬飼は手術台から立ち上がり、足元に落ちていたアフトの黒い銃を拾い上げた。新しい角から供給される膨大なトリオンが銃身へと流れ込み、紫色の光が、周囲の空間を歪めるほどの熱量を持って激しく明滅する。
二宮さん。辻󠄀ちゃん。おれの新しい玩具、すっごく強くなっちゃった
彼は、返り血で汚れたボーダーのネクタイを完全に踏みつけ、神の国の黒いマントを強く翻した。自分の命が最終的に耐えきれずに死ぬ、その最悪の結末へ向けて、犬飼澄晴は完璧な笑みを浮かべたまま、神の国の深淵へと完全にその身を沈めていくのだった。
光街 葵
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#染井華
さんま
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すぷりんぐ
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コメント
7件
わあ、もう第6話なんですね。今回のエピソード、心臓がギュッと締め付けられるような展開でした……。 犬飼くんの「完璧に狂ってみせるよ」って台詞、彼の本質が詰まっていてすごく好きです。あの飄々とした笑顔の裏で、自分の命さえも退屈しのぎのギャンブルにしてしまう虚無感。二宮さんの完璧なチェス盤を思い浮かべるところも、彼の歪んだ愛情みたいで切なくなりました。 角が生えた姿、禍々しいのに不思議と美しさを感じる描写が印象的でした。この先、どう転ぶのか……続きが待ち遠しいです!