テラーノベル
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「_っ、ごほ、げほっ……!」
神の国、ベルティストン家の私兵宿舎の一室。深夜の静寂を引き裂くように、犬飼澄晴は洗面台に両手をつき、激しく血を吐き出していた。いや、それは赤黒い人間の血ではない。黄金の光を放つ、ドロドロとした高濃度のトリオン液だった。洗面台の白磁に広がっていく、自分の命の残渣。犬飼はゆっくりと顔を上げ、鏡の向こうの自分を見つめた。前髪の隙間から突き出た黒紫色の角は、移植から数週間を経て、さらに禍々しく、その根を彼の頭蓋へと深く食い込ませていた。角が脈打つたびに、視界の端が真っ赤に染まり、脳の奥を太い針で抉られるような激痛が走る。神の国の最高技術で作られた黒い角。それは犬飼に、常人の数倍という爆発的なトリオン量をもたらした。だが、大人の肉体になってから強制的に異物を植え付けられた代償は、あまりにも重かった。膨れ上がったトリオンの圧力に、犬飼の”人間としての肉体”が耐えきれず、内側のトリオン器官が凄まじい速度で焼き切られ、磨耗し始めていた。緊急脱出のないこの神の国において、トリオン器官の崩壊は、そのまま緩やかな、しかし確実な死を意味する。
「……あはは。本当に、秒読みが始まっちゃったね」
犬飼は、口元に付着した黄金の液体を無造作に袖で拭うと、鏡の中の自分に向かって完璧な笑顔を浮かべてみせた。その瞳は、脳を襲う激痛のせいで血走っていたが、奥底にある虚無は、これまでになくギラギラとした歓喜に震えていた。
ねぇ、二宮さん。辻󠄀ちゃん
頭の芯が割れるほど痛むたびに、かつて地球の、あの夕暮れに染まった作戦室で過ごした退屈な日々が遠ざかっていく。二宮の完璧な戦術。ルールに守られた、絶対に誰も死なない安全なゲーム。あっちの世界にいた頃の自分は、ただの壊れない精巧な人形だった。だが、今の自分は違う。銃を引き金を引くたびに、角が脈打つたびに、確実に死へと近づいていく。この、一歩間違えたらすべてが終わるという圧倒的な生々しさこそが、犬飼の空っぽだった心を極上の刺激で満たしていた。
翌朝、ベルティストン家の謁見の間には、不穏な空気が張り詰めていた。
「犬飼。我が領地と対立するリリオン家が、ついに大規模な軍勢を動かした。今回の戦場は、王都近郊の『灰の平原』だ」
ハイレインが玉座から冷徹に見下ろす。その側近であるミラは、犬飼の額の角から漏れ出る不規則なトリオンのノイズを感じ取り、蔑むように目を細めた。
「お前の肉体の限界は、私たちのデータでもすべて把握している、犬飼」
ミラの窓の影の結晶が、チカチカと冷たく輝く。
「その角の過負荷。お前のトリオン器官が完全に崩壊するまで、あと、一戦持つかどうか、といったところね。次が、お前の最後の戦いになる」
主君からもたらされた、明確な死の宣告。普通なら、絶望し、戦うことを拒むだろう。だが、犬飼はただ、待ってましたと言わんばかりに両手を軽く叩いた。
「へぇ、あと一戦。いいね、最高にハラハラするリミットじゃん」
犬飼は、足元に立て掛けてあった黒い突撃銃を拾い上げた。新しい角から供給される膨大なトリオンが銃身へと流れ込み、紫色の光が、周囲の空間の壁をビリビリと震わせる。
「……ハイレイン様。玄界の諜報部から、極秘の報告が入っております」
ミラが冷酷な微笑みを浮かべ、手元の端末を操作した。
「我が軍を迎撃するため、玄界の遠征部隊が、すでに『灰の平原』の座標へとゲートを開いたようです。……その中には、二宮匡貴と辻󠄀新之助のトリオン反応も含まれています」
その言葉を聞いた瞬間、犬飼の身体が、歓喜でピクリと跳ね上がった。
あはは! 最高のチェス盤が整っちゃったじゃん!
自分の裏切りを知り、完璧なプライドをズタズタに引き裂かれた二宮が、自分を檻に引き戻すために、エゴの怒りを燃やしてやってくる。自分を兄のように慕っていた辻が、絶望の涙を流しながら銃口を向けてくる。そして、その最悪の再会の戦場が、自分の命が尽きる”最期のステージ”になる。
「ありがとう、ハイレインさん、ミラさん。おれ、行ってくるね」
犬飼澄晴は、神の国の漆黒のマントを強く翻した。自分の肉体が、内側から限界を迎えて息絶える、その瞬間まで。かつての仲間たちを巻き込んだ、人生で最もめちゃくちゃで、最も退屈しない最悪のゲームを始めるために、狂犬は完璧な笑顔を浮かべたまま、灰色の戦場へと歩き出していった。
光街 葵
578
#染井華
さんま
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すぷりんぐ
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コメント
3件
ああっ、もうヤバいっす…!犬飼の狂気が最高にキマってるわ。角の代償で死が近づいてるのに、二宮さんたちとの再会を「最高のチェス盤」って笑うとこ、鳥肌立った。自分の終わりをゲームとして楽しんじゃう感覚、たまらん。辻ちゃんがどういう表情で立ち向かうのか、めっちゃ気になる!