今日の薬草学の授業は製薬の実習。
先月採取して乾燥させた薬草を使い、初級の魔力回復薬を作ることになっている。
「ルーリエ草には体内の魔力生成を活性化する作用があります。ヌワラ草は、混ぜると繊維が分解されて水分に溶けやすくなります。そして、サリア草は血流を良くする作用があり、これも魔力生成を助けてくれます」
サイラスが生徒たちに手本を見せ、手順を説明する。
とても手際がよくて、たまに「すりこぎで5分間すり潰した状態のものがこちらです」などとやったりするものだから、ルシンダはなんとなく前世の料理番組を思い出した。
「……さて、これで完成です」
サイラスの解説が終わり、今度は生徒たちが実際に作る番になった。班は薬草採取のときと一緒だ。
さっそく分担して、それぞれの薬草をすりこぎですり始める。ルシンダはヌワラ草をすっていたのだが、変なところに力が入っているのか、すぐに手が痛くなってしまう。
そのせいで何度も手を止めていると、エリアスが見かねたように覗き込んできた。
「うーん、ルシンダ嬢は少しすり方がぎこちないね。こうだよ」
そう言って、上から包み込むようにルシンダの手に触れる。
「えっと、エリアス殿下……?」
きっと効率的なすり方を教えてくれようとしているのだろうけれど、距離が近すぎて戸惑ってしまう。
それに、なんだかどこからか刺すような視線を感じる気がする。
「あの、エリアス殿下、おかげさまでコツが掴めたような気がするので大丈夫です……!」
「そう? それならよかった」
正直、コツなど何も掴めていなかったけれど、とりあえず離れてほしくて分かったふりをする。
でも、そう言えばすぐに手を離してくれたので、やっぱり純粋にすり方を教えてくれようとしただけなのだろう。
好きなことになると、つい夢中になってやり過ぎてしまうのは、誰にでもあることだ。
(ミアがそうだし、私だってそういうところがあるものね)
そんな風に納得し、ルシンダはまたヌワラ草をする作業に戻った。
そうして全員、薬草をすり終えたところで、次の工程に移る。今度は、三種の薬草を調合して精製水を混ぜた後、小さな鍋で煮出す作業だ。
調合はエリアスのアドバイスを聞きながら慎重に行った。そうして適量の精製水を加え、いよいよ煮出しの工程だ。
サイラスから、ここでは火加減が大切だと説明され、ミアが早々に匙を投げる。
「わたしは焼肉で炭を作っちゃうくらい火加減が下手だから、煮出すのはルシンダに任せるわ」
「えっ、私がやってもいいの?」
「だって、わたしがやって失敗したら申し訳ないもの。それに、ルシンダはお料理上手だから安心して任せられるわ」
料理と薬草作りは少し違うような気もするが、自分に任せてもらえるのは勉強にもなるしありがたい。ルシンダは喜んで引き受けることにした。
うっかり目を離して吹きこぼしたりしないよう、火加減と鍋の様子に集中する。
そんなルシンダにエリアスが顔を寄せ、甘い声で囁いた。
「ルシンダは料理上手なんだね。僕も食べてみたいな」
「そうですか……それより、最初は混ぜ合わせずに弱火で五分、でしたよね?」
「えっ……うん、そうだけど……」
期待したのとは違ったルシンダの反応に、エリアスはわずかに顔をしかめた。
「そうやって気を引こうとしても無駄ですよ。この子、授業となると馬鹿みたいに真面目だから」
ミアが何かを見透かすかのように、さらりと言い放つ。
「……」
エリアスが何も言い返せないでいると、ミアがさらに続けた。
「ミイラ取りがミイラにならないように、せいぜい気をつけてくださいね」
「ミイラ? それはどういう……」
「ふふ、こっちの話です。さあ、授業に集中しましょう」
そう言って、ミアはルシンダの横に座り、懐中時計を確認する手伝いを始めた。
それから、ルシンダの頑張りのおかげで無事に煮出しを終え、濾過も完了した。
透明な瓶に移した薬液は、薄い青紫色をしていて、いかにもゲームの回復ポーションみたいな見た目だ。
「出来上がった班は味見してみてください」
サイラスに促され、味見用の小皿に回復薬を注ぐ。
「……なんか、青臭いにおいがするわね」
「ああ、草って感じのにおいだな……」
ミアとサミュエルが味見をためらう中、回復薬の出来を早く確かめたかったルシンダは、勢いよく小皿をあおって青紫色の液体を飲み干した。
「ル、ルシンダ……!」
「大丈夫か……?」
心配そうなミアたちに、ルシンダがグッと親指を上げて見せる。
「……うん、爽やかな味!」
意外にも、口に入れてみるとミントのような爽快感のある味わいだった。それに、体の内側からぽかぽかと温かくなってくるのを感じる。
ルシンダの感想に勇気をもらい、ミアとサミュエルも回復薬を飲み干した。
「えっ、すごい! 血行が良くなったというか、魔力が満ちるのを感じるわ…!」
「たしかに……。この効き目はすごいな」
みんなで大成功を祝っていると、サイラスが様子を見にやって来た。出来上がった回復薬をミアがドヤ顔で手渡す。
「……おや、これはプロの調合師にも引けを取らない素晴らしい出来ですね。よく頑張りました」
「ありがとうございます。エリアス殿下が色々アドバイスをしてくださって……そのおかげです」
「そうでしたか。エリアスくんは本当に優秀ですね。これからもぜひクラスメイトの力になってあげてくださいね」
「はい、もちろんです」
サイラスは優しく微笑むと、別の班のもとへと行ってしまった。
「なんだか、今回の実習で少し自信がつきました。エリアス殿下のおかげです。先生にも褒めていただけましたし、ありがとうございました」
ルシンダが安心したように眉を下げて微笑む。その屈託のない表情を見て、エリアスは爽やかな笑みを自身の綺麗な顔に貼り付けた。
「僕でよければいつでも教えてあげるから、遠慮なく頼って」
「いいんですか? ありがとうございます」
実習中、ずっと感じていた二つの煩わしい視線を無視しながら、エリアスは今後の作戦を一人頭の中で練り始めたのだった。
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