「ルシンダ、準備ができたら言ってくれ」「分かりました、ライル」
魔術訓練の授業中、ルシンダは本日のペアであるライルと向き合いながら魔力を練っていた。
少し前から、授業で複合魔術の基本的な組み合わせを教わり始めたのだが、今日は各自が選んだ組み合わせを練習する予定になっていた。
ペアを組んで魔術を見せ合い、互いに良いところと改善点を伝えるのだ。
「……ライル、行きます!」
「よし、いいぞ」
ルシンダが両手を掲げて魔術を放つ。
大きな水球が弾けて広がり、そこに鋭い雷撃が落ちた。
「……なるほど、ルシンダは水と雷の組み合わせか」
雷撃が消え、水の塊が辺りへ霧散していくのを眺めながら、ライルが呟く。
「はい、私は雷属性が一番得意なので。将来魔物に遭遇したときのために、攻撃魔術のバリエーションを増やしたいなと思いまして……」
ちなみに、今披露してみせたのは図書館で見つけた本に載っていた複合魔術で、多数の魔物が現れた場合に、水を介した感電によって一網打尽を狙うというものらしい。
「たしかにこれはモノにすれば役立つだろうな。広範囲の雷撃は魔力の消費が激しいが、簡単な水球の魔術と併用して攻撃範囲を広げれば魔力の節約にもなるし」
「はい、そうなんです!」
「でも、水の及ぶ範囲をもう少し精密に制御できるようにしたほうがよさそうだ。今のままだと自分や味方までダメージを食らいかねない」
「それはまずいですね……その辺を頑張って練習してみます」
ライルの的確な意見に、ルシンダはまだまだ改善の余地があることに気づく。やはり、誰かに見てもらうのは上達の近道だ。
「ああ、でも全体的には悪くなかった。俺も負けないように努力しないと」
「ありがとうございます。ちなみにライルはどんな複合魔術を練習しているんですか?」
「俺は火と風の組み合わせを使いこなしたくて練習しているところだ」
「ライルは火属性が得意ですもんね。風の魔術は他属性と相性がいいですし」
「そうだな。そのうち他の組み合わせも試してみたい」
風属性の話が出たことで、ルシンダはエリアスに見せてもらった複合魔術のことを思い出した。
「あ、そういえば……前にエリアス殿下が風属性と氷属性を組み合わせた雪嵐の魔術を見せてくれたんですけど、とても実用的で便利そうでしたよ」
「……エリアス殿下か」
エリアスの名前を出した途端、ライルは急に黙り込んでしまった。不思議に思って顔を覗き込むと、真っ直ぐな瞳を向けるライルと視線が絡む。
「ルシンダは、エリアス殿下と最近よく話しているようだが、仲がいいのか?」
ライルからの思わぬ問いかけに、ルシンダはぱちぱちと瞬く。
「エリアス殿下と……? ええと、仲がいいのかと言われると、悪くはないと思いますけど……。どうかしましたか?」
「いや、なんでもない──こともないか……。正直に言うと、彼がお前に馴れ馴れしく接触しているのが面白くないと思ってる」
「え……?」
さらに予想を外れたライルの言葉に、ルシンダは何も言えない。
「頭では分かってるんだけどな。ラス王国とマレ王国では文化も違うし、お前が嫌がってるわけじゃないなら俺がどうこう言うことじゃないって。でも、黙っていられなかった。俺だってお前に……触れたいのに──」
ライルが何か訴えた瞬間、近くで「ビュウゥ!」と突風が吹いた。どうやら、どこかのペアが風の魔術を使ったらしい。
(風の音のせいで、ライルの最後の言葉が聞こえなかった……)
けれど、目の前のライルはなぜか若干恥ずかしそうな顔をしていて、なんとなく聞き返しづらい。
(どうしよう、何か大事なことだったのかな……。”俺だって、お前” までは聞き取れたんだけど……)
これは自分の全推理力をかき集めて、なんとかその先を導き出すしかない。きっと、直前の言葉に大きなヒントが隠されているはずだ。
(ライルは、私がエリアス殿下とよく一緒にいるのを不満に思っているみたいだったよね……)
ついさっきのライルの言葉を思い返しながら、ルシンダはハッとした。
(俺だって、お前の友達なのに……?)
もしかして、ライルはそう言いたかったのではないだろうか。
仲良しの友達が複数いると、よく「◯◯ちゃんと一番仲がいいのは私なんだからね!」などとやきもちを焼いて一人の子を取り合うというような話を聞いたことがある。
前世ではそんなに仲の良い人もいなかったので、いまいち信じていなかったけれど、ありがたいことに友人の多い今世では、そういったこともあり得るかもしれないと思う。
それにしても、ユージーンやクリスが妹の奪い合いをするのは日常茶飯事だし、アーロンも最近妙に親友アピールをしているように思っていたが、ライルがこんな態度を見せるのは珍しい。
(もしかすると私、ライルに対して友達らしい振る舞いがあまりできていなかったのかも……)
それを知ってほしくて、恥ずかしい思いをしながらも、こうして訴えてくれたのかもしれない。
たしかに、聖女となってしまってからは光の魔術の訓練で忙しく、最近は薬草学や複合魔術への興味も膨らんできて、ライルと他愛ないお喋りを楽しむような、友人同士のふれあいも減っていたように思う。
まじまじとライルを眺めていると、少しだけ気まずそうな顔で見つめ返された。
「……困らせてしまってたらすまない」
本当は言うつもりではなかったことを言ってしまったとでもいうような、ライル自身も戸惑っている様子だった。
そんな彼の姿を見て、自分も誠実に応えなければとルシンダは決意した。
「……いえ、私も大切なことを見失っていたようです」
「大切なこと?」
「はい、ふれあい不足だったと反省しました」
「ふ、触れ合い……?」
ライルが驚いたように目を見開く。
「はい、ライルも足りないと思っていたのですよね?」
「いや、まあ、そうなんだが……。でも、これは俺の勝手な欲で……」
なぜかライルが動揺し始め、遠慮がちに尋ねてくる。
「その、俺と触れ合うのは嫌じゃないか……?」
「もちろん、嫌だなんてことありません。これからはちゃんとしますから、ライルもまた足りないと思ったら、いつでも言ってくださいね」
ルシンダが微笑みながら答えると、ライルも嬉しそうに破顔した。
「ありがとう。自分で言っておきながら、そういう返事がもらえるとは思わなかった」
「ふふ、なんですかそれ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
「……じゃあ、これからは、たまにでいいからこうして触れ合うのを許してくれ」
そう言ってライルがルシンダの頭を優しく撫でる。
(ん……!?)
ライルからの急なスキンシップに内心驚きながら、ルシンダはある一つの可能性に思い当たった。
(あれっ、ふれあうって、まさかそういうこと……!?)
ライルとの間で何か重大な行き違いが発生しているのではないかという不安を感じ始めたルシンダに、ライルが心底幸せそうに微笑みかける。
「そろそろ練習を再開するか。今なら何でもできそうな気がする」
(ど、どうしよう……今さら誤解だなんて言い出しづらい……)
上機嫌で複合魔術の練習を再開するライルとは対照的に、ルシンダは人知れず冷や汗を流すのだった。
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