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大人しくネストからお呼びがかかるのを待っていると、落ち着いたノックとともに訪ねてきたのは、執事のセバス。
「失礼します」
それを気にすることなく、コクコクと水を飲むミアを横目に、セバスは大きく咳ばらい。
「ゴホン……。九条様。単刀直入にお伺いしたい。お嬢様とはどういったご関係で?」
「ブーーー! ゲホッゲホッ……」
真剣な表情で突拍子もない事を言うセバスに、盛大に水を吹き出し、むせたミア。
慌ててテーブルに置いてあった布巾でそれを拭き始めるが、セバスはそれに目も暮れず、俺から視線を外そうとしない。
飯の準備が出来たから呼びに来た――くらいの認識だったので面食らったが、セバスが冗談を言っているようには見えなかった。
俺とネストの関係……。言われてみると微妙な位置取りである。
パーティを組むほどの冒険者仲間とは言えず、友人というほど一緒にいるわけでもない……。そもそも友人というのは、どこからが友人なのだろうか?
出会ってから今までを、一から説明するのは骨が折れる……。
「秘密を共有する程度の関係――ですかね」
「ブーーー!」
ミアが湿った布巾をテーブルに戻し、もう一度水を飲もうと口に含んだ瞬間。俺の答えを聞き、またしても水を吹き出してしまったミア。
やはりセバスはそれを気にせず、顔をしかめただけである。
「やはりそうでしたか……。しかし九条様。あなたはお嬢様に相応しくない! どうしてもと言うなら、元シルバープレート冒険者であるワタクシを倒してからにしてもらいましょう! 旦那様不在の今、家を守るのは執事の務め!」
どうしてこうなった……。
真っ直ぐに俺を見据えたセバスの瞳。武器は持っていないが、その構えは格闘技経験者を彷彿とさせる。
やる気は十分だが、明らかにセバスは勘違いをしている。まずは誤解を解かなければ。
「いや秘密とは言いましたが、セバスさんの思っているような事ではなくて……」
「問答無用! いざ参る!」
「【|呪縛《カースバインド》】」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
四方から現れた無数の鎖がセバスを拘束すると、驚くほどの悲鳴を上げる。
それが聞こえたのだろう。バタバタと複数の足音が近づいて来る。
「どうしたの! 九条!」
盛大に扉を開けて入ってきたのは、ネスト。その後にメイドたちがぞろぞろと続く。
状況は見ての通りといったところだが、俺の説明をネストはすぐに信じてくれた。
「申し訳ございませんでした―――!」
セバスは、ネストに向けて見事な土下座を披露する。
「謝るのは私の方じゃなくて、九条の方でしょ?」
「申し訳ございませんでした―――!」
セバスは土下座したまま、器用に向きを変えた。
「まさか魔法書探しをお手伝いしてくださった方とは思わず、つい……」
つい、で人を攻撃しようとするんじゃない。というか、ネストもちゃんとその辺を説明しておけ……。
「ごめんなさい、九条。許してやって頂戴。悪気があったわけじゃないと思うの」
「いえ。俺の方こそ勘違いさせてしまうようなことを言ったようで申し訳ない……」
部屋にはカガリもいたのだ。
下手をすればカガリに襲われるかもしれないというリスクを背負ってまで、俺に向かってきたのは、それだけネストの身を案じているからだろう。
そこは評価してあげてもいいんじゃないだろうか。
ただ、ちょっと早合点が過ぎるのは難点だと思うが……。
ミアがベッドで横になっているのは、寝ているわけではない。
うつ伏せで顔は見えないが、肩のあたりをプルプルと震わせているところを見ると、笑いを堪えているだけだろう。
傍から見れば、コントのような状況。こちらとしては溜息しか出ないのだが、楽しそうでなによりだ。
「そうだ九条。湯あみの準備が出来たから、お先にどうぞ。そのあと夕飯にしましょう」
セバスを引きずり部屋を出て行くネストを見送ると、ミアは涙を拭い体を起こした。
「あー面白かった」
「ミア……。お前なぁ……」
「お兄ちゃんも悪いよ。あんな言い方するんだもん」
「魔法書の事とかダンジョンの事とか、どこまで言っていいのかわからなかったんだよ。仕方ないだろう。ネストとバイスは仲間かもしれないが、俺とネストは違うだろ? 友達ってわけでもないし……」
ミアは腕を組み、小首をかしげて考え込む。
「うーん……確かに……」
「まあ、誤解は解けたんだ。その話はよそう。そんなことより風呂だ風呂。いくぞミア」
「うん!」
ミアがベッドからピョンと飛び降りると、当たり前のように繋がれる手。
「あ……カガリは……。まあ、湯舟につけなきゃ大丈夫か」
当然、風呂も凄かった。めちゃくちゃ広いし、壁についたライオンの口からお湯がドバドバと勢いよく出ている光景は、アニメや漫画の世界でしか見たことのない物である。
湯舟にはなにかの赤い花びらが散りばめられ、いい香りがあたりに立ち込めていた。
貴族スゲーな……。という語彙力を忘れたかのような感想しか出てこない。
なにが楽しいのか、ミアは一生懸命ライオンの口を塞ぎ、お湯を堰き止めようとしていた。
恐らくその行動に深い意味はないのだろう。
「さて、カガリを洗ってやるか」
「ダメ! 私が洗うの!」
今やカガリの世話は全てミアの仕事だ。
俺がやりたくないわけじゃない。ミアが率先してやってくれているのだ。
といっても、やることはそう多くなく、ご飯の用意とお風呂、そしてブラッシングくらいなもの。
カガリのことを甲斐甲斐しく世話するミアの姿は、妹の面倒を見るお姉ちゃんのようで、俺はそれを微笑ましく思うと同時に、本当の家族のようにも見えていた。
風呂から上がると、着替えの代わりに置いてあったのはバスローブ。
しかし子供用のサイズがないのか、ミアの所に置いてあった物も大人用でぶかぶかだ。
それに着替えて脱衣所を出ると、メイドの一人が食堂へと案内してくれた。
歩きづらそうに裾をズルズルと引きずるミアを、ただ見ているわけにもいかずに抱き上げる。
「お姫様抱っこがいい!」
という謎の注文に辟易としながらも言う通りにしてやると、ミアは満足そうに俺を見上げていた。
食堂には二十人くらい座れそうなデカくて長いテーブル。
白いテーブルクロスは新品同様で、等間隔に置かれている花瓶と燭台が華やかさを演出していた。
その片隅に俺、ミア、ネストの三人で座ると、次々に料理が運ばれてくる。
見た目にも鮮やかでおいしそうな料理ではあるのだが、テーブルマナーを思い出しながら食べていたので、正直味にまで気が回らなかった。
しかも、食事中ずっとセバスが後ろに立って見ているのだ。気になって仕方がない。
カガリに出されていたのは、厚さ十センチ位の極上ステーキ。それは最早ブロック肉だ。
え? それ食うの? と、誰もが思っただろう。皆が注目する中、カガリは誰にも憚れることなく、それを全て平らげていた。
「九条。明日の午後、ギルドに行くから」
それを聞いてミアの食事の手が止まる。
「ん? どうしたの?」
「いえ……なんでもない……です……」
笑顔が消え、若干影を落としながらも食事を続けるミア。
ネストにミアの事を話しておくべきか迷ったのだが、ネストも深くは聞いてこなかったので、口を噤んだ。
フィリップはミアが死神と呼ばれていたことを知っていた。であれば、ネストが知っていてもおかしくはない。
食後のミアは落ち込んだ様子であまり元気がなく、カガリもそれを感じたのか、ミアが眠りにつくまでずっと寄り添っていた。
俺はミアが眠ったのを確認してから、起こさないようゆっくりとベッドを脱出し、こっそり着替え始める。
「主?」
「カガリ。俺はちょっと散歩に行ってくる。その間ミアを頼んだぞ」
「わかりました」
音がしないよう扉をゆっくり開けると、そっと部屋を出て行く。
屋敷の正面玄関の階段まで来ると、一人のメイドに声をかけた。
「すいません。ちょっと散歩に――外出したいのですが大丈夫ですか?」
「かまいませんが……。こんな夜更けにですか?」
「ええ」
「では、こちらをお持ちください」
メイドがポケットから取り出したのは、赤い宝石のついたペンダントのような装飾品。
「こちらはアンカース家の客人としての印になります。なにかありましたら、こちらを見せれば大丈夫ですので」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取ると、王都の闇へと繰り出した。