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「…これも、これも全部……!」
地方にある、築40年の古びた団地。
カビ臭い一室で、俺は床に這いつくばりながら、狂ったようにバッグを漁っていた。
手に取るものすべてが、安っぽい合皮の質感を露呈している。
メッキの剥げた時計、ロゴだけが本物らしい財布。
これまで俺を彩ってきた「一流の証」は、すべて美咲がすり替えたのか、それとも最初から……。
いや、そんなはずはない。俺はエリートだ。
港区の高級マンションに住み、200万の時計を巻いていた男だ。
「クソ…ッ、美咲のやつ、よくも……だが、俺にはまだ、大学時代の親友や、可愛がってきた後輩たちがいる。あいつらに頼めば、再就職先くらい……」
そうだ、人脈だ。
俺がこれまでどれだけ周りに飯を奢り、格の違いを見せつけてきたと思っている。
震える手で、かつての仲間たちが集まるSNSのグループチャットを開いた。
そこは俺が「今夜は三つ星レストランだ」「またロレックスを買い替えた」と投稿するたび
称賛と羨望のスタンプで溢れかえっていた場所だ。
俺は必死に呼吸を整え、余裕を装ったメッセージを打ち込んだ。
『みんな、久しぶり。実はちょっと家庭の事情で急に転職することになってさ。誰か、役員クラスで俺を引っ張ってくれるやついないかな? 年収1500万くらいなら妥協するよ』
送信ボタンを押す。
すぐに既読がついた。
しかし
期待に胸を膨らませた俺に返ってきたのは、想像していたものとは正反対の「拒絶」だった。
『佐藤、お前……マジで言ってるのか?』
『ニュース見たぞ。経費横領で懲戒解雇って、業界でもう有名だぞ』
『おまけに、お前の奥さんの実家、あの「⬛︎⬛︎不動産」なんだってな。業界の重鎮を敵に回して、雇う奴なんていないだろ』
視界がぐにゃりと歪んだ。
指先が氷のように冷たくなる。
『え……? なんで、それを……』
『なんでって、お前の奥さんがさっき、このグループに「これまでの感謝」として動画を投稿したんだよ。お前が浮気相手と楽しそうにワインを飲んでる、あの監視カメラの映像をな』
心臓が跳ね上がった。
急いでログを遡ると、そこには美咲からの、あまりにも丁寧で、あまりにも残酷な「ご挨拶」があった。
【主人が皆様に多大なるご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。主人は今後、自身の身の丈に合った生活を送るため、一切の虚飾を捨てる決意をいたしました。皆様も、彼の『本当の姿』を温かく見守ってあげてください】
俺の全身から血の気が引いた。
俺が一番恐れていたこと───
「見栄の崩壊」が、最も見せつけたくない連中の前で完璧に成し遂げられていた。
「最低のクズ」「詐欺師」「二度と関わるな」
画面の中では、かつての「友人」たちが次々と俺を罵倒し、グループを退会していく。
「あああああ! 美咲! あいつ、あいつううう!」
俺は絶叫し、スマホを畳に叩きつけた。
その時、静まり返った部屋に、不吉なインターホンの音が鳴り響いた。
同居していた母親が怯えながらドアを開けると、そこには数人の男たちが立っていた。
「佐藤透さんですね。リカさんという女性からの被害届、および、勤務先からの業務上横領の容疑で、任意同行を求めます」
「は……警察? な、なんで……俺はただ、少し……」
「詳しい話は署で聞きましょう。あと、この実家の土地についても、銀行からの申し立てで本日、正式に差し押さえの手続きに入りました」
差し押さえ?実家まで?
膝の力が抜け、俺は古びた団地の玄関で腰を抜かした。
抵抗する気力も湧かないまま、ゴミ袋のように警察官に引きずられていく。
ふと見ると、足元にあの茶封筒が落ちていた。
俺が美咲に「十分すぎる」と投げ捨てた、月5万円の、薄っぺらでボロボロの給料袋だ。
俺はそれを、縋り付くように必死に握りしめた。
俺に残されたのは、もうこれしかないのだ。
#不倫
#離婚