テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
取り調べ室の無機質な白い壁が、透をじわじわと追い詰めていた。
「……ですから、あれは接待だったんです。僕は会社のために…」
「佐藤さん、往生際が悪いよ。相手の女性、リカさんだっけ?彼女の供述とは正反対だ」
「彼女は『自分は御曹司だと嘘をつかれ、結婚を餌にブランド品を何点も買わされた』と言っているよ。立派な結婚詐欺の疑いだ」
刑事の声はどこまでも冷たい。
透はガタガタと震えながら、必死に頭を回転させていた。
しかし、彼が頼みにしていた「嘘の城」は、すでに根底から崩れ去っていた。
「さらに、君の銀行口座の履歴。……これ、何だ?」
刑事が突きつけたのは
会社からの給料とは別ルートで入金されていた、奇妙な大金の記録だった。
「……っ!」
透の顔が、さらに土気色に染まる。
実は透、経費横領だけでなく
会社の重要な顧客リストを競合他社に売り渡して「裏金」を作っていたのだ。
彼が月5万という過酷な生活を私に強いていたのは
私に贅沢をさせないためだけでなく
自分の「不自然な支出」を隠し、裏金をすべて自分の遊興費に充てるためだった。
───────────────
───────────
その頃
私は父の事務所で、弁護士の先生からその報告を受けていた。
「美咲さん。ご主人の闇は、想像以上に深かったようです。顧客情報の流出は、会社にとっては致命的な背信行為。これは単なる横領では済みません。実刑も免れないでしょう」
「……そうですか」
不思議と、涙は出なかった。
あんなに好きだった人の面影は、もうどこにもない。
そこにあるのは、見栄と虚飾にまみれた「空っぽの怪物」の残骸だけだ。
すると、私のスマホが震えた。
警察署から、透が「妻にだけは会わせてくれ」と泣きついているという連絡だった。
私は、最後のお別れをするために、接見室へ向かった。
アクリル板の向こう側に現れた透は、見る影もなくやつれていた。
あの高級時計も、パリッとしたスーツもない。
支給された薄汚れたスウェット姿で、彼は私を見るなり、板を叩いて叫んだ。
「美咲!助けてくれ!俺が悪かった!全部白状するから、お前の親父さんの力で、告訴を取り下げさせてくれ!このままだと、俺は刑務所行きだ!」
「透さん。あなたは私に『月5万でやりくりしろ』って言ったわよね」
「……え?」
「刑務所の中なら、家賃も食費もかからないわ。あなたが大好きな『究極のやりくり』ができるじゃない。あなたの身の丈に、これほどぴったりの場所はないわよ」
「……何、を…お前、正気か!? 俺は夫だぞ!」
「いいえ。もう、他人よ」
私はカバンから、透が判を押さざるを得ない状況で署名させた、離婚届の控えを見せた。
「あなたの実家の借金も、顧客リスト売却の損害賠償も、すべてあなた一人が背負ってね。さようなら」
私が席を立とうとすると
透は発狂したようにアクリル板を殴りつけ、警官に取り押さえられた。
「美咲! 美咲ィィ! 待て、置いていかないでくれ!なあってば…っ!!おい!!!」
叫び声が響く廊下を、私は一度も振り返らずに歩いた。
足取りは驚くほど軽かった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#不倫
#離婚