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ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
「いててて……。マジで肩の筋おかしくしたかもしれねえ……」
同接二十万人という、とんでもない大観衆が見守る3Dコラボ生配信。
その開始わずか数分で、四十肩を炸裂させてうずくまった俺は、ピチピチの黒タイツ(モーションキャプチャースーツ)の腹を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がった。
画面の中の超絶美青年アバターも、痛む右肩をさすりながら立ち上がる。
その、およそ美青年らしからぬ『完全なおっさんムーブ』に、チャット欄はすでに大爆笑の渦に巻き込まれていた。
『あはははっ! ルシフェルさん、大丈夫ですか? まだ配信始まって五分ですよ!』
アリスの3Dアバターが、心配するような(完全に面白がっている)声で駆け寄ってくる。
「うるせえ。俺の関節はな、何十年も一切運動してないんだよ、急に動かしたら悲鳴を上げるに決まってんだろ」
俺が憎まれ口を叩くと、アリスは「じゃあ、少し体をほぐしましょうか!」と、とんでもない提案をしてきた。
『せっかくの3Dステージなんですから! 今から私のオリジナル曲を流すので、それに合わせて一緒に踊ってみましょう!』
「……は? おど、踊る?」
俺の心臓が、四十肩とは別の意味で嫌な音を立てた。
『はいっ! 振り付けは簡単です! 私の動きを真似して、ステージを右に左にピョンピョン跳ねるだけですから!』
『うおおおおおお!!』
『ルシフェル和尚のダンスキター!!』
『あの顔で踊るとか絶対かっこいいだろ!!』
『いや、中身四十歳だから放送事故の予感しかしないww』
リスナーたちが、狂喜乱舞してコメントを打ち込む。
逃げ場はない。
「……わ、わかったよ。ちょっと跳ねるくらいなら、なんとか……」
俺が渋々頷くと、スタジオにアップテンポでキラキラしたアイドルソングが鳴り響いた。
『いきますよー! さん、はいっ!』
アリスが、軽やかなステップでステージを右へ左へと飛び跳ねる。
「くそっ、右! そして左! 腕を振って……っ!」
俺は、腹周りのタイツの強烈な締め付けに耐えながら、見よう見まねでステップを踏み始めた。
画面の中の美青年アバターは、スタプロの最高峰のモデリング技術のおかげで、俺の泥臭い動きを、ある程度『スタイリッシュなダンス』に変換してくれていた。
『おおっ!?』
『意外と動けてる!!』
『普通にカッコよくて草』
『顔が良いから何しても様になるなww』
チャット欄に、驚きと称賛の声が上がり始める。
「へ、へへっ……! 見たかお前ら! やればできるんだよ、俺だって……!」
俺は調子に乗り、少しステップの幅を広げ、アリスに合わせて大きく腕を振り上げた。
しかし。
その『奇跡』は、長くは続かなかった。
曲が一番のサビに突入し、ダンスのテンポが速くなった、その時。
「……ぜぇっ……! はぁっ……!」
俺の口から、突如として、不気味な破裂音のような呼吸が漏れ始めた。
『……ん?』
『なんか今、変な音聞こえなかった?』
「はぁっ……! ぜぇっ……! くそっ、足が……足が上がらねえ……ッ!」
開始から、まだ十分。
だが、四十歳のなまった肉体は、すでに限界のサインを出していた。
リングのフィットネスゲームで死にかけた、あの忌まわしい記憶が蘇る。
港区のスタジオの空調は完璧に効いているというのに、俺の黒タイツの中は、滝のような汗でドロドロになっていた。
「ぜぇぇ……っ! ひゅーっ……、はぁぁ……っ!」
マイクが、近すぎる。
俺の顔に装着された、数十万円は下らない超高性能なヘッドセットマイク。
それが、俺の喉の奥から絞り出される『酸欠になった中高年の、生々しすぎる喘ぎ声』を、一切のノイズクリアを挟まずに、全世界にクリアな音質で配信してしまっていた。
『…………』
『ヒィィィィッ!!』
『おっさんの息遣いキツいwwww』
『やばいやばいやばい! ガチで苦しそうww』
『美青年から出てる音じゃない!!』
『ASMR(四十歳の酸欠)』
「む、無理ぃ……っ! アリス、曲……止めてくれぇぇ……っ!」
俺は完全にステップを忘れ、膝に両手をついて、その場で激しく肩で息をし始めた。
画面の中の美青年も、膝に手をつき、肩を上下させている。
ただの『休憩ポーズ』ならカッコいいのだが、そこに合わさる音声が完全に『マラソン大会で倒れかけたおじさん』なのだ。
『あはははははっ!』
アリスはダンスを踊りながら、腹を抱えて大爆笑している。
『和尚、息! 息の音が全部マイクに入ってます! 気持ち悪いですよ!! あははははっ!』
「う、うるせえ……っ! こっちは、ガチで、酸素が……っ!」
俺の視界がチカチカと点滅し始めた。
「だ、ダメだ……。立って、られねえ……っ」
ドサァァァァッ!!
ついに俺の膝が砕け、港区のスタジオの固い床に、全身タイツのまま顔面から崩れ落ちた。
モニターの中の超絶イケメンも、糸が切れたマリオネットのように、ステージ上にバタリと倒れ伏す。
「はぁ……っ、はぁ……っ、酸素……。だれか、酸素カプセル持ってきて……っ」
『死んだwwwwww』
『開始10分で心肺停止wwww』
『スタミナGの男』
『アバターの無駄遣いにも程があるだろww』
『ジェミニ先生ー!! 救急車!!』
二十万人のリスナーが、腹を抱えて笑い転げているのが、目に見えるようだった。
トップアイドルと、超絶イケメンの3Dコラボ。
そんな夢のような企画は、俺の『四十歳の劣化した心肺機能』によって、ものの見事に粉砕されたのである。
すると、画面の右端から、あの見慣れた極彩色のエフェクトが、嵐のように吹き荒れ始めた。
『スパチャ:10,000円(おっさん死ぬな!! 医療費だ!)』
『スパチャ:50,000円(酸素ボンベ買ってこい!!)』
『スパチャ:10,000円(労災申請の足しにしてくれww)』
『スパチャ:5,000円(ルシフェル様の美しい死顔に乾杯!)』
『スパチャ:50,000円(インボイスの登録料! 強く生きて!)』
「……や、やめろぉぉぉ……っ!!」
俺は、スタジオの床に這いつくばったまま、最後の気力を振り絞ってマイクに向かって絶叫した。
「だから! 何度言ったらわかるんだお前ら!! 医療費(スパチャ)を投げるな!!」
『喋ったwww』
『死にかけでも税金のことは忘れない男』
「俺は今、息をするのも辛いんだぞ!! なのに、お前らがスパチャを投げるたびに、俺の脳内で『来年の消費税の計算』が始まって、余計に寿命が縮むんだよォォォ!!」
俺の悲痛な叫び声が、スタジオにこだまする。
「スパチャを一万投げられたら、手取りは七千円! でも消費税の計算は一万円ベースなんだぞ! お前らの愛(金)が重すぎて、俺の肺が、俺の胃袋が、そして俺の財布が完全にぶっ壊れちまうんだよォォ!!」
『あはははははっ!!』
ガラスの向こうのオペレータールームから、スタッフたちの大爆笑が漏れ聞こえてくる。
アリスも、もう立っていられないのか、ステージの上にペタンと座り込んで肩を震わせていた。
『やばい……っ、お腹痛いっ……! ルシフェルさん、最高すぎます……っ!』
「最高じゃねえ! 俺は本気で苦しんでるんだ!! 誰か、鈴木さん(市役所)を呼んできてくれぇぇ!! この消費税の暴力から俺を助けてくれぇぇ!!」
息切れでハァハァと喘ぎながら、税金への怨嗟を世界に向けて喚き散らす四十歳。
顔は神のように美しいのに、中身は絶望的に泥臭い。
この異常すぎるギャップこそが、同接二十万人を熱狂させる『ルシフェル和尚』の真骨頂だった。
俺の3D受肉配信は、もはやアイドルのステージではなく、資本主義と老いに抗う男の『公開処刑ショー』として、伝説の歴史にその名を刻むことになったのであった。
コメント
1件
もう冒頭から腹筋崩壊したわw 神みたいな顔のアバターから「ぜぇっ…はぁっ…」って四十歳の酸欠呼吸が流れてくるの、情報量ヤバすぎる。しかも死にかけても消費税の計算が脳内で始まるって、そこまで現実で笑わせにくる?w スパチャ医療費に「投げるな!!」って絶叫するところで完全に持ってかれた。笑いながら読んだ。次回も楽しみにしてます!