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「ガッチマンさん、これ。ここのお酒、フルーティーで飲みやすいんですよ。はい、どうぞ!」
「お、ありがと。おー、本当だ。うまいね、これ」
「ですよね! あ、少し襟が曲がってますよ……直しますね」
「ん? ああ、ごめんごめん」
甲斐甲斐しく酒を注ぎ、隙あらば服に触れ、絶妙な角度でガッチマンの顔を覗き込む。
牛沢はそれを真正面から、無言で、冷めた視線で見つめていた。時折、若手と視線がぶつかるが、相手は薄く笑ってすぐにガッチマンの方を向く。それは「あなたはただの『付添人』でしょう?」と言わんばかりの、露骨な黙殺だった。
牛沢の心の中では、苛立ちが黒い渦を巻いていた。だが、隣でニコニコと「へぇー、詳しいんだねぇ」「本当、君は気が利くね」と褒めちぎるガッチマンを見ていると、ふと、毒気が抜けるような、虚しい感覚に襲われた。
(……待てよ。……端から見れば、ただの『懐っこい後輩』と『面倒見のいい先輩』の微笑ましい光景なのか、これ……?)
ガッチマンがあまりにも自然にそれを受け入れ、下心を感じさせない態度で接しているせいで、必死に警戒している自分だけが「考えすぎな自意識過剰男」に見えてくる。
もしかして、自分の嫉妬が、この光景を歪んで見せているだけなのだろうか。
そう思いかけた、その瞬間だった。
若手がおもむろに、ガッチマンのグラスに自分のグラスを軽く当て、甘ったるい声で爆弾を放り込んだ。
「ガッチマンさーん。僕、ずっと思ってたんですけど……。ガッチマンさんって、牛沢さんと僕、どっちの方が好きですか?」
空気。
凍りついたのは、牛沢の方だった。 前言撤回。やっぱりこいつ、ただの懐っこい後輩なんかじゃねぇ。
牛沢は箸を置き、その若手を射抜くように睨みつけた。どっちが好きかなんて、冗談の範疇を超えている。
言われた当人は気が付かないだろうが、これが暗黙の告白。言うなれば「仕事と私、どっちが大事なの?」だ。
「えっ? うっしーと、君?」 ガッチマンは、ポカンとして若手の顔を見た。
「どっちって……種類が違うでしょ。うっしーは友達だし、君は……」
「えー、そんな逃げ方ダメですよ! 『男として』、どっちが好みか教えてください。僕、本気でガッチマンさんの特別になりたいんですから」
若手が、確信犯的な笑みを浮かべてガッチマンの腕に指を絡める。 牛沢は、テーブルの下で拳を硬く握りしめた。
先輩への態度を改めろと言いたいところだが、ガッチマンの答えが聞きたい自分もいた。
きっと答えなんて決まっている。十年以上の付き合い、数え切れない日々を共にしてきた絆。
けれど、ガッチマンがこの状況で「うっしーの方が好きだよ」と答えたとしても、それは友情の延長線上の答えでしかない。
逆に、ここでガッチマンがいつもの 全肯定を発揮して「君も素敵だよ」なんて言おうものなら、自分はここでこのテーブルをひっくり返してしまうかもしれない。
牛沢は、熱くなった頭で、ガッチマンの次の言葉を待った。 自分を縛り付けている「友達」という言葉が、最強の盾になるのか、それとも残酷な鎖になるのか。その答えが出るのを、牛沢は呼吸を止めて見守った。
「ええ……? 『男として』って……。それ、恋愛的な意味でってこと?」
ガッチマンは眉をひそめ、困ったように首を傾げた。そして、あろうことか隣の若手ではなく、目の前で凍りついている牛沢の顔を、申し訳なさそうに見つめる。
「いや、それは……さすがにうっしーが嫌がるだろうからさ」
「…………は?」
牛沢の口から、掠れた声が漏れた。
おそらくガッチマンの理屈はこうだろう。 「牛沢と自分は、清廉潔白な『親友』という絆で結ばれている。そんな自分たちが、第三者から『どっちが男として好きか』などという色恋の土俵に上げられることは、硬派な牛沢にとって不快でしかないはずだ」。
(……俺が、嫌がる……?)
牛沢は心の中で、崩れ落ちるような感覚に襲われた。
まっさきに名前を出されたことで「俺を選ぶのが前提」であることは、確かに揺るぎない事実として提示された。けれど、俺を選べないその理由は「俺に気を遣っているから」だという。
(ほんっと!!……何も、分かってないんだなガッチさん。)
やり場のない絶望と、あまりの鈍感さへの脱力感。牛沢は何も言えず、ただ手元に残っていた温くなったビールを、一気に煽る。
表情に出さないのは、もはや彼に残された最後の意地だ。
しかし、このガッチマンの的外れな配慮を、若手は驚くべきポジティブさで利用した。
「あはは!そうですか、牛沢さんが嫌がるなら、ガッチマンさんは牛沢さんのことは選べないってことですね? じゃあ、消去法で僕ですね!」
「えぇ? なんでそうなるの?」
「僕ならガッチマンさんに好きって言われても全然嫌じゃないし、むしろ大歓迎ですから! よし……僕、もっと頑張りますね!」
若手は「やった!」とばかりにガッチマンの腕をぎゅっと抱き込み、これ見よがしにくっついた。牛沢への勝利宣言とも取れるその態度に、ガッチマンは「何を頑張るの」と、まるで子供の戯言を聞くような優しい顔で笑い、またお酒を口に運んでいる。
牛沢は、その光景をただ、黙って見つめることしかできなかった。
「頑張る」と宣言した若手の熱意も、それを無邪気に笑って受け流すガッチマンの残酷なほどの善良さも。
(頑張る、ね。……俺の横に十年以上いて、何も手出しできない俺が、一番バカみたいだな……)
ガッチマンの横顔は、居酒屋のオレンジ色の照明に照らされて、いつも通り穏やかな笑顔をしていた。
自分はその笑顔を守るために、これからも嫉妬を飲み込み、若手の猛攻を特等席で眺め続けなければならない。
牛沢は空になったグラスを見つめ、心の中で、深く溜息をついた。
宴もたけなわ、酒が回りきった若手の視線は、もはや隠す気もないほど熱を帯びていた 。
ガッチマンは頬を少し赤くして、ふわふわとした足取りでトイレから戻ってくる。若手はその瞬間を逃さなかった。座ろうとしたガッチマンの腕を引き寄せ、一気に顔を近づける。
「ガッチマンさん……もう、僕、我慢できません。……一回だけ、いいですか」
若手の唇が、ガッチマンのそれに触れようとした、その刹那。
「……あ、ダメだよ。そういうのは」
ガッチマンは、酔っているとは思えないほど的確な動作で、若手の肩をガシッと掴んで制止した。その顔には、先ほどまでの柔和な笑みはなく、大人の余裕と、どこか冷徹なまでの一線が引かれていた。
「酔ってるねぇ、でもそういう大事なことは、君の本当に大事な人としなよ」
「……っ、だから! 僕にとっての『大事な人』は、ガッチマンさんなんですってば!」
若手は必死に食い下がり、もう一度顔を寄せようとする。思わず牛沢は立ち上がり、割って入ろうとしたが、それより早くガッチマンの鉄壁が発動した。
「あはは、ありがと。でも俺、君の『大事な人』にはなれないから。……ほら、うっしーが怖い顔して見てるし、そろそろ帰ろうか」
ガッチマンは、若手の告白を「後輩の熱烈な懐き」という箱に力技で押し込めると、そのまま店を後にした。
夜の冷たい空気が、熱くなった頭に突き刺さる。酔っ払って引き止めてくる若手を強引にタクシーに押し込み、ようやく二人きりになった夜道。
「……ガッチさん、ああいうのは断れるんだ」
「え? なにが?」
ガッチマンは、街灯の下でふらりとよろけながら、肩を少しぶつけてくる。
店であれほど冷たく若手を跳ね除けた男が、今は自分に対して、無防備の極みのような姿を見せている。
「あいつ、本気でキスしようとしてたじゃん。…それ断ってたでしょ」
「うーん…だって、酔っ払っておっさんとキスしたとか可哀想だし…。あと、うっしーが横にいるのに、他の奴とそんなことするわけないじゃん」
ガッチマンは、悩ましい籠もった声で呟いた
その言葉に、牛沢の心臓が跳ね上がる。期待。けれど、すぐに続く言葉が、その期待を無残に打ち砕く。
「ふふ……だってぇ、うっしーに嫌われたら、俺、明日から活動できないもん!これ、スタジオでスタッフに言いふらしちゃったヤツねw」
「…言ってたねぇガッチさん」
酔っぱらいの戯言なんてことは百も承知なのにどうしてこんなに心臓がうるさいんだろう。
いつも惑わされてばっかりだ。
牛沢は、よろけながら肩に腕を回してきたガッチマンを支えるように腰に手を回した。
店での鉄壁のガード。そして、自分にだけ許されたこの無防備な重み。ガッチマンにとって、自分は恋愛対象ではないからこそ、誰よりも近く、誰よりも信頼できる聖域なのだ。
(……俺もあれぐらい頑張れたらいいけどな。どうせ無理だけど)
心の中で毒づき、牛沢は彼を背負い直し、一歩一歩、噛み締めるように夜道を歩き出す。
誰にも譲れないこの重みを独り占めできる幸福に、牛沢はまたしても屈服してしまうのだった。
ガッチマンの自宅。玄関の明かりは薄暗く、二人の混じり合ったアルコールの匂いと、重い呼吸の音だけが狭い空間に満ちていた。
牛沢は、壁に体を預けてフラフラとしているガッチマンを支え、中へ押し込むようにして送り届ける。
「……ん〜。ありがと、うっしー。助かったわぁ……」
ガッチマンは、焦点の定まらない瞳でふにゃりと笑った。
いつもなら、ここで「じゃあな」と背を向けるはずだった。
けれど、店での若手との攻防、そして自分にだけ向けられる無防備な信頼が、牛沢の胸の奥で濁りのように溜まっていた。
牛沢は、出ていこうとした足を止め、ゆっくりと、逃げられないようにガッチマンを壁へと追い詰めた。
「……うっしー?」
戸惑う声も無視して、顔を近づける。
数ミリ。唇が触れそうな、互いの吐息が熱く混じり合う距離。
ガッチマンの瞳の中に、動揺して揺れる自分の顔が映っている。
心臓の音がうるさくて、どちらのものか判別がつかない。
そのまま数秒、時間が止まったかのように見つめ合った。ガッチマンは、店で見せたあの鉄壁の拒絶を見せない。ただ、驚いたように瞬きを繰り返し、牛沢を見つめ返している。
「…………後輩のは拒んだのに。俺は、拒まないの?」
牛沢の声は、自分でも驚くほど低く、震えていた。その問いに、ガッチマンの頬がカッと赤く染まる。彼は視線を泳がせ、喉を小さく鳴らした。
「……っ、う、うん……そうだよね……。……ごめん、ちょっと、近すぎ、かな……」
ガッチマンは、そう絞り出すように言うと、おぼつかない足取りで壁伝いに、牛沢から一歩距離を取った。
拒絶ではない。純粋な動揺だろうか。少し酔った頭では判断がつかない。
牛沢は、宙に浮いた自分の手のやり場を失い、自嘲気味に口角を上げた。
「……なんだ、友達になら、こんなこともできんのか。……ガッチさんは」
「え……?」
「…………なんでもない。……おやすみ」
牛沢は、それ以上ガッチマンの顔を見ることができず、逃げるように背を向けて玄関のドアを閉めた。
外の空気は、痛いくらいに冷えていた。 あんな至近距離まで迫っても、ガッチマンは自分に対して「男」としての危機感を持たなかったのだろうか。
いや、持てなかったのか。
「牛沢が自分にそんなことをするはずがない」という、あまりにも強固な信頼という名の断絶のせいで。
(……何してんだ俺、…あー最悪、酔ってんな…….)
牛沢は、夜の街を一人歩きながら、深く、深く後悔の溜息を吐き出した。 その息は白く濁り、ガッチマンへの届かぬ想いと共に、静かに闇へと消えていった。