テラーノベル
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薬局の奥にある事務所のPCで出勤の指紋認証を終えた後、会社からの連絡メールのチェックをする。その後、分包機の掃除をしようと立ち上がったら、フワッっと目の前が一瞬暗くなった。倒れる前にその場へうずくまり、症状が落ち着くのを待つ。半日の勤務だからと思ったけれど、思ったよりも貧血の症状がひどいのかも。
「おはようございます」
里美の明るい声が聞こえて、足音が近づいてきた。その足音が途中でパタパタと早くなる。
「先輩どうしたんですか?」
「ごめん、ちょっと、貧血でクラッと目眩が……」
「少し待ってくださいね。今、隣に連絡します」
そう言って、里美は電話をしながら、心配そうな瞳を向ける。
「先輩、隣の先生が診察時間前に診て下さるって、行きましょう。先輩、立ち上がれますか?」
「うん、大丈夫そう。心配かけてごめんね。隣の病院には一人で行ってくるよ。里美には店舗の事、お願いしてもいい?」
ゆっくりと立ち上がり、お財布に保険証が入っているのを確認して隣の病院へ向かった。受付で保険証を提出し、問診票に記入して、顔見知りの事務員さんに渡すと、直ぐに内科へ入るように案内してくれる。
待合室で既に待っている患者さんたちに申し訳ないなっと思いながら、内科の診察室のドアに手を掛けた。
「おはようございます」と診察室のドアを開けて ”あっ”と思った。
そうだ、内科の先生、院長先生から三崎君になったんだ。
問診票に体重とか入っている。
うわー!体重がバレちゃう。でも、これは、治療なんだから……。
と必死に自分に言い聞かせた。
問診票に昨晩倒れたことも書いたせいか、三崎の表情が硬いように見える。
仕事中の顔なのかも、私はオフの穏やかな顔しか知らなかったんだ。
問診で症状を確認された後に採血をすることになって、腕にゴムを巻かれた。そして、血管を浮かせるために三崎君の指が私の腕をなぞる。
なんだか普段の採血よりもドキドキとして、自分の腕に注射の針が刺される瞬間までも凝視してしまった。
採血が終わり、貧血症状を見るために三崎君の手がスッと私の顔に伸びてくる。温かい指先が顔に触れ、下瞼をクッと下げた。状態を見ているってわかっているのに知っている男性とこんなに近い距離は、健治以外になかったから、変に緊張してしまう。
「はい、口を開けてください」
と、三崎は、アイスの棒のような舌圧子(へら)を手に持っている。
口の中を見られるのもなんだか恥ずかしい。
次に、首筋のリンパを確認のために三崎君の指が、首筋に触れる。耳の下から肩口まで、指がだんだんと移動していく。
そして、聴診器で胸の音を確認するために、カットソーの襟元に、少し冷たい聴診器が当てられる。
恥ずかしさと緊張で、あり得ないぐらいに早くなっている心臓の鼓動を聴診器を通して三崎君に聞かせている。
なんだか、ヘンに意識してしまって別の意味の目眩を起こしそう。
三崎君は、軽く咳払いをした。
「胸の音もキレイですね。喉も腫れていません。今日は、鉄剤とビタミン剤を処方しておきます。次回、検査結果でお薬が変わる場合がありますが、処方箋をだしますね」
と、お医者さんとしての対応をしている。
自分ばっかり、色んな意味で恥ずかしい感じがする。
「ありがとうございました」
廊下に出るとさっきまで冷たくなっていた顔が今は火照っている感じがする。頬に手を当てるとやっぱり熱い。
デモ、デモ、ただの内科の先生じゃないんだよ。同級生だよ。
いろいろ恥ずかしいのは仕方がないことだよね。
私、変じゃないよね。
胸に手を当てると、まだ心臓がドキドキしている。深呼吸をしてから受付に行って、お会計をし、処方箋を受け取ると急いで店舗に戻った。
店舗に戻って調剤室の扉を開けると、薬剤がずらりと並んだ棚の前で、里美が処方箋片手に薬のピッキングをしていた。
「ごめんね。ありがとう」
「あっ、さっきより顔色が良くなりましたね」
里美に笑顔を向けられ、恥ずかしくて顔が火照った自分としては、妙な後ろめたさを感じる。
「おかげさまで。処方箋をもらったから後で確認して」
「了解です」
土曜日という事もあって、普段仕事で来られないサラリーマンなどが定期薬を貰いに来たりと、平日よりもたくさんの患者さん来ている。それこそ目のまわるような忙しさで午前中の業務が終了した。
やっぱり、急に休んだら迷惑を掛けるところだった。
体調もだいぶ戻ったし、無理をして出勤して良かった。ちょっと、恥ずかしい思いをしたけど、病院に行って検査もしてもらったから安心だ。
事務員さん達が帰った後、自分が貰った処方箋をPCで入力して、薬をピッキングする。薬を里美に確認してもらい、お会計分のお金を支払う。
「先輩、気持ちが辛いのが体に出ているんじゃないですか?」
「うん、そうかも……」
思わず本音が漏れてしまった。でも、こんな話は事情を知っている里美としか話せない。
「辛かったらいつでもウチに来てくださいね」
「ありがとう。里美に話を聞いてもらっているから随分気持ちが楽だよ」
その言葉に里美が切なそうに微笑む。
「先輩、浮気をする男なんて、信じちゃダメですよ」
「里美……」
私の手の上に里美の手が重ねられた。女の子の柔らかい手が私の手を包み込む。
長いまつ毛に縁どられた子猫のような瞳が私を見つめる。
近い距離に里美から漂う甘い香りが濃く感じた。
一瞬、唇に柔らかい感触を感じる。
「待って、いますよ。先輩」
蠱惑的な瞳が私を誘っていた。
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腐女子の栗