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「昔はよく一緒に寝たね。先生、覚えてる?」
「も、もちろん。忘れたことなんかないよ。ずっと、睦月君がどうしていたのか、心配だった。元気で暮らしていて欲しいって思っていたよ」
ドキドキしながらも、正直な気持ちを伝えた。
「先生…」
更にぎゅっと抱きしめられた。あああ…どうすればいいの…。
「お休みのキス、しよっか」
「えっ……」
「だめ?」
「だ…ダメじゃない……ひゃんっ」
首筋に唇が当てられた。
「んっ」
じゅっときつく首筋を吸われてしまった。脳髄が痺れ、おかしな感覚になっていく。
「できた」
先ほどまでかじりつかれていた首筋に、睦月君が細い指を這わせる。なんだかとても淫らな気持ちになって、顔から火が出るほど赤くなって、どうしていいのかわからなくなった。
「お休み、先生」
睦月君は私の額にチュッ、と軽いキスを落として離れてくれた。すぐ近くに睦月君の綺麗な顔がある。手を伸ばせば、触れられる距離に。
目が合ったので睦月君が微笑んでくれた。ドキン――……胸が高鳴る。
「眠れない?」
「ええ。ちょっと…意識がある状態で添い寝なんて、緊張するから……」
「だったら先生、少しお喋りする?」
「ええ。睦月君が今までどうしていたのか、よかったら教えて欲しいな」
ドキドキを悟られないように、気持ちを落ち着けながら話した。この至近距離をなんとかしたいものだ。
「8年は長かったよね。僕、先生にずっと会いたいって思っていたんだ」
「私もだよ。風の噂で天川家が夜逃げしたって聞いて、もう睦月君に会えないのかと思ったら…すごく、悲しかった」
「先生、ありがとう。心配してくれて」
「だって……睦月君と私はもう家族じゃない。いなくなったら悲しいよ」
「……そうだね。もう、どこにも行かないから。先生を置いて行ったりしない。だから先生も、僕を置いて行かないでね」
「約束」
私は小指を差し出した。睦月君と小指を絡めると、すごくくすぐったい気持ちになった。
はあ……これでようやく2日目が終わるのね。これから先も、うまく契約妻をやっていけるのかな。
翌日。睦月君と一緒に朝食を終え、準備を整えてお迎えにきていただいた車に乗り込んだ。まさかとんでもない値段の指輪が左薬指にはめられることになるとは、夢にも思わなかった。
「佑里香さん、この指輪いいと思うよ」
「お客様こちらはいかがでしょうか?」
「ああ、これもいいね。着けてみて?」
「こちらもお似合いになるかと」
「いいね。ぜんぶ欲しいくらいだ」
銀座の高級ジュエリーショップへやってきた私たち。店内ではなくVIPルームで商品を並べられ、ソファーに座りながらの試着。睦月君は店員さんが持ってきたものを片っ端から見ている。
「佑里香さんはどれがいい?」
「あ……ええと……」
睦月君の圧がすごすぎて、指輪を選ぶどころではない。
「気に入ったのある?」
「えっと……」
いろいろ着けて見たけれど、シンプルでプラチナのお値段がこの中でもいちばんかわいいものがいいかと思ったんだけれども…。
「佑里香さんの白魚のような手には、細身のプラチナリングよりも、ダイヤモンドが入っている指輪の方がいいと思うよ!」
フルエタニティリングという、全面ダイヤモンドが加工して埋め込まれているプラチナの指輪を薦められた。小ぶりのもので100万円越え、そして大ぶりのものだと300万円以上ッ……!
圧倒的な値段のすごさに頭痛がした。
「わ、私はこの普通のシンプルなもので……」
ダイヤが入っていない至ってシンプルなデザインを指した。それでもン十万円。なぜこんな値段が高いの!?
うちの定食が何回食べられると思っているのよ睦月君!!
「もうすでにひとつもらっているから……」
ピンクゴールドの大粒ダイヤモンドが乗った指輪については、恐らく、大物女優とかが着けていらっしゃるクラスのアイテムと見た。だから私が想像しているより1ケタ多い金額のものだと思う。調べるのが怖いから、見ていないけれど。
「佑里香さん。指輪のことだけれど、僕は何個でもプレゼントするって言ったよ?」
「ううん。本来ならひとつだけでいいもの。でも、もらった指輪じゃずっと身に着けられないから買いに来たのに…。宝石が付いていたら、気になってしょうがないよ。なにもないシンプルなものにして欲しい。旦那様にせっかくもらった指輪を、傷つけたり失くしたりしたくないの。お願い…」
「そう? 佑里香さんがそう言うなら、そうしよう」
睦月君は納得してくれたようで、ほっと胸をなでおろした。シンプルで宝石はなにも付いていないお揃いの指輪を買って、待っていていただいた車に乗り込んだ。
「先生、手、出して」
「あ、はい」
左手を差し出した。
「し、失礼します」
やや硬く緊張した声で睦月君は言った。「はめるね?」
「ありがとう」
簡素なやり取りをしたのち、先ほど購入した指輪をはめてもらった。
「これでもう先生は僕のものだからね。水島さんが来ても愛想振りまいちゃだめだよ?」
「えっ、それはどういう意味……」
「きっとあの人、先生のこと狙ってる。普通の男だったら、指輪のことなんて聞かないもん」
「そ……そうかな……」
「そうだよ。先生は隙が多いんだから、ちゃんとガードしておいてね」
「わかりました」
くすくす笑って言ったら、睦月君はちょっとムッとしたような顔を見せた。素直だし、やっぱりまだ子供だ。かわいい一面がちゃんと残っている。
笑っているとルームミラーからこちらの様子を窺(うかが)っている運転手の男性と目が合った。先ほど挨拶してくださった、大脇潤さんだ。
とても鋭い目線だな。私は目が合ったので軽く運転手の男性に頭を下げた。
「奥様、指輪、よくお似合いですよ」
一瞬理解ができなかったが、のち、私のことを言っているのだと気が付いた。
奥様…そっかそうだよね。睦月君と結婚したんだから、彼は旦那様になって私は『奥様』になるわけだもんね。そう呼ばれるのは当たり前なのに、感覚がまだついてこれずになんだか恥ずかしくなってしまい、返答に困った。
「潤。先生に余計なことを言ったらゆるさないからね。絶交だよ」
「余計なことなんかいちいち言いませんよ」
「ほんとうかな」
ジロリと睦月君が彼を睨んでいる。私のことを”先生”と呼ぶってことは、少なからず睦月君の事情を知っているということになる。仲もよさそう。
「無事、初夜を済ませられたようでなによりです」
彼の視線はミラー越しに私の首筋に注がれていた。あれ、なにか付いているのかな?
「っ…突然、なにを言うんだよ潤ッッ!!」
睦月君はめちゃくちゃ焦っている。「余計なこと言わないでって言ったよね!! あっ、ホラっ、もう折り紙着いたよ! 僕も学校へ行くから、先生お仕事頑張ってね!」
気が付くと店の前だった。大脇さんが笑いを堪えながら折り紙の前に停車してくれた。
「睦月君、わざわざ送ってくれてありがとう。大脇さん、お手数をおかけしました」
「いえいえ。奥様のためならお安い御用です」
ぺこりとお辞儀をして車を降りた。
さあ、今日もお仕事頑張りますか――!