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共犯者〜報酬はお前〜

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共犯者〜報酬はお前〜

102 - 第30章 三つの願いとたった一つの許し -4

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2024年10月02日

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*****


それから一週間。

馨は食事もままならず、塞ぎ込んでいた。仕事こそ何とかこなしていたが、いつ倒れるかと心配になるほどだった。

だから、気分転換になればと、久し振りに平内との食事に送り出した。

その間、俺は自分のマンションに帰り、軽く掃除をして、郵便物のチェックなどをした。持って来たスーツケースに追加の着替えを詰め、馨のマンションに帰ったのは二十二時を少し過ぎた頃だった。

玄関には馨の靴があるのに、リビングは暗い。ベッドにも馨の姿はなかった。浴室にも。


どこに行った……?


家の中を見て回り、最後に俺の部屋のドアが少しだけ空いていることに気がついた。電気はついていない。

「馨……?」

馨は眠っていた。俺の布団で。俺がいつも着ているスウェットを握りしめて。

『愛している』なんて言葉より、愛を感じた。

俺は馨のそばに腰を下ろし、彼女の髪に触れた。指で、すく。

「ゆ……だいさ……」

暗くて馨の目が開くのが見えなかった。

「飲み過ぎたか?」

髪に触れている手に、馨の手が重なる。温かい。馨は俺の手に頬ずりし、掌にキスをした。

指先がヒヤリとした。

「馨……?」

「雄大さん……」

別の指先もヒヤリとして、勘違いではないとわかった。

「馨?」


泣いてる……?


「どうした?」

「スーツケースが……ないから……」

声が震えている。

「……出て……行っちゃったのかと……」

反射的に、俺は馨を抱き寄せた。

きつく、抱き締める。

堪らなかった。

桜とのことでも、馨は泣かなかった。傷つくばかりで、泣いて感情を吐き出すことはなかった。

その馨が、俺が出て行ったのではと、泣いている。

「そんなわけないだろ」

ワイシャツが、馨の涙で湿っていく。

「そんなんで泣くなよ」

馨の腕が伸びてきて、俺の腰をギュッと抱き締めた。

「そばにいて……」

暗闇の中、二人きり。

「……一生」

静寂の中に、二人きり。

「一生?」

欲しいのは、たった一人。


「私と、結婚して——」


暗闇で、良かった。

男泣きなんて、柄じゃない。


*****


広すぎて落ち着かないからと、馨が俺のマンションに引っ越してきた。以前とは、違う。馨はマンション帰る場所を残さなかった。会長は結婚祝いにくれると言ってくれたが、馨は桜が大学を卒業するまでの費用に充てて欲しいと言った。

会長と社長は、俺を社長候補として発表すると言ったが、保留にしてもらった。

『専務秘書』の仕事を気に入っていた。

いずれ、子供が出来て馨が仕事を辞めるなり休みを取る時に備えるつもりではいる、と話したらわかってもらえた。

俺の両親も、諸手を挙げてとはいかなかったが、認めてくれた。

会社を辞めて、馨の秘書になったことに呆れ、反対するだけ無駄だとわかってくれたらしい。

約束通り、立波会長が後援会長になってくれたお陰で、父さんの入閣は確実のようだ。

姉さんも平内も、泣いて喜んでくれた。

平内は宇宙展を成功させ、佐々さんと並んで部長候補に名前が挙がっているらしい。

「そう言えば、婚姻届はいつ出す?」

馨からの逆プロポーズから三週間。

引っ越しと挨拶回りを終えて、久し振りに家でまったりしていた。

今日は、馨の誕生日。

ホテルで食事でも、と考えていたが、馨が家でのんびりしたいと言った。

すっかり幸せボケしていた俺は、久々に背筋が寒くなった。

忘れていたわけではないが、何となくタイミングを逃していた。

「前に書いたのに、日付を入れるだけだよね?」

「まだ……持ってるのか?」

「うん」

馨はパタパタと寝室へ行き、見覚えのある箱を持って来た。

俺の隣に座って、一緒に持って来た鍵で箱を開けようとした。

「その前に——」

俺は慌てて箱の上に手を乗せた。

「俺の誕生日プレゼントのこと、憶えてるか?」

「願いを三つ叶えてくれるってやつ?」

「違う」

「一つだけ無条件に許す、だっけ?」

「そう」

何を許してほしいかは『馨の願いを二つ叶え終わった時に言う』と言ってあったが、まだ言っていなかった。

「今、許してもらいたい」

俺の切羽詰まった表情に、馨の表情も硬くなる。

馨は箱の鍵をテーブルに置いて、背筋を伸ばした。

「なに?」

俺は箱から手を離し、足取り重く寝室へ行き、鍵のかかった引き出しから封筒を取り出し、戻ってきた。

それを、馨に差し出す。

「なに?」

「許してほしいこと」

馨は封筒の中から用紙を取り出して、広げた。

「戸籍謄本……?」

馨は言葉を失い、口をパクパクさせた。

本当に、馨はいつも期待を裏切らない。

「な……、なん……」

ハッとして顔を上げた馨は、戸籍謄本を放り投げて、テーブルの上の鍵で箱を開けた。封筒を取り出し中身を確認する。

そこに入っているはずの婚姻届は、ない。

「どうして!」

俺は足元に落ちた俺の戸籍謄本を拾い上げた。

つい数か月前までは空欄だった『婚姻』の欄。今は『配偶者氏名』に馨の名前が載っている。『婚姻日』は、帰国した馨に会いに行き、貪るように愛し合い、拒絶された日。

「どうやって——」

俺は箱を手に取り、馨の手の封筒を入れた。封筒の口が箱から少しはみ出るように。鍵を掛け、はみ出た封筒の口を引っ張る。

実際には、封筒の口から中の婚姻届だけを引き抜いた。

「信じられない! 最初っから——」

「ごめん!」

俺は素直に謝った。

「悪かったと思ってるってこと?」

「いや……、まぁ……?」

「なにそれ!」と、馨がクッションを振り下ろした。

俺は直撃を避けようと、手でガードする。

「どうしても! お前が欲しかったんだよ」

「だからって——」

「ホント、ごめん!」

馨の手からクッションを奪い、放り投げた。

「後悔はしてないけど……、ごめん」

「結婚記念日……、雄大さんの誕生日にしたいな、とか思ってたのに……」と、馨が唇を尖らせる。

俺は、その唇にチュッと音を立ててキスをした。

「ごめん」

「一緒に出しに行きたかったのに!」

もう一度、キス。

「ごめん」

「一生、許さないから!」

三度、キス。

そして、馨を抱き締めた。

「一生、謝るよ」

「じゃあ……、いい……」

「ん」

これで、ようやく、馨を『妻』と呼べる。

それが、堪らなく嬉しかった。

「ふふ……」と、馨が笑った。

「雄大さんが『夫』かぁ……。なんか……——」

そう言って、馨は俺の服に顔を擦りつけた。

「なんか?」

「嬉しい————」

俺は馨の肩をグイッと押し離した。

最近の馨は、よく泣く。

泣くだけでなく、よく笑うし、よく怒る。

きっと、本当の馨は感情も表情も豊かなのだろう。自分の立場や環境のせいで、物分かりのいい優等生を演じていただけで。

「俺も嬉しいよ、『奥さん』」

馨の涙を指で拭う。

「あれ? そう言えば、結婚してたんなら、立波リゾートに入社した時の書類とかどうなってたの? 税金とか保険とか……」

「ああーーーーー」


今、気づくかな……。


「会長と社長に頼んで、ちょこっと——」

「会長と社長は知ってたの!?」

「総務から、手続きに時間がかかるって言われてなかったか?」

「言われてたけど……」

俺はリビングのチェストの引き出しから、自分の財布を取り出した。外側のファスナーポケットから、カードを取り出す。

『槇田馨』の保険証。

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