テラーノベル
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十分ほど経っただろうか。加藤がポケットに忍ばせた指を、ほんの一瞬だけ止めた。
その直後、図書室の奥のパソコン端末が、微かに電子音を鳴らす。利用者のいないはずの席。だが、画面が一瞬だけ明るく点滅した。
(……偶然か? いや、これは――)
俺は本の表紙に視線を落としたまま、耳を澄ます。奥の席に座るのは、古い参考書を抱えた男子生徒。目は本に落ちているが、左手はキーボードにかかっていた。
――あれは入力というよりも、短い指令を打ち込む動きに見える。
背後の気配が、ほんの僅かに動いた。誰かが入ってきて、二列奥の棚に消える。姿は見えない。だが靴音の軽さと間合いの取り方で、そいつが“図書室に馴染みすぎている”ことがわかる。
加藤は気づいていないふりをして、相変わらず奏と会話を続けている。しかし会話のリズムが、僅かに変わっていた。
(加藤は、なにかの合図を待っているのか……。調べようにもこのタイミングで動けば、俺の存在を裏に確定させるだけになる)
喉の奥に重いものを押し込み、椅子を静かに引いた。あくまで自然な足取りで通路を抜け、入り口近くの返却カウンターへ向かう。
図書委員が不在のカウンター越しに、俺は視界の端で奥の端末を盗み見る。画面には、一瞬だけ現れた数字と英字の羅列。そして、すぐに黒い画面に戻る。
(暗号化メッセージ……やはり繋がっている)
息を殺して視線を戻すと、加藤のポケットの中の手が止まっていた。そして、ほんの僅かに口元が緩む。まるで、望んだ答えが返ってきたとでも言うように。
俺は返却棚に本を置くふりをして、心の中で次の一手を組み立てた。
(加藤を抑えるのは簡単だ……だが、繋がっている“向こう側”を炙り出すなら――なんとかして奏を巻き込まずに、もっと大きな網を張る必要がある)
加藤の指先が、ズボンのポケットの中のスマホを軽く叩く。
奏にはまだ言わない。しかしながら、この図書室で得たものは充分だった。
(次は……向こうが油断した瞬間に、全部引きずり出す)
静寂の中、時計の針が一つ音を刻んだ。その音は、俺にだけ届く号砲のように響いた。
そして俺は、次の戦場を見据える。
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