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図書室を出る加藤と奏の背を、少し距離を取って追った。
奏が振り返る素振りはない。きっと今も、加藤との会話を装いながら、警戒を解いてはいないはずだ。
校舎を抜け、夕焼けに染まった渡り廊下を通る。あのあと奏と分かれた加藤は一定の速さで歩き、決して急がない。だが時折、ポケットの中で指を僅かに動かす――図書室でも見た、あの癖だった。
(通信か……それとも無意識の合図か)
加藤はそのままグラウンド脇を抜けると、人気の少ない裏門へ向かった。部活帰りの生徒がちらほら通る程度で、視線を逸らしていればヤツは目立たない存在になる。
適度な距離をとって尾行しているが、加藤は一切振り返らない。尾行を警戒している様子も見せない。
裏門から出て、住宅街の細い路地に入る。通学路から外れたこの道は、夕方でも人通りが少ない。
――こういう道を選んだのは、偶然ではないだろう。
俺は曲がり角で足を止め、わざと一拍置いてから追いかける。角を曲がった瞬間、視界の先に加藤の姿はなかった。
(……やるな)
足音を殺して、周囲を探る。すぐにわかった。右手の駐車場の影――そこに加藤が立っていた。
加藤はポケットからスマホを取り出し、誰かと会話していた。その表情は、図書室で見せた柔らかい笑みなど欠片もなく、冷たく研ぎ澄まされている。
「……了解。次の指示は?」
低く抑えた声。無駄がなく、従順な兵士のような響きを耳が捉えた。相手の声は聞こえない。だが、加藤の頷き方には、慣れた服従の色があった。
(……やはり、“裏”がいる)
やがて加藤はふたたび歩き出し、雑踏に紛れながらビルの影へと消える。その直前に、ポケットの中で指を二度叩いた。小さな仕草にすぎない。だがそれは、ただの癖ではなく――明確な「合図」だった。
ビルの隙間は夕方だからこそ薄暗い。外のざわめきが急速に遠のき、足音すら吸い込まれていく。
その奥に立っていたのは、白シャツ姿の人物。逆光に隠れた顔ははっきりしないが、立ち姿には奇妙な既視感があった。
加藤がその人物に近づき、声を潜める。
「……計画……予定どおり」
「……奏……監視は……」
断片的な単語だけで、全身の血が凍る。
白シャツの人物が小さく笑い、加藤の合図に応じるように一歩前へ出る。光に微かに浮かんだ輪郭――短く整えられた髪に細い顎。
(……コイツは、いったいどこの誰だ――)
脳内の記憶を辿って人物の照合をする前に、加藤の視線がこちらに動いた。俺は反射的に背を向け、通路を離れる。心臓の鼓動が耳を塞ぐほど大きく響き、冷たい汗が背を伝った。
慌てて駅前の喧騒へ紛れ込んだ途端に、あの輪郭が脳裏に焼きついて離れない。偶然ではない。あれは必然だ。
(次に会うときは――必ず正体を暴く。そして、そのときこそ……決着をつける)
決意が心の奥で重く鳴り響く。その音はもう、退路を許さないものだった。