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「コトちゃん、ご飯だよ」
ギィ、と鈍い音をたててドアが開く。部屋の中は暗く光は入ってこない。いつも通り、電気をつけていないのだろう。
このままでもいいのだが、それじゃあ食べさせる時に怪我をする可能性がある。食事の乗ったトレーを下に置き、電気のスイッチを探す。
「(えーっと、…ここだ)」
「…っ!?やめてっ!!!」
押そうとした瞬間、それを阻止する声が部屋中に響き渡る。ミコトは手を止めて声をした方に顔を向ける。
「…コトちゃん?」
そこには、見慣れた数々拘束がついている、ミコトが世界で最も愛し、救世主とし服従する、彼女のコトコがいた。
「えと…どうしたの?」
「とにかく電気はつけないで。あと近ずかないで。拘束外して。」
「注文が多いなぁ…」
コトコはどうやら焦っている様で。
電気をつけないはまだしも、近ずかないではメンタルにダメージが結構強い。その上拘束外せという無茶ぶりな要求までしてきた。
なぜそこまで必死なのだろう?
「(何か見られたくないものがあるのかな…?)」
長い前髪をかき分け、じっと彼女を見つめる。暗い中でもキレイな顔は霞むことなくハッキリ見える。そして…上には…耳?
「……猫耳!?!??」
「うるさいっ!!!!!!黙れ!!!!」
驚かないのに無理は無い。つい前夜には無かった猫耳が、コトコの頭に生えているのだ。
反射的に声に出してしまった事で、コトコの顔が一気に険しくなる。電気を付けないで、といったのは、猫耳が生えているのを気づかれたくなかったからなのか。
「え、え、触っていい?」
「近づくなら噛むわよ!!」
ミコトが猫耳を触ろうと近づくと、コトコは逃げてしまう。いつもの動きずらそうな感じはどこにいったのか、と言うほど動きが俊敏になっている。
流石にこれ以上追いかけるのはミコトも疲れる。
なら見るだけでも、と思い、コトコがスイッチから離れている時を見計らって近づき、押して電気を付ける。
「はぁ!?!」
パッ、と部屋が明るくなる。髪が邪魔だが、隙間から見える彼女は、さっきよりは全体がよく見える。もちろん猫耳も。
驚いた様子で、腰が抜けている。まさか今更電気を付けられるとは思っていなかったのだろう。
髪色に似た、黒味が強いグレーで、外側になるにつれ薄いグレーになっていてグラデーションが綺麗。毛はモフモフしていて、上に立っている。それに時々ピクピク動く。
「…か、可愛い……すっごく可愛いよコトちゃん…」
「黙れ!見るな!」
必死に隠そうとしているのだけれど、両手は拘束され、足は固定されているため、猫耳を隠せるものは無い。
それをコトコ自身も理解しているようで、次第に隠すのをやめてこちらを威嚇している。
「…可愛いね……とっても可愛い…」
ミコトはそう言いながら、ゆっくりと近づく。猫耳が生えた最愛の人に近づくなと言われて、近づかない者がいるだろうか。
コトコには悪いが、ミコトは何を言われようと近づくタイプだ。
結局、さっきの追いかけっこで体力を使い切ってしまったコトコは、逃げることが出来ず、元々は反対側の壁にいたミコトに、自分の体の近くまで近寄られてしまった。
「…なによ」
「可愛いね、すっごく可愛いよ」
ミコトはしゃがんで、座っているコトコと目線を合わせ、猫耳をじっくりと見る。…何時間だって見ていられる。
「いい加減しつこいわよ」
「あ、ごめん」
見すぎたせいか、小言を言われる。顔は真っ赤で、ミリも抵抗してこないので、説得力は無いが。
…にしても可愛い。見てこんなに幸せな気持ちになれるなら、触ることが出来たら、死んでも悔いがないかもしれない……。
ミコトの中で、触りたい、という欲求が強くなる。どうにかして触らせてくれないものか。
「(…今、コトちゃんいつもより照れてるから、下からお願いすれば触らせてくれるんじゃないかな……?)」
頭の中でそうよぎる。いや、ただ照れてるだけで、言ってみたら物凄く怒られるかもしれない。けれど、触ってみたいのだ。触りたくてしょうがない。…一か八かで提案してみるか。
「ねぇ……コトちゃん、お耳、触らせてくれない?」
「…っ、なんで」
「とっても可愛いから、触りたいな。ダメかな。…今、見てるだけでも僕、不安が無くなるの。だから、その耳に触れたら、きっと、このあと数日はいい気持ちで過ごすことが出来るんだ。ダメかな?」
コトコは、か弱いミコトにはすぐに負ける。自分が救ってあげないといけない様で、冷たくすることが出来ないから。
だからミコトはそこに漬け込む。今にも泣きそうな顔を作り、彼女と目を合わせる。コトコは困った顔をして、少し間が空いた時、口を開く。
「……そこまで言うなら…いいわよ」
「ほんと!?ありがとう!」
目を逸らし、小さな声で彼女は了承する。ミコトはさっきとは打って変わった態度で喜ぶ。許可はきちんと貰ったので、早速猫耳に触れる。
フワフワしていて、手触りがいい。
尚且つ、撫で回す事にコトコが反応してくれる。
「かわい……かわいいよ…コトちゃん」
外側を撫で回した後、内側も指で優しく撫でてみる。それを繰り返していると、コトコが自分に寄りかかってくる。胸元に顔をうずめて、隠そうとしているのか。それをお構い無しに撫で続ける。
「っ…はっ……ひゃっ……」
「かわいいね…かわいいよ…愛してる…」
耳元で囁く。すると分かりやすく体が震えて、とっても可愛い。ずっと触ってたい。見るのもいいけど、触るのはもっと良い。幸せになれる。ここに来るまでにあった不安が、今では全然ない。
「もっ、もう…まんぞくした…でしょ」
ストップされる。外した腕から見えたコトコの顔は、部屋に入った頃の険しい顔からは想像できないほど真っ赤になっている。
彼女の言う通り、ミコトは猫耳を好き放題出来て大満足。幸福感に浸っている。
「うん。とっても可愛かった。」
「……」
そういうと、照れて顔を背けてしまう。そんな所も、ミコトの彼女の好きな部分だ。
部屋の中では静寂が続く。それを破ったのはコトコだった。
「……お腹空いたから、食べさせてよ」
「あっ、忘れてた、冷めてないかな?レンジで温められるかな?」
ミコトは猫耳のことに夢中で、当初の目的を忘れていた。そうだ、最初はご飯食べさせるために来たんだった、と切り替える。立って外に出ようとするが、まって、と呼び止められる。
「…冷めてても大丈夫。貴方が食べさせてくれるだけで美味しいから。」
「……コトちゃん…!!」
さっきので照れて素直になっているのか、猫耳が生えたせいで素直なのかは分からないが、いつもより素直なのは間違いない。ミコトはそんなところにも絶えず好きになる。
数日後までは、ミコトはすっかり見慣れてしまったが、猫耳は相変わらず着いている姿のままだった。着いているだけで、支障は無い。
だから彼女自身も慣れていった。コトコは外に出られない、出ないから、他の囚人からも気づかれることはなかった。
混沌として監獄の中で、ひとつの部屋で2人きり。周りから見れば、変な関係かもしれないが、2人はそれでいい。
不安になりたくない弱者と、不安にさせたくない強者。相性はいいのだ。二人の愛を、猫耳がもっと深めたなら、それはいい事なのかもしれない。