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1年後の結婚式へ向けて始まった王太子妃教育に、ヘザーは熱心に取り組んだ。

アルフォンソと誓い合ったように、とにかく成長しようと励んだのだ。

それまでの2年間も、オルコット王国でしっかり姉たちに鍛えられてきた。

畢竟、ヘザーの評判は選定の儀が終了したときよりも、格段に上向いたものになる。


ヘザーがメンブラード王国に帰ってきたことで、カサンドラや元候補者だった令嬢たちとの交流も始まった。

将来の王太子妃としての地盤を固めるのにも役立つからと、カサンドラが頻繁にお茶会を主催しては、他の貴族たちとの顔つなぎの手助けをしてくれる。

そういうカサンドラも、ヘザーがアルフォンソと結婚する年には、ガティ皇国へと旅立ってしまう。

いよいよネイトとの婚姻の話が、まとまりつつあるのだ。

カサンドラもヘザー同様、他国へ嫁ぐので準備が必要だ。

ヘザーは自分の体験も踏まえ、カサンドラの相談にのっている。


忙しい身ではあったが、そんな日々の合間に設けられるアルフォンソとの逢瀬を、ヘザーは楽しみにしていた。

まだ婚約者同士なので、城の中でも部屋は遠く離れているし、アルフォンソにも執務があるため、限られた時間でしか顔を合わせられないのだ。


「最近、忙しくしているようだね。ヘザーがあちこちのお茶会で、話題だと噂を聞いたよ」

「ありがたいことに、カサンドラさまの紹介で、たくさんの方とお話をさせてもらっています。おかげでお名前をスムーズに覚えることが出来ました」

「メンブラード王国は、貴族の数が多いよね。いろいろ頑張ってくれて、ありがとう」


ヘザーとアルフォンソが仲良く並んで座っている長椅子の隣では、トレイシーのことが可愛くてしょうがないウルバーノが悶えている。

トレイシーはヘザーに飼われいているのが分かるように、首にヘザーの髪色と同じ深緑のリボンを巻かれている。

ヘザーとお揃いなのが嬉しくて、誇らしげに胸を張っているトレイシーが、ヘザーにも可愛く見えた。


「トレイシーもすっかり、王城に馴染みましたね。ウルバーノがいろいろなところに案内して、顔見せをしてくれてるみたいで、どこに行っても可愛がってもらってます。私と一緒ですね」


トレイシーを眺めてにこにこしているヘザーを見つめ、アルフォンソもにこにこしていた。


「僕たちももうすぐ、結婚式だ。待ち遠しいよ」


そうやってアルフォンソにぎゅうと抱き締められると、ヘザーは幸せで胸がいっぱいになる。

10歳のとき、招かれたお茶会で世間の現実を知って、しょんぼりしてメンブラード王国を発った。

それが19歳になろうとする今、愛する人の隣に立つためにメンブラード王国で奮闘している。


「不思議です。こうしている今が」

「僕はそうでもないよ。だってヘザーに出会ったときから、こうなる未来を信じていたからね」


自信たっぷりのアルフォンソが、どれだけヘザーのために骨を折ってくれたか知っている。

アルフォンソの愛が暖かくて、ヘザーはうっかり嬉し涙がにじんでしまう。


「アルフォンソさま……大好きです」

「っ! ヘザー、急に言うのは反則だよ!」


顔を真っ赤にしたアルフォンソが、何かを堪えるようにぷるぷる震えて天を見上げる。

様子のおかしなアルフォンソに、ウルバーノが「くうん?」と首をかしげ、その隣でトレイシーも同じポーズをしていた。

おかしくてヘザーは笑い出し、感極まったアルフォンソによって、顔中に口づけを落とされるのだった。


◇◆◇


いよいよヘザーとアルフォンソの、結婚式が開催される。

結婚式には、オルコット王国からはヘザーの両親が、ガティ皇国からはマノンとネイトが参列する。

式の後、お披露目のパレードと祝賀の舞踏会が終われば、ネイトはカサンドラを伴ってガティ皇国へ帰る予定だ。

マノンから「私がカサンドラさまを手助けしていきますから、ヘザーさまは安心してくださいね」と頼もしい言葉をもらって、これまでカサンドラにさんざんお世話になったヘザーはホッとした。

王女のマノンよりも、カサンドラはまだ自由がきくから、いつでも寂しくなったら帰省するわと本人は気楽そうだった。


大勢の参列者に見守られた結婚式では、誓いの言葉に続いて、ヘザーは初めてアルフォンソと唇を重ねた。

これまで贈られた口づけは、頬や額など、アルフォンソの遠慮がうかがえたが、今日はヘザーにもアルフォンソの本気が伝わった。


「これでヘザーは僕のお嫁さんだ。これからもずっと、よろしくね」

「アルフォンソさまだって、今日からは私のお婿さんですよ」


お婿さんという言葉に、感動したアルフォンソはしばらく目を潤ませていた。

お披露目のパレードでは本来、幌無しの馬車で王都の大通りを進むのだが、アルフォンソの提案でウルバーノに跨る。

トレイシーもウルバーノの後ろを歩いて、同時にお披露目をすることにした。

ウルバーノを見知っていた国民たちも、トレイシーの登場に大歓声だ。

トレイシーが褒められているのが分かるのか、ウルバーノは得意げな顔をしていた。


祝賀の舞踏会で、ヘザーとアルフォンソは、ファーストダンスを踊る。

このためにヘザーは特訓を受け、カサンドラからも合格を出されていた。

背の高いヘザーと、それよりも背が高いアルフォンソによるダンスは、観衆を圧倒する。

多くの溜め息と拍手を引き出し、二人は見事にダンスを終えた。


「少し疲れたね。外で風に当たろうか」


挨拶周りを終えた辺りで、アルフォンソがヘザーを気遣う。

そっと肩に手を回し、ヘザーをテラスへと誘導してくれた。

広いテラスの端に寄り、二人で月を見上げる。

アルフォンソと大切な話をするときは、いつも月が側にいた。

だからなのか、ヘザーは月を見ると、アルフォンソを思い出す。

じっと月を見ているヘザーの横顔に、アルフォンソが熱い視線を注ぐ。


「僕もよく月を見ていた。ヘザーと離れている間、こうして月を見上げては、ヘザーに思いを馳せていた。今、ヘザーは何をしているだろう? もしかしたら同じ月を見ているかもしれない、なんて考えながら」

「奇遇ですね。私もです。本当に、同じ月を見ていた日も、あったかもしれませんね」

「これからはこうして、隣に並んで月を見られるんだね」

「夫婦になりましたから」


ヘザーが使った夫婦という言葉に、またアルフォンソが胸を打たれていた。

感動屋なアルフォンソが可愛くて、ヘザーもアルフォンソを眺める。


「ヘザーさえ良ければ、このまま舞踏会を抜け出さないか?」

「お疲れになったのですね?」

「いいや、この後のために、しっかり体力は温存しているよ」

「温存?」

「その、予定時間より早いけど……夫婦の寝室へ、行かないか?」


ボッと火が噴いたようにヘザーの顔が赤くなる。

先に夫婦という言葉を持ち出したのはヘザーだが、夫婦の寝室という言葉の威力は格別だった。

婚約者として用意された部屋ではなく、今夜からは夫婦の部屋へ戻る。

そんな当たり前のことが、こんなにも恥ずかしい。

ぱっと両手で頬を押さえ、アルフォンソから顔を隠そうとするが、ヘザーの全てを愛するアルフォンソが、それを許してくれるはずがない。


「真っ赤になってるヘザーを、僕によく見せて。大きくて強いヘザー、可愛いヘザー、カッコいいヘザー、美しいヘザー。全てのヘザーが僕の宝物なんだよ。だから、隠さないで」

「アルフォンソさま……」

「月の光を跳ね返して潤む瞳が、とてもキレイだよ。どうかこのまま、僕にヘザーを愛させて」


そこからアルフォンソに横抱きにされたヘザーは、夫婦の寝室へと連れて行かれる。

初めて足を踏み入れた夫婦の部屋の豪奢さにヘザーが気がついたのは、もちろん翌朝になってからだった。

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