ヘザーとアルフォンソは、結婚して10年の間に、5人の子どもに恵まれる。
9歳の長男、7歳の長女と次女は双子、5歳の次男に2歳の三女。
さらにヘザーの腹の中には、来年に出産予定の子がいる。
長らく、生まれる子どもの数が少なかったメンブラード王家にとって、ヘザーが安産体質であったことは福音だった。
ヘザーが出産するたびに、国王は踊り出して喜び、王妃は感激して大泣きした。
国王もひとりっ子で、アルフォンソもひとりっ子で、直系の王族は減り続けていたのだ。
しかも、生まれてきた子どもたちは、ヘザーからオーガの血を受け継ぎ、小さい頃から頑健だった。
病気もケガもしない、健康で元気な子どもたちは、すくすくと成長する。
そうする間に、ウルバーノとトレイシーも夫婦となり、7頭の子どもに恵まれた。
その内の1頭はガティ皇国へ、もう1頭はオルコット王国へと、友好の証として贈呈される。
しかし、ヘザーがメンブラード王国へもたらしたものは、それだけではなかった。
さらに10年後、38歳になったアルフォンソが王位を継いで国王となった年に、メンブラード王国を伝染病が襲う。
貴族も平民も、身分に関係なくバタバタと病に侵され、倒れていった。
自国へ病原体が入り込むことを恐れて、多くの国が救援の尻ごみをする中、ヘザーの故郷であるオルコット王国から一報が届く。
女王となったヘザーの姉からの手紙には、ヘザーの血が薬になる可能性が進言されていた。
過去、オルコット王国を襲った国難を退けたオーガの恋物語に隠された、極秘の情報を開示してくれたのだ。
「姉いわく、私の血が薬になるそうです。オーガの血によって過去のオルコット王国も、九死に一生を得たのでしょう」
「だったら僕を実験体にしてくれ。ヘザーの血がどのようにして効果を発揮するのか、確かめる必要があるだろう。幸いなことに、ガティ皇国からも支援の申し出が届いている。結果が出たら、すぐに薬の増産体制を整えよう」
「万が一のことがあれば、どうするのですか?」
「もう王太子も19歳だ。僕に何かあったときには、すぐに即位させればいい。今ならまだ、父上も存命だ。引継ぎは何とかなるだろう」
「アルフォンソさま……」
「僕はヘザーの血を受け入れることに抵抗がない。実験体には最適だよ」
そう言って笑うアルフォンソは、国王の顔をしていた。
ヘザーも王妃として、国民のために体を張る覚悟を決める。
ヘザーの血を、どのようにして患者に投与するのが効果的なのか、量はどれくらい必要なのか、わざと病に感染したアルフォンソを対象に、臨床試験が開始された。
結果が出るのに、日は要さなかった。
少量から始めた経口投与実験で、すぐにアルフォンソが回復してしまったのだ。
「王妃殿下の血液をほんの少し混ぜた水を飲むだけで、国王陛下は寛解してしまわれた。その後の経過も順調で、後遺症や副作用といったものも見当たりません」
しきりに驚いている研究員からの報告を聞いて、アルフォンソはすぐに手を打つ。
「まずは王都から、ヘザーの血を民に配ろう。そして遠方にも、迅速に薬を届ける方法を考えよう」
「父上、僕たちの血が使えないか、調べてもらえないでしょうか?」
アルフォンソが研究員と話し合っている場に、ヘザーとアルフォンソの子どもたちが駆け付ける。
「僕たちにも、母上と同じくオーガの血が流れています。僕たち6人がウルバーノやトレイシーに乗って遠方を訪問し、その先々で血を提供することが出来れば、早く伝染病を収束させられるのではないでしょうか」
子どもたちは病気やケガをしないからと言って、人の痛みが分からない訳ではないのだ。
毎日のように伝染病で倒れていく国民を見て、何かできることはないかと懊悩していたのは、ヘザーだけでなく子どもたちも一緒だった。
「ありがとう。お前たちは心身ともに強い。ぜひとも、国民の希望となり、助けとなってくれ」
連日、伝染病対策の陣頭指揮を執り、さらには実験のために伝染病にもかかって少し痩せてしまったアルフォンソは、こけた頬を緩ませて子どもたちの成長を喜んだ。
ヘザー同様、オーガの血の効力が認められた子どもたちは、ウルバーノやトレイシー、またはその間に生まれた子どもたちの背に跨り、国中の伝染病患者へ己の血を届けて回った。
こうして未曽有の災禍から、メンブラード王国は一気に脱する目途が立ったのだった。
「少し休んでください、アルフォンソさま。もっと体を労わらないと、倒れてしまいますよ」
「ヘザーこそ、たくさんの血を抜いているんだ。もっと休んで欲しい」
「じゃあ、一緒に休みましょう? それならいいでしょう?」
愛するヘザーからの誘いを、断るアルフォンソではない。
「分かったよ、僕のお嫁さん。頼もしい子どもたちも、頑張ってくれていることだ。その間に少しだけ、休ませてもらおう」
アルフォンソはヘザーの肩を抱き、夫婦の部屋へと向かう。
これから二人でゆっくりとお茶を飲み、他愛のない話に花を咲かせ、アルフォンソが執務疲れでウトウトしたら、ヘザーが膝枕をして寝かせつける。
それが日常のように、二人の当たり前になっていた。
結婚式を挙げた日から、こうした仲睦まじい様子が、何度も目撃されている。
初めこそ、大きなヘザーの外見に驚いていた国民も、人目をはばからずヘザーを寵愛するアルフォンソや、分け隔てなく献身的なヘザーの様子に、すっかりヘザーの信奉者となっていった。
そこへ駄目押しのようにヘザーの血が伝染病の薬となったのだ。
オルコット王国でオーガ姫と呼ばれて崇められていたヘザーのことを、メンブラード王国でも同様に崇めるようになるのに、そう時間はかからなかった。
◇◆◇
――メンブラード王国には、オーガ姫にまつわる物語がふたつある。
一つ目は、選定の儀で候補者となったオーガ姫が、誘拐犯に攫われそうになった少女を勇敢に助け、その後、王太子の婚約者に選ばれた成功譚。
二つ目は、メンブラード王国を襲った伝染病のために自らの血を差し出し、オーガの血が流れる子どもたちと共に国民を救った英雄譚。
オーガ姫の物語は、幼いアルフォンソの初恋から始まる。
会えない日々も気持ちを伝え続け、振り向いてもらおうと努力を怠らなかったアルフォンソの一途さに、ヘザーは絆された。
選定の儀で三位だったヘザーもまた、アルフォンソの隣に立つため、学び続け成長し続けた。
そして王太子妃や王妃として、相応しくあろうと自分を律し、国のため民のため、尽力することを厭わなかった。
諦めないことや精進することの大切さをオーガ姫の物語から学んだメンブラード王国は、友好国であるオルコット王国やガティ皇国と共に栄え続け、国難を救ってくれたオーガの血をいつまでも讃えたという。
――ふたつの物語は、アルフォンソとヘザーが没した後も国民の間で語り継がれてゆき、王族を筆頭に子々孫々と流れるオーガの血は、たまに先祖返りをしては当代の国や民を助けた。
そしてオーガ姫を始めとするオーガの血が流れる者には、なぜか犬が懐きやすいという不思議な言い伝えがあり、フェンリルの血が流れていたウルバーノやトレイシーのように、ときおり大きな犬が現れては主従関係になったとか。
「昔々、あるところに――」
オーガ姫の物語は、今日もメンブラード王国のどこかで紡がれている。
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